第6話

「おい、もういいだろ!そろそろ事情を説明しろよ!」

 薬屋からそれなり離れたところまで来ても、一向に腕を離そうとしないアリシアを業を煮やしたアッシュは無理やり振り払った。

「そうね、そろそろいいかしら。……めんどうなことに巻き込んだわね」

「お、おう……、わかってるならいいんだよ」

 勇んで説明を求めたものの、拍子抜けするほどにアリシアが素直に謝ったものだから、逆に気圧されてしまった。

「私って、見ての通り美人じゃない?しかも独り身ってなると、いろいろとあったから結婚してることにしていたのよ。……ちょうどいいのがいたからあなたをキャスティングしただけ。私にはその気はないから、どこまで行っても下僕以上にはならないから安心して」

「へいへい、そうですか」

 殊勝な態度だったので、それなりに重大なわけがあるのかと覚悟していたアッシュからすると、半分自慢のようなアリシアの回答にはあきれしか出てこなかった。

 下僕以上にはならないといわれたところで、アッシュにだってそんな気はない。

 なんにしろ、アリシアからすれば体のいい盾なのには変わりはないのだ。それを知っている以上、アッシュとしてもそういう感情を持つ気はなかった。それに彼の好みからアリシアはかなり外れていた。—————本人にはとても言えないが。

「なら、俺はこの街ではお前の旦那として振る舞えばいいんだな」

「わかったならよし。あなたの行動一つ一つが私にもつながると思ってね」

 アリシアが笑顔で嫌なプレッシャーかけた。

 これをアッシュは、自分が変なことをすると彼女の世間体が悪くなるから、街では変な行動をとるなという警告だと理解した。正直、そういうのは得意じゃないが、やれといわれればやるしかない。

「じゃあ、まだ買い物があるからついてきなさい。勝手に私から離れず、勝手にしゃべらないように。————わかった?」

「りょーかい。荷物持ちだけでもさせていただきますよ」

「ふふっ、わかったならいい」

 そうやって微笑んで歩き出したアリシアの後ろをアッシュは続いた。


「ねえアッシュ、あなた料理はできるの?」

 調合の道具などでアッシュの両手が埋まったころ、急にアリシアがそんなことを言った。

 急に何を、と一瞬だけ不思議に思ったが、すぐに理由は思い当たった。アリシアには食事の習慣がない。逆説的に料理などできようはずもない。だからこそ、自分で料理ができるかどうかを確認しているのだ。

「料理くらいできないと、普通は生きていけないですからね。……普通は、ね」

「うっ……、生きるのに必要ないからできないだけよ。やればきっと思い出すから。ええ、うん、きっとそう」

 アッシュの悪態がクリーンヒットし、弱々しい反論を自分に言い聞かせていた。

「わかった!私も料理するわ。……食べるようになれば習慣になって、ちゃんとやれるようになるはず。よし!そうしよう」

 謎の結論が出ていたが、アッシュは気にしなかった。薬の調合をやるくらいだから、そこまで不器用でもないはずなので、なんとかなると思ってしまったからである。————この時、止めておくべきだったと、数時間後のアッシュは語っている。

 料理をするとなれば、食材や道具が必要になる。そのため、決心したアリシアの足は食材などを販売する店が並ぶ通りに向かった。

 店頭には色とりどりの野菜が並び、魚や肉を売っている店も見えた。ここだけで生活するだけの食材は購入できるだろう。

「で、なにを買えばいいの?」

 アッシュはあきれた。料理をすると言っていたのに、アリシアは何も考えていなかったのである。

「あー、そうだな。今日は天気がいいからな、生ものは帰ってるうちに腐っちまうだろうから、腐りにくいもの中心になるかな」

 横の料理初心者は無視して、アッシュは店頭を物色し始めた。

 野菜なんかはこのまま買って帰って、あの寒い部屋に置いておけば数日はもつし、肉は乾燥に燻製など保存のきくものがあったので、それだけ買えば問題ないだろう。どうせ食器なんかもないと思うので、それらも全部買うとなると帰りの荷物は多くなりそうだ。

 アッシュは嘆息した。

 生活に必要なものをいろいろ買って回っていると、日が傾き始めていた。

 アッシュは食事のことだけしか考えていなかったが、アリシアはアッシュの着替えなんかも購入していたようで、気が付いたころにはアッシュの両手と背中にはギチギチにつまったカバンを持っていた。

「ああ、重い」

 帰り道、両手と背中の重量に負けて情けない声をアッシュが出すと、アリシアが苦笑いで右手のカバンを奪った。

「一つ渡しなさい、持ってあげるから。それでもう少し姿勢よく歩けるでしょう?」

 彼女は重量に負けたアッシュの歩き方が気に入らなかったようだ。奪い取ったカバンの中には調理道具ばかりが入っていて、相当重いはずなのに軽々と肩にかけると、

「さあ、行くわよ」

「————面目ない」

 荷物がなくなって体は軽くなったはずなのに、アッシュは頭が上がらなかった。

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