After:第1話
その日は数日ぶりの快晴だった。
冬の時期は数日間吹雪が続くことすらあるこの国では、冬の時期の快晴というのは大変珍しいことだった。それが不吉な予兆だとは、住み始めて半年しか経っていない二人と一匹はまだ気づいていなかった。
「ごめんくださーい」
そんな声が屋敷に響いたのは、窓を全開にした屋敷の二階でアッシュが掃除をしていた時だった。
普段なら吹雪が窓から入ってきて屋敷が荒れるため、窓など開けることはないのだが、いい天気だったので少し寒いが窓を開けて換気をしていた。そのおかげで外の声が屋敷の中まで響いてきたのだ。
「はいはい、ちょっと待ってくださいよ、っと」
駆け足で一階に降りてくると屋敷には誰もいなかったことを思い出した。この時点でアッシュは気づくべきだった。リッキーが外に出ているのなら、それは周囲の警戒のためであるはずなのに、来客というよりも周囲の森に入ってきた人物がいるということの報告がなかったという違和感に。
「お待たせしました、どなたでしょう……、はぁ!?」
玄関を開いたアッシュが見たのは、見目美しい二人の男女。どちらとも数年ほど会っていないにもかかわらず、彼は一瞬で二人の正体がわかった。————わからないはずがなかった。
「おひさしぶりね。————ミハエル」
北の王国の王女 ステラは輝くような笑顔でアッシュに挨拶をした。後ろに立つミハエルの兄 レオンはバツの悪そうな顔を浮かべている。
「ステラ!?それに兄上まで……」
アッシュには二人がここにいることが信じられなかった。北の王国から海を越えて、さらに大陸の奥地にあるこの屋敷にこの二人があらわれるなんて、到底信じることができなかったのだ。
「ミハエルーッ!!」
一瞬だけ淑女の顔をしていたステラであったが、アッシュの顔を見た瞬間にその仮面は崩れ落ちて彼へと抱き着いてきた。
驚きのあまり、まだ現実に戻ってきていないアッシュにそれが避けられるはずもなく、真正面からくらって押し倒される形になった。
「いでっ!?」
後頭部を打ち付けたおかげでようやくアッシュの意識は現実に戻ってきた。だが、戻ってきたところで状況が理解できるわけでもなく困惑するばかりだった。
「さあ!一緒に国に帰りましょう!!」
地面に転がるアッシュに抱き着いたままのステラはそんなことを口にしていたが、
「何言ってんだ、一回どいてくれ。……兄上も見てないで助けてくれよ」
状況がよくわかっていないアッシュが承諾するわけもなく、立ったまま事の成り行きを見ていたレオンに助けを求めた。さすがに実弟から助けを求められれば無視できなかったのか、一瞬だけためらうような表情を浮かべたが、
「————姫様、ミハエルが困っています。それにレディがそういう行動はどうかと」
冷静にステラを窘めた。その言葉は彼女のツボをしっかり押さえていたようで、明らかに不服そうに頬を膨らませていたがアッシュを離すと体を起こした。
「はしたないところをお見せしてしまい、申し訳ありませんわ。お義兄さま」
ステラは謝罪の言葉を口にはしていたが、明らかに棘がある言い方をしていた。アッシュはその姿に違和感を覚えた。それともう一つ、
(————なぜ、お義兄さま?)
ステラとレオンが間もなく結婚するという話は、ナルシスから北の王国を出る寸前に聞いていた。だが、今見る限り二人の関係性はそんなものではない気がアッシュにはしたのだ。おそらくそれは二人と旧知の仲だったアッシュだからこそ、わかったものだろう。
「————で、なんなのかしら、この騒ぎは」
状況が混迷を極める中、さらに状況を混沌とさせる人物が屋敷へ帰ってきた。
「姉さん、ちょ、ちょっと、先行かんといて。……って、なんなんこの状況」
あとから現場に現れたリッキーが目にしたのは、玄関に仰向けで倒れるアッシュ、それを見下ろす二人の人間、それを睨みつけているアリシア、というリッキーでなくても理解に苦しむ状況だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます