第4話
「その籠はここに置いておいて。そっちの籠はあっちの部屋に入れてきて」
「へーい」
アリシアの指示に従って、アッシュが採ってきたものを運んでいた。その途中、運び込んだ部屋でアッシュは度肝を抜かれた。
「うおっ、なんだこの部屋。寒ッ!」
運び込んだのは倉庫とは反対側の部屋で、不思議なことにその部屋は妙に寒かった。別に氷で覆われているとかでもないのに、真冬のような寒さの部屋だった。
これもアリシアの力なのだろうが、それにしても寒すぎる。長時間はいられないと考えて、持っていたものを適当に並んでいる棚に押し詰めると、アッシュはさっさと部屋を後にした。
「あー、寒かった」
部屋で冷え切ったアッシュの体に真昼の暖かな気温が染み渡った。
アッシュは体をさすりながら、荷物が広がっているであろう玄関へ踵を返した。途中でぐぅ~っという間の抜けた音が響く。人間、一食だけでは足らない贅沢な生き物なのだ。
「あら、もう餌の時間?食欲旺盛なのね」
ちょうどタイミングよく倉庫から出てきたアリシアがいたずらっぽく笑った。
はずかしさのあまり、アッシュの顔が紅潮していく。
「うるせぇ……、仕方ねえだろ。魔女サマと違うんだよ」
憎まれ口をたたくが効果はなく、アリシアはくすくす笑っていた。
「午後は街に行くからもうすこし我慢なさい。あなた、何も持たずに屋敷に来たから必要なものもいっぱいあるでしょ」
「じゃあ、早く行こうぜ!さっさと荷物しまって!」
まだ置いたままになっている荷物を片付けようとするが、置き場がわからないのでアッシュはあたふたするしかなかった。
その様子を見たアリシアは、やれやれといった様子で頭を振ると
「わかったから、落ち着きなさい。……仕方ない。すこし休憩してからにしようと思っていたけれど、荷物をしまったらすぐに行きましょうか」
アリシアの指示通りにてきぱきと荷物をしまっていく。
空腹に気が付いたせいで体の力が入らなくなったアッシュだったが、体を引きずるようにしながら自分に割り振られた分はなんとか終わらせた。
「アッシュ、これ持って」
疲れて玄関でへたり込んでいたアッシュに、アリシアが今度はカバンを渡してきた。中には薬が入っている。
「なんだよ、これ」
「みればわかるでしょ、薬よ。一応、街では森に住んでる薬師ってことになってるの」
「へぇー、これってちゃんと効くやつ?……いでっ」
アッシュの無礼な質問に、アリシアが蹴りを入れた。
電撃でないだけマシなのだろうが、疲労困憊のアッシュには十分な衝撃だった。かろうじてカバンは転がさなかったが、きれいに腰に入った一撃で悶絶していた。
「私の薬が効かないとでも?今から腰に効く薬を塗ってあげましょうか?」
その提案にアッシュはプルプルと首を振るしかできなかった。
それで一応気はすんだのか、ふんとアッシュから視線をそらして天井を見つめると
「————リッキー」
「はい!姉さん!なんでしょか!?」
不機嫌なアリシアに呼び出されたにもかかわらずリッキーは平常運転で現れた。だが、さすがに肩に乗るのは雰囲気からできなかったようで、棚の上で正座で指示を待っている。
「あなた、掃除サボってたでしょ。私たちは今から街に行きます。————これ以上は言わなくてもわかるでしょ」
その声は甘く、とても柔らかかった。それなのに、この状況ではひどく威圧感のある言葉だった。
リッキーのすべすべの毛並みが恐怖で毛羽立った。横で聞いていたアッシュも蹴られた痛みなんかどこかへ飛んで行ってしまった。
「返事は?」
「はいっ!」
「じゃあ頑張ってね。アッシュ、行くわよ。……あっ、森の警戒も解いちゃだめだからね」
はい!っという声が重なって響いた。
さきほどまで転がっていたアッシュは勢いよく立ち上がり、正座していたリッキーはダイニングに向かって駆け出していた。
二人にはある種の一体感が生まれていた。
走っている方向は別々だが、同じ方角を向いているようなそんな感覚だろうか。
そう、なぜなら
————あいつ、かわいそうだな
相手に対して同じ感情をもったためである。
ちなみにアリシアは、
(はぁ~、すっきり!)
仕返しと八つ当たりでストレス発散したおかげで、過去一で上機嫌になっていた。
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