第17話 女の戦い

 火の鳥は宮殿の中へ突っ込んでくる。

 ケマルは身をかがめて地面に手をついた。火の鳥をはばむように水が四角い面となって吹き上がる。

 ところが火の鳥はケマルが作った水の面をすり抜けた。

「危ないッ、殿下!」

 ケマルの叫びはセリムたちに届き、すぐさまムサ、ヤクブ、ハリル、ヌール、アルタン、バイラムそしてトゥグルクが剣を構え、セリムの前後左右ななめに立つ。

 ザガノスがハルドゥンに言った。

「消せるか?」

「やってみる」

 ハルドゥンが迫る火の鳥に向かって鋭い音を立てて指を鳴らす。しかし火の鳥は消えない。石の柱と柱の間をセリムめがけて翼を水平にして突進してくる。

 バルタオウルが声を上げた。

「あやつ、アルドナの技ではないぞ」

 ハルドゥンが舌打ちした。

「言葉が通じないのか。なら」

 ハルドゥンがビトラム語、ヘラス語の順で技が消えるように命ずる。それでも火の鳥は消えない。

 ネディムが、駆けつけたケマルに問う。

「ケマル、おまえの水は効かないのか」

 ケマルは苦い顔で首を横に振る。

「効かない。向こうの思いが上回った」

 ザガノスが太い眉と眉を寄せた。

「思いの強さで技の効き目が決まる」

 バルタオウルが卓を壁際に寄せながら部屋を見回す。

「ありゃ、エメルはどこへ行った?」

 すると台所から火が飛び出した。

 火はまっしぐらに火の鳥に向かう。火の鳥は太い火の柱にくちばしをつぶされ、空中で止まった。

 火の柱からエメルの声がする。

「兄さん、できたよ、技!」

 ザガノスが普段は出さない大声で返す。

「おまえ、何をしている?」

 火の鳥を押し返しながらエメルは笑って答えた。

「こいつを追い出そうとしてるの。かまどに火が残ってたから、力を貸してもらったんだ。――さあ、外へ行くよ。あたしが相手になる!」

 最後の言葉は火の鳥に向けたものだった。ところが皇后ミカエラは、火の鳥の姿のまま冷たく拒んだ。

「外へは行かぬ。ここでセリムを焼き殺す」

「そうはさせないよ」

 双方の燃える勢いが強まった。その場にいたミカエラとイネス、エメル以外の全員が下がって壁に背中をつける。

 イネスの声がした。

「小娘、おまえは何者だ」

 エメルは言い切った。

「エメル。殿下の味方!」

 聞いて、火の中でイネスはミカエラの体を両腕で包んだ。

「姫様、少しご辛抱を。イネスにしっかりとおつかまりくださいませ」

「何をする、イネス?」

 うろたえるミカエラには答えず、イネスは火の鳥から、細長く波打つ蛇になった。

 ムサが叫ぶ。

「何だ、あれ?」

 体は蛇だが、鉤爪のついた手足が生えている。上あごと下あごが四角く突き出し、開いた口には上下に牙が生えている。二本の角、先のとがった耳、左右の目はつり上がってセリムを狙う。

 ネディムがうめく。

「竜だ」

 竜はエメルの火を噛み砕き、セリムを飲み込んだ。

 トゥグルクが剣を火の竜に振り下ろす。しかし刃はむなしく床を打った。

「こいつ、体がすかすかじゃねえか」

 バイラムがトゥグルクの体を引く。

「当たり前だろ、火なんだから」

 ハリルがケマルに駆け寄る。

「俺たちの水の技でこいつを消せるのじゃないか?」

 ケマルは苦しそうに目を閉じ、首を横に振った。

「これだけ勢いがあれば水だけでは消せない」

 甥と、甥の味方となった少女にネディムが叫ぶ。

「セリム!エメル!」

 火の中でセリムは咳き込む。竜の口の中は燃える家の中と同じだ。煙で目と鼻が使えない。息が苦しい。咳き込みながらエメルがセリムを抱きかかえる。

「殿下、大丈夫、大丈夫です!必ず助けてあげますから」

 セリムが首を横に何度も振ってエメルを見た。

「助かるなら……一緒だ」

 そこへミカエラが細身の剣を抜いて近づいた。襟元はきちっと締めているが、胸から下はゆったりと広がった衣服を着けている。

 エメルがセリムの前に両腕を広げて立つ。

 ミカエラは静かに青い瞳をエメルに向けた。

「どきなさい。そなたには関わりのないことです。すぐに技を解除して逃げなさい」

 エメルはミカエラに、同じように静かな口調で訴えた。

「斬らないで」

「そやつは我が国に災いをもたらします。斬らねばそなたも災いに巻き込まれるのですよ」

「じゃあ、あなたたちも技を解いてくれません?こんなに熱い中じゃわけも聞けないじゃないですか」

「先ほど話しました。災いのもとは絶たねばなりません」

 エメルはミカエラから目を離さずに小声で言った。

「今だよ」

 セリムが消えた。ミカエラが青く美しい瞳を見開く。

「何をしたのですか」

 エメルは答えず、両手をミカエラに突き出した。火がミカエラを包む。

「姫様!」

 イネスがエメルを火の渦で巻く。

「小娘!セリムをどこへやった?」

 咳き込みながらエメルは答える。

「こんなに火の勢いが強くちゃ教えられないよ」

「姫様を解放しろ!」

「じゃああなたも技を解いてよ」

 ミカエラが咳き込む。床にひざをつき、口元に手を当てる。

 エメルはそれを見てミカエラに駆け寄り、ミカエラを包む火を消した。ミカエラのそばにひざをつき、背中をさすり、問いかける。

「さっきはごめんなさい。もう火は消したよ」

 するとミカエラが胃の中のものを吐き戻した。エメルはさらにミカエラの背中をさする。

 火の竜もかき消えた。イネスがミカエラにとりすがる。

「姫様!」

 床に座り込んだセリムが、ケマルとネディムに支えられて立ち上がる。

「エメル、皇后に何があった」

 エメルはあっと口を開けた。

「皇后?この子、そんなにえらい人だったの?」

 イネスが叫んだ。

「姫様は、陛下のお子をみごもっておられるのだ!」

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