第22話

 ニックが亡くなった次の日、騎士学校は言いようのない緊張感に包まれていた。

 平民の星であったニックの死は、いままで表面化していなかった平民たちの不満に火をつけるには十分すぎる火種であった。まだ燃え上がっていないのが奇跡と断言できるほどに。

 ミハエルにもそれは感じ取れていたが、特に問題視していなかった。

 今回の事件のことは、騎士団長の息子という立場を利用して学園長に直談判していた。すぐにでも主犯格であるナルシス、襲撃をおこなった上級生数人は退学、最低でも停学くらいにはなると踏んでいた。いくらナルシスが辺境伯の息子だろうと、王都にある騎士学校ではもみ消せるほどの力はない。

 犯人に処分が下されれば、騒ぎも落ち着くはずだった。だが、その目論見はもろくも崩れ去ることになる。


 結果だけ言えば、ニックの死は授業中の事故として処理された。何者かにもみ消されたのだ。

 それを知ったミハエルはすぐに事情を聞きに学園長のもとへ向かった。学園長ならばもみ消した犯人を知っているはずだからだ。————そこで聞かされたのは驚きの名だった。



 翌日、ミハエルは実家の屋敷にいた。

 騎士学校では今、大きな騒動が起こっていたが、そんなことは関係なく、会わなければいけない人がいたからだ。

『失礼します————父上』

 そう、ニックの事件をもみ消した人物、自らの父親 ヴァルトシュタイン卿に会いに来たのだ。

 ヴァルトシュタイン卿は執務室で書類を睨みつけていた。その様子はミハエルの記憶にある姿のままだった。

『どうした、ミハエル。騎士学校から慌ただしく帰ってきたと思ったら、執務室に来るなど』

『父上にお聞きしたいことがあります』

『前置きはいい、言いたいことをさっさと言いなさい』

『騎士学校で起きた事件について、なにかされましたか』

『ああ、そのことか』

 ミハエルが問いかけると、ヴァルトシュタイン卿はその言葉を一笑に付した。その反応が何よりの証拠だった。

『なんでそんなことを————』

『主犯格は私と対立した派閥の中核を担っている辺境伯の子供だった。被害者は平民の子だったから、放置しておいても大事にはならなかっただろうが、もみ消しておけば大きな貸しを作ることができるのでもみ消した。と言ったら怒るだろう?』

 父の言葉にミハエルは言葉が出てこなかった。尊敬していた父から発せられた貴族の腐敗ともいえる言葉に唖然としてしまったのだ。

 ニックの死は父の一言によって簡単にもみ消されてしまった。しかもその理由は主犯格のナルシスの実家へ恩を売るためだなんて。————ひどい裏切りだった。

 ミハエルの中に怒りや悲しみなど様々な感情が渦巻いたが、一番大きかったのはおそらく父への失望だった。彼があこがれていた父の背中は幻だったのだ。

『ミハエル、お前はそんなことにかかわる必要はない。自分の勉強に集中しておきなさい』

『……そんなこと?人が一人死んでいるのに、そんなことですか!?』

『平民一人の命で国の先々が変わるかもしれないのだ。死んだ彼も満足だろう』

 資料に隠れて顔が見えなかったが、おそらく感情のない顔をしているのだろうとミハエルは思った。それくらい感情のない声をしていたからだ。

『————わかったよ。父上に言ってもしょうがないってことが!』

 父との会話をあきらめ、ミハエルは執務室を出ていった。


 説得するつもりで執務室を訪れたはずだったのだが、ただ王国の腐敗を目の当たりにしただけだった。

 騎士団長である父がもみ消した事件のことを、騎士学校の教員たちが手伝ってくれることはないだろう。となれば、自らの力でどうにかするしかない。

 ミハエルはニックの敵討ちの計画を練りながら、怒りのままに屋敷を飛び出した。

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