第21話 兄弟タチ、大仕事ダゾ
セリムの拳に鳥が舞い降りた。
ジャムスにセリムの言葉を伝えた鳥である。雲ひとつない青空の下で一人と一羽は顔と顔を正面から合わせた。鳥の目にまた意志が表れ、セリムに告げる。
「初メテニシテハウマクヤッタジャナイカ、兄弟」
「ありがとう。おまえが話しかけてくれたから俺は、この技が使えることに気がついた」
「ナニ、悩ミガアルヨウナ顔ヲシテイタカラ、気ニナッテ声ヲカケタダケダ。俺モ仲間ヲ率イテ南ヘ渡ル身、大勢ノ鳥タチヲマトメルコトノ困難ハ、頭ニナッタ者ニシカワカラナイ」
「皆と生きてイスティンに行く。約束は明朝だからもう準備をしなければ」
「デハ兄弟タチヲ集メヨウ」
「頼む。それと、ミカエラどのは今月お産を控えている。なるべく彼女に負担がかからないようにしたい」
「ソウカ。オ産ハトテモ大事ダ。配慮スル」
言って鳥はひときわ高い声を上げた。たちまち同じ姿をした鳥たちがわいて出て、セリムの足元に居並ぶ。
セリムの肩に留まり、頭の鳥は仲間を見渡した。
「オイ、兄弟タチ。大仕事ダゾ。せりむ皇子ト仲間タチヲいすてぃんヘ運ブノダ」
鳥たちが声を揃える。
「ワカッタゾ」
「みかえら妃ハ身重ダ。慎重ニ運ブゾ」
「ソレナラアタシニ任セテ。去年子供ヲ産ンダバカリダカラ」
一足力強く踏み出し、その鳥は翼で自分の胸を威勢よく叩いた。
その様子を陰からうさんくさそうに見ているのが、セリムの仲間たちである。
トゥグルクが不信感いっぱいの顔と声でつぶやく。
「何を話してるんだ?」
ケマルが答える。
「何かを話してるんだ」
そこへセリムが頭の鳥を肩に乗せて戻ってきた。
「あのう、殿下。イスティンに明朝までに向かうと仰せでしたよね」
遠慮がちに問いかけるヌールに、セリムは笑って答える。
「その通りだ」
「どうやって行くのですか」
「この者たちが乗せていってくれるそうだ」
「はあ?!」
ケマルを除く一同、盛大に疑いをあらわにする。
「無理でございます!だいいちそんな小さな鳥がどうやって我々を乗せるのですか」
悲鳴を上げるバイラムを頭の鳥が一喝した。と言ってもかん高い声で一声鳴いただけである。
「心配するなと言っている」
通訳するセリムに、ネディムが一同を代表するかのように質問した。
「暗い夜空を飛べるのか?」
頭の鳥が鋭く鳴いたあと、セリムがネディムに答える。
「夜の間だけなら技を使えると言っている」
「技?」
頭の鳥がわずかにセリムの肩先へ移動し、両方の翼を勢いよく振り上げた。
「体を大きくすると言っている」
セリムはまったく疑っていない。それがわかったネディムは微苦笑を浮かべて、そのあと一同に言った。
「夜の間だけ大きくなってくれるそうだ」
ケマルが補足する。
「人だけでなく鳥や獣も、もともとアルドナ半島にいたものの血を引いていれば技を使えるのだ」
ムサがケマルに確認した。
「じゃあ殿下のご両親はカイエの末えいじゃあなくて、もともとアルドナ半島にいた人たちだということか?」
「そういうことになる」
日が暮れると同時に頭の鳥は仲間たちと円陣を組んだ。
頭の鳥が気合いのこもった声を出す。
「サア、兄弟タチ、始メルゾ」
鳥たちが歌う。高い声と低い声が合わさる。
「祝詞みたいだと思わない、兄さん?」
エメルの気づきを受けてザガノスが言う。
「確かに似ている」
セリムたちが見守る前で、鳥たちの体が伸びてふくらんでいく。それぞれ乗せる相手と同じくらいの背の高さになる。
セリムと同じ目線にまでふくらんだ頭の鳥が呼びかけた。
「サア、乗ッテクレ!自分ト同ジ背丈ノ鳥ニ乗ルンダ」
「自分と同じ背丈の鳥に乗れ」
セリムが声をかける。皆それぞれ、ほんとうに大丈夫かと言いたげな表情で、地面に伏せた鳥の背にまたがる。
「妃殿下ハコチラヘ」
「ミカエラどのはこの鳥にお乗りください」
セリムがうながすと、ミカエラは呼びかけた鳥の背に慎重に乗った。
「あたしも一緒に乗っていい?」
エメルが尋ねると、イネスも言った。
「可能であれば私も姫様と同乗したいのだけれど」
ミカエラを乗せた鳥のそばにもう二羽が寄った。
「ソレナラアタシタチニオ乗リナサイナ」
「離レナイデ飛ブカラネ」
「一羽につき一人だ。ミカエラどのから離れずに飛んでくれる」
「それなら安心ね」
明るくエメルがイネスに笑うと、イネスもほほえんだ。
「では、そうしましょうか」
頭の鳥にはセリムが乗る。
「準備ハイイカ、兄弟?」
「ああ、いつでもいいぞ」
「出発!」
人と同じ背丈となった渡り鳥たちが、またたく星星の広がる藍色の夜空を隊列を組んで飛んでいく。
「怖い怖い怖い」
ハリルが涙目で叫ぶ。
「俺も高いところは苦手だ」
ヤクブが鳥の背にしがみつく。
ハルドゥン、ネディム、ムサ、ヌール、アルタン、バイラム、トゥグルク、ザガノス、ミカエラ、イネスは無言かつ決死の形相で鳥の体につかまっている。
「いやあ、絶景かな絶景かな。長生きはするもんだわい」
「すごーい!家があんなに小さいよ!」
楽しそうにしているのはバルタオウルとエメルだけである。
セリムは真剣な表情で都イスティンの方角を見つめる。
『大波乱』は防げる。そう告げたのはケマルだった。
セリムとケマルは並んで飛んでいる。
皇帝ジャムスが待つ宮殿が見えたのは、太陽の光が空を染め始めた頃だった。
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