第21話
指導を受けるようになったニックはみるみると剣の腕を上げていった。
指導者としてのミハエルが優秀だったのもあるが、ニックの急激な成長にはほかにも理由があった。
ミハエルがニックに剣の指導をするのは週に一度か二度程度しかなかった。しかし、ニックはそれ以外の日も毎日剣を振っていた。
ミハエルに言われたことや見せられた動きを毎日繰り返し思い出し、反復練習をしていたのだ。何度も何度も繰り返し繰り返し、剣を振り続けた。
ニック自身、自分の剣が無駄が多くて汚いことは自覚があった。それに比べるとミハエルの剣は無駄がなく、美しかった。ゆえに思い浮かべるのは、ミハエルの型であり、その美しい太刀筋。その頂を目指して死に物狂いで剣を振っていたのだ。
半年ほどでニックは同学年でもトップクラスの実力を持つほどになった。
模擬戦でも実家で剣の指導を受けていたはずの貴族の子供たちにも勝利し、ミハエルとも多少打ち合えるくらいにはなった。とはいっても、ミハエルに勝利するには程遠く、上級生とも互角くらいがせいぜいといったところだったが。
平民であるニックが貴族の子供に勝利したことは、騎士学校の中でもすぐに話題になった。特に辺境伯の子供であるナルシスに勝利したときには、平民出身の学生のほとんどがニックに声をかけていた。————おそらくその時のニックは平民出身の学生の星となっていた。
そうやって脚光を浴び始めた後も、放課後に剣を振ることをやめることはなかった。彼自身、まだまだ先を目指していたし、目指す先がまだ遠いことはよくわかっていた。だから立ち止まることなんて考えていなかった。
その日もニックは放課後に剣を振っていた。
ミハエルの指導がある日だったが、教員に捕まっていたせいでまだ姿を現していなかった。とはいえ、彼がいないことがほとんどだったので、気にせずにいつも通りに訓練場で剣を振っていた。
そこへ予期せぬ来訪者があらわれた。————先日ニックとの模擬戦に敗れたナルシスだった。
彼が何人もの上級生を連れて訓練場に現れたのだ。その理由は一つ、ニックに恥をかかされたことへの復讐だ。そのために辺境伯の息子という立場を利用して、彼よりも実力のある上級生を何人も連れてきたのだ。
約一時間後、訓練場に現れたミハエルが見たものは、上級生の集団に囲まれてボロボロになったニックの姿だった。
それだけで状況を察したミハエルはニックを囲んでいた上級生をかき分けて、ニックへと駆け寄った。
ニックはすでに立っているのもやっとな状態で、地面には彼の血痕が飛び散り、見える範囲でも顔や腕、足にもあざが見て取れた。
『おい、誰が首謀者だ』
ミハエルが囲んでいる全員を睨みつけると、上級生たちは一歩後ろに退いた。彼の眼にはそれだけの迫力があった。
『なんだ、ミハエル。そんな平民の味方をするのか?騎士団長様の息子はご立派だな』
上級生の間からナルシスが姿を現した。彼はニックがリンチされている間もその様子を少し遠くから見てほくそ笑んでいたのだ。そもそもミハエルが訓練場に来るのに時間がかかったのだって、彼が教員を買収して時間稼ぎをしたせいなのだ。
『ナルシス、首謀者はテメェだな』
『ああ、平民が貴族に逆らうのが気に食わなくってな。それに、お前のお気に入りっていうのもむかついた』
ナルシスの実家は、ミハエルの父ヴァルトシュタイン卿を好ましく思っていない一族だった。そのため息子であるミハエルのことも好ましく思っていなかった。加えて、その弟子のような男に、模擬戦とはいえ敗れたとなれば彼にとってただの敗北よりも大きな屈辱だったのだ。
『テメェら、ただですむと————』
『……ミハエル、ごふっ』
怒りが頂点に達して今にも殴りかかろうとしたミハエルを、ボロボロのニックが引き留めた。だが、その力は弱く、声を出した瞬間に血を吐いて意識を失って倒れてしまった。
意識を失ったニックの姿を見て、ミハエルはさきほどまで自信を支配していた怒りよりも、ニックの命を守ることのほうが優先になった。
地面に倒れたニックを抱え上げると、何も言わずにその場を後にしようと歩き出した。
普通なら、この状況でそんなことを上級生たちが許すはずもなかったのだが、その時誰も動くことができなかった。ミハエルの纏う迫力がそれを許さなかった。ゆえに数の優位があるにもかかわらず、その歩みを止めることもできず、全員が冷や汗をかきながら二人が訓練場を出ていく後ろ姿を見ているだけだった
————その翌日、ニックは亡くなった。暴行によって折れた骨が内臓に刺さったためだった。
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