第5話

 一緒に買い物へ行く相手が魔女だからと言って、空を飛んで移動したり、瞬間移動するなんてこともなく、街へは一時間ほどの道のりだった。

 それだけ時間、二人とも無言でいるのは厳しかったようで、なにげなくアッシュが口を開いた。

「なあ、そういえばあの森はなんなんだ?あきらかに他の森とは違うよな。……まさか、アリシアがあんな風にしたのか?」

 魔女が住む屋敷があるというおかしな植物が自生する森。タイミングがなかったために聞けていなかった、その不思議に関して、アリシアに尋ねた。

「私があの森をつくった?そんなわけないでしょ。……逆よ、森があんな風だから私が住んでるのよ」

 アリシアは歩きながら訥々と森の真実を語り始めた。

「あの森はね、魔力がたまりやすい場所なの。魔力っていうのは、世界中にある自然の力みたいなものといえばいいかしら。魔力自体はどこにでもあるんだけど、あの森はそれが異常なほどに多い、それも多すぎるくらいにね。魔力が多い場所は植物がよく成長したり、生き物が活発になるんだけど、多すぎる魔力は逆に毒になってしまうの。私があそこに住んでいるのは、その多すぎる魔力を抑えるためで、本来なら生き物の生きられない不毛の地になってるか、狂暴化しすぎた生き物たちが周りの生態系を壊しつくすかどちらかになっていたかもしれないわ」

 アッシュにはアリシアの言っていることが半分くらいしかわからなかったが、あの森が相当にヤバいところであることは十分にわかった。それと

「じゃあ、知らないうちに俺たちはアリシアに守られていたんだな」

 不毛の地になって場合でも、生き物が狂暴化していた場合でも、近隣に住む人間たちには大きな影響があっただろう。それを防いでいたということは、その人たちの生活を守っていたことにつながるとアッシュは思ったのだ。

 その言葉はアリシアにとって予想外の言葉であり、考えてもみなかったものだった。彼女にとって、自分がやっていたことは人助けなどという高尚なものではなく、ただの利己的な行動だと認識していたからだ。ゆえに

「そっ、そんなこと……っ、うっさいわねっ!」

 耳まで真っ赤にしてしまい、逃げるように速足で先を歩いていってしまった。

 置いて行かれる形になったアッシュは、一瞬あっけにとられると、

「おい!待てよ!!」

 どんどんと小さくなっていくアリシアの背中を急いで追いかけた。

 逃げるアリシアに、追うアッシュ。

 アリシアの足はかなり速く、アッシュが半分走っていたのにもかかわらず追いついたのは街の手前までかかってしまった。

「はあっ、はあっはあ、……やっと、追いついた」

「……お金あげるから適当に何か食べてきなさい。私はいろいろ用事を済ませてくるから」

 追いついたのもつかの間、肩で息をするアッシュに硬貨の入った小袋を投げつけると、アリシアは街の中に入って行った。

 またもアッシュは置いて行かれてしまった。

 ぐぅ~っと間の抜けた音が響く。

「————飯食いに行くかぁ」


 アッシュたちが訪れたのは、屋敷から北に行って山を抜けた先にある街だった。

 山のふもとにあるおかげで山の幸が豊富で、近くの川では魚もよく獲れると田舎の街としては破格の豊かさの街だった。これも周囲の魔力が豊富なおかげなのだが、住民たちはそんなことは知る由もない。

 自然は豊かで空気は澄んでいる。住むにも最高であろうこの土地で、アッシュは微妙な居心地の悪さを感じていた。

 この街はアリシアの屋敷に忍び込む前日に襲撃した貴族の領土なのだ。とはいっても、領土としては端の端、末端にあるため、ここに住む人々が知っているはずもないとわかってはいるのだが、それでもなんとなく居づらかった。

「食った食った」

 もらったお金をすべて使った贅沢な食事を終えたころには居心地の悪さなどどこかに忘れていた。

 特に合流場所も決めていなかったため、アッシュの足は自然とアリシアと別れた地点に戻っていた。だが、さすがにいるはずもなく、今度は食後の運動もかねて街を探してみることにした。

「おっ、いたいた」

 ほどなくして、薬屋に入っていく見覚えのある黒髪を見つけた。

 そのまま薬屋の前まで来たアッシュだったが、店の中へ入っていく勇気はなく入り口の横でアリシアが出てくるのを待つことにした。

「ありがとう、また来るわ。————うわぁ!?」

 出て来るやいなや、アリシアは素っ頓狂な声をあげた。アッシュが入り口の横に立っていたためである。

「よお、飯食い終わったから探しに来たんだが、そんなに驚くようなことか?」

「あなたね、入り口の横で気配を消して立ってたら、出てきた人は驚くわよ!」

 アッシュには悪気は全くなかったのだが、想定以上にアリシアを驚かせてしまったために怒られることになってしまった。

「アリシアちゃん、どうしたの?」

「すみません、連れが立っていたものですから」

「あら、あらあらあら、彼ってまさか、前に言ってた旦那さん?なかなかいい男じゃない!」

 店の前でアリシアが騒いだために、薬屋の人が様子を見に顔を出した。そして、アッシュを見るなり目の色を変えて、にやにや笑いを浮かべながらべたべたと触り始めた。

「おい!旦那って、どういうングッ……」

「あなたは黙っていたなさい。……そうなんです!今日は一緒に町まで買い物に来てて。ほら、あなた挨拶して」

「えっ?……ああ、アッシュです。いつも妻?がお世話に?なってます?」

 状況が呑み込めないアッシュだったが、アリシアに促されるままに挨拶をしてしまった。勢いに流されて挨拶をしたはいいものの、状況が一向に理解できなかった。

「じゃあすみません。まだ買い物がありますので、失礼しますね。————ほら、あなた行きましょ」

「いでっ、……失礼します」

 腕を組むふりをして右腕の関節を決められ、そのまま引きずられながら薬屋の前を離れた。

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