After:第11話

「なあ、ミハエル。……俺にはな、“夢”、というには仰々しいが、目標ができたんだ」

 酒が回ったためか、床に寝そべったレオンがぼそりと口にした。

 それにアッシュは目を見開いて驚いた。レオンが思ったよりも酒に弱く、床に寝そべる姿を見せたこともそうだが、現実主義者な兄から“夢”なんて似合わない言葉が出てきたのがあまりにも意外だったからだ。

「おい、なんだよその顔は。……俺だってそういうこと言いたい気分の時があるんだよ」

「……いやっ、面白いだけだから、気にしないでいいよっ、……ふふっ」

「気になるだろ。……いや、これは俺が悪いな。まあいいや、……俺はな、あの国を変えたいんだ。数年前、海の向こうの国から“拳銃”なる武器が入ってきた。……ナルシスって騎士がお前に撃ったあの武器だよ」

“拳銃”という名前には憶えがなかったが、ナルシスの使ったものと聞いて、その時の痛みの記憶を伴って思い出された。のと同時に、なぜそのことをレオンが知っているのかという疑問も浮かんだ。大方、リッキーがべらべらとしゃべったのだろう。

「あれは革新的な武器だよ。あの大きさで簡単に人や馬を殺せる。留学中にあれを見たときに感じたよ、もうすぐ騎士の時代は終わるって。そうなったら騎士の力で戦争に勝ってきただけの俺たちの国は終わりだ。————その前に俺が国を変えるんだ」

「そこまで言うんだから、どうやるかも考えてあるんだよな」

「外交しかない、と思ってる。……留学中にいろいろあって隣国の貴族と繋がりができたんだ。そこから国同士の付き合いにできないかと考えてる」

「それって————」

「ああ、難しいなんてもんじゃないだろうな。しかもこっちの国のトップはあの王様と父上だ。外交なんて許さない、と思ってる。それこそ国をひっくり返さないといけない」

 酔っているからそんなことを言っていると思いたかったが、そういうことを言う人ではないことはアッシュもよく知っていた。だから、これは質の悪い冗談ではなく、本音が漏れているという方なのだろう。……誘わなければよかったと心の隅で後悔し始めているアッシュだった。

「……だから、お前に帰ってきてほしかったんだよ」

「俺は国家転覆なんてしたくないんだが」

「お前がいれば国家転覆にはならないんだよ」

 レオンの言った言葉の意味はアッシュにはわからなかった。酔っぱらいの戯言と流すにはあまりに鮮明だったため反応に困った。

 一瞬、部屋の中に静寂が満ちた。その時だった。ガタンと扉の方から大きな音がしたのは。

 反射的に振り返った二人が見たのは、ほんの少しだけ空いた扉の隙間から部屋の中をのぞいていたステラとリッキーの姿だった。

「お義兄さま!そっ、それはよくない発言ですわ!人のこい、あっ、違う、……国家転覆の相談だなんてっ!……お酒の飲みすぎです!もう解散してください!か・い・さ・ん!!」

 盗み聞きがバレたのに気付いたステラは、顔を真っ赤にしながらレオンへと詰め寄った。アッシュはそれを見て、王女の前で国家転覆の話などすればこうなるのは当然だと思ったが、実際はそうではない。ステラからすれば国家転覆などどうでもいい事柄で、彼女が怒ったのは間接的に自身の気持ちをアッシュに伝えられかけたからである。もちろんレオンにはそのつもりはなかったし、そもそもアッシュは気づいてすらいないのだが。


 そのままステラが騒いだため、男二人の秘密の飲み会はお開きとなった。

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