After:第9話
アッシュたちが買い物に行っているのと同時刻、アリシアは部屋にこもって魔水晶を睨みつけていた。
勢いでステラ達に魔水晶に刻まれた術式を書き換えるなんて大口をたたいてしまったものの、アリシアは後悔していた。
(この魔水晶を転移のためだけに使うなんて、すっごくもったいないわ。けど、やるって言ってしまったし……)
魔水晶に刻まれている術式は上限の半分ほど。不要な術式を塗りつぶしたとしても、刻める量が増えるわけではないので、残り半分を有効に使うとするならどうするか。
そんなこんなで手が止まり、アリシアは動きを止めたまま、それなりの時間魔水晶を睨んでいた。そんな時だった、コンコンというノックの音が部屋の中に響いたのは。
「はっ!……だれ?こんなタイミングで」
ノックの音でようやく我に返ったアリシアは渋々立ち上がった。いま屋敷にいるのは、二人と一匹だけだ。リスのリッキーは扉をノックできない。となれば、残っているのはただ一人、
「————あら、レオンさん。どうかしたの?」
部屋の扉を開くと、予想した通りにレオンが立っていた。さきほどまで荒ぶっていた感情は表情には出ていなかった。
アリシアの顔を見たレオンは表情を崩すと
「いえ、少しお茶でもどうかと思いまして。ミハエルが気を利かしてくれたのか、ティーセットの場所は教えてくれたので」
「……はいぃ?」
「では、準備して待っていますので」
レオンはアリシアの返事も聞かないで、そのまま一階へと下りて行ってしまった。
あっけにとられて立ち尽くすアリシアだったが、レオンにはなにか意図があるのだろうと思い、休憩もかねてお茶の誘いを受けることにした。
「……で、用件はなんでしょうか」
注がれた紅茶を一口だけ飲むと、アリシアはカップを置いて、まっすぐレオンを見据えた。その目地からに押されて、レオンは照れ隠しの笑みを浮かべた。
「バレていましたか。なに、弟の話を聞きたかっただけです」
「???……アッシュの話が聞きたい、だけ?」
彼の回答はアリシアの予想外のものだった。
昨日の夜、レオンがリッキーを捕まえて、なにやらいろいろ聞いていたのは知っていたが、それがそんな理由だとは思っていなかったのだ。なぜなら、アッシュに好意を抱いているステラと違い、レオンからはアッシュへ向けた愛情など感じていなかった。というか、正直目の敵にしてもおかしくないくらいに思っていた。————なのに返ってきた回答がこれだ。
「はい、リッキーさんにもいろいろ聞きましたが、アリシアさんの方がミハエルのことがよくわかるんじゃないかと」
「そう、なんですか?」
レオンの言い分に、アリシアは困惑した。日頃からアリシアよりもリッキーの方が一緒にいる時間が長い。そんな彼から聞いた後に、自分から聞いてもしょうがないと思ったのだ。
「ええ、リッキーさんの感性は独特でわかりにくいところもあったので、同じ人間であるアリシアさんの方が聞きやすいと思ったんです」
「……まあ、わかりました。お茶請け程度ですよ」
「ありがとうございます。では————」
「そうですか、……ご迷惑をおかけしてしまったようですね」
ナルシスたちによる襲撃のことを聞いた後、レオンは表情を曇らせた。彼は事の発端が自身の父の采配であることを知っていたからだ。
ふうっと入れなおしてもらった紅茶を一口飲んでアリシアは息を吐いた。結局、彼との出会いからこの国に来るまでを話すことになってしまった。
「こちらからも聞いてもいいかしら」
「ええ、いろいろ聞かせてもらいましたから、なんなりと」
レオンの表情はまだ浮かばなかったが、口調は紳士的なままだった。
「あなたはアッシュの近況が聞きたくて、ここに来たわけじゃないんでしょう?」
アリシアは自分でも性格の悪い表情を浮かべていると感じるほどに口角が上がっていた。
その表情のせいか、それとも言われたことのせいか、レオンはバツの悪そうな顔をすると、
「あなたは聡明な方ですね。……隠していたつもりだったのですが。ちなみにどこが引っ掛かりましたか?」
「確証はなかったです。なんとなく、そんな感じがしたので、カマをかけさせてもらいました」
「いやー、すごいな。アリシアさんは政治家向きですよ」
レオンが褒めているのかどうか判断ができず、アリシアはあいまいな笑顔を浮かべた。なんとなくの感覚を信じただけだったので、そんなところを褒められてもうれしくはなかったのもある。
すうっとレオンが息を吸った。それだけの覚悟がいることをアリシアに告白しようというのだ。
「ミハエルに伝えなくてはいけないことがあったのです。実は————」
「いえ、それは彼本人に伝えてください。ただ、それが彼、いえ、私たちに害をなすようなことなら、それなりの対応をさせていただかなければいけなくなるので、それだけは覚えておいてください」
レオンの告白をアリシアが遮った。それは、彼女が聞くべき事柄ではないと判断したからだ。そして、それによってもたらされる結果次第では、自分が敵になることも伝えた。彼女にとって、この屋敷はとても大事なものであり、害をなそうとする者は徹底的に排除するという意志の証明でもあった。
「わかりました。……お気遣い感謝いたします」
レオンは深く頭を下げた。
燃えかすと魔女 ヌン @Nun1121
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