第15話
「へえ、結構似合ってるじゃない」
スーツを着たアッシュの姿を見て、アリシアが珍しく誉め言葉を口にしていた。
実際、アッシュは元盗賊とは思えないほどにスーツを着なれており、アリシアが着替えの手伝いをしようかと声をかけたときにはすでに着替え終わっていたくらいだった。
「にしても、姉さん。アッシュと二人で大丈夫なんですか?」
「仕方ないじゃない。リッキー用の服がなかったのだもの」
机の上に立っていたリッキーが不安そうにアリシアに話しかけると、慰めるようにそう口にしていた。
二日前、黒い手紙が爆発した後、屋敷の中にはスーツとドレスが一着ずつ残されていた。それがパーティーのために残されていったものだというのは誰の目にも明らかだった。
あいにくリッキーのための装いはなかったために、アリシアとアッシュがパーティーへ行き、リッキーはお留守番になった。
「それにしてもこのスーツとそのドレス、かなりいいやつだよな。サイズがぴったりなのが気持ち悪いけど」
自らの体を包んでいるスーツを不思議そうな顔で触りながら、アッシュがつぶやいた。
彼の見立ての通り、スーツに使われている素材は最高峰のものであり、二人の体にぴったり合うように作られていた。それを気持ちが悪いと思うのは無理もないことだろう。
「ええ、ひどく気持ちが悪いから、顔だけ出して帰ってきたら燃やしましょう。だから、あんまり期待しないでおいて。……こんなに高いヒール、いやがらせかしら」
アリシアも同意見だったようで、ダイニングの椅子に腰かけながら拳ほどの高さのハイヒールに履き替えながらぼやいていた。
これだけ高そうなスーツなら売ればそれなりの金額になりそうだとアッシュは思ったが、アリシアが燃やすと宣言しているので、それを無視して売りに行こうとまでは思わなかった。
「これでいいかしら。……きゃっ」
「うおっ!?あぶねっ、大丈夫か?」
ハイヒールに慣れないためか、立ち上がった瞬間、アリシアがよろけた。その体を反射的にアッシュが受け止める。すると自然に体が密着するわけで、あまり直視していなかったその姿をしっかりと見てしまった。
アリシア用に用意された真っ赤なドレスはかなり煽情的なものだった。背中の部分の布地がかなり少なく、胸元もかなり開いているため肌がよく見えていた。
倒れてきたアリシアをアッシュは正面から受け止めたため、視線を少し落とすだけでそのあらわになった胸元が目に入ってしまったのだ。
「ごめんなさい、あんまり慣れないものだから」
「あっ、ああ、悪い。悪かった。ごめんなさい」
「?……なにをそんなに謝って、……ああ、そういうこと」
謝罪をするアリシアの姿勢を勢いよくただすと、アッシュは猛烈なバックステップで距離をとった。
その様子に困惑を示したアリシアだったが、すぐにその理由に思い当たった。
「このドレス、あんまりいい趣味じゃないと思っていたけれど、その様子だったらきちんと似合っているみたいね」
と、かなり好意的に解釈したようだ。
似合っているもなにも、いつもは服の下に隠されている彼女の女性的な体は、ドレスによってその魅力を引き上げられていた。
(というか、思ったよりもしっかり出るとこ出てるから、余計にだよなぁ)
心の中でそうつぶやくも、アッシュが口にすることはなかった。————なんだか、口に出したら負けな気がしたから。
「アッシュ、これを」
「なんだよ、これ。……仮面か?」
アリシアがアッシュに渡したのは、仮面舞踏会で着けるような仮面だった。彼女の手にはもう一つ握られているので、どうやら二人分あるようだ。
「今から行く場所は伏魔殿、普通の人間が行ったらどうなるか分かったものじゃない場所だから、用意しておいたのよ。……それであなたを普通の人間と認識するものはいないし、見えるものも聞こえるものも常識の範囲内で済むはず」
アッシュはもらった仮面をいろいろ見てみたが、そんなにすごいものとは到底思えなかった。それくらいに渡された仮面は普通なものなのだ。
「じゃあ、リッキー行ってくるから、留守番お願いね」
「アイサー!お気をつけて」
そういって玄関のほうへと歩き出したアリシアの足取りはおぼつかなかった。やはりヒールの高さに慣れていないのだ。今なら後ろから背中をたたくだけでひっくり返ってしまうだろう。
よたよた歩くその様子を見ていられなかったアッシュは、彼女のそばに駆け寄ると、
「ほら、手を貸してやるから」
「あら、エスコートしてくれるの?」
「そんなんじゃない」
「でも、お言葉に甘えさせていただくわ」
アリシアは差し出された腕をつかむと、引き寄せてアッシュの体に寄り添った。
体に触れた柔らかい感触に、アッシュはドキリとしたが、その動揺をなんとか抑えた。と、本人は思っている。
はたから見ていたリッキーにはその動揺がバレバレだったので、
「アッシュ、ちゃんと姉さんをえすこーと?するんやで!」
そう言って見送る声は明らかに笑いを含んでいた。
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