第24話

 アッシュはすべてを語り終えると、力尽きたように椅子へと崩れ落ちた。

 長い長い独白だった。ひどく要領が悪くて、時間をかけた独り言。いままでのアッシュならば見せなかったであろう、あまりにも無様な姿をさらけだした。

 独白が終わった後も、アリシアとリッキーはすぐには口を開くことができなかった。二人ともしっかりと彼の話を聞いたうえで、その内容を茶化すことなくきちんと自身の中に落とし込むために時間が必要だったのだ。


「————アッシュ」

 最初に口を開いたのは、アリシアだった。

「まずは、話してくれてありがとう」

 彼にとって過去を話すことがどれだけ辛いことだったか、今の姿を見れば痛いほどわかった。だが、それでもアッシュは覚悟を決めてアリシア達に打ち明けた。それを汲んだ上での感謝のことばだった。

「いろいろ言いたいことはあるけれど、そうね……、三つだけ言わせてもらうわ」

 そういって座ったままのアッシュの前まで静かに歩いていくと彼の姿を見下ろした。そして、うなだれている彼の頭を抱きしめた。

「よく頑張ったわね。独りになってからも、あなたは自分を責め続けていた。自分を捨てても、自分自身の罪からは逃げなかったのね。……なんて悲しくてつらい生き方。私にはあなたを許す権利も力もないけれど、このひと時くらいは一緒に背負わせてちょうだい」

 頭に押し当てられた女性的な温かさにアッシュの瞳から一筋の涙がこぼれた。

 ————少しの間、二人はそのままの状態だった。



「……あの、アリシアさん、その……、もう大丈夫なんで」

 先に口を開いたのはアッシュだった。だんだんと冷静になってきて、自分が大変恥ずかしい状態であることに気づいたことで、すぐにでも離れたくなったのだ。

「そう?」

 すこしだけ名残惜しそうにアリシアが離れた。その時、自身の頭がその大きく開け放たれた胸元に抱きしめられていたということを再認識してしまい、アッシュは全身から火が出そうなほどに熱くなった。

「ええなぁ、ええなあ」

 にんまりした顔でそうつぶやいた小動物が視界の端に入ってさらに熱を持った。

「……なんていうか、ありがとう。いろんな意味で、助かった。さあ、飯にしよう!飯に!今から作るから、アリシアは早く着替えて来いよ!」

 本音半分、照れ隠し半分で言いたいことだけ言って、アッシュはその場を逃げようとした。だが、それで逃がしてくれる相手ではなく、

「そういえばアッシュ、結局王女様とは恋仲だったの?」

 歩き出した足が絡まってアッシュがズテーンとダイニングの床に転がった。アリシアの言葉は、まだ復帰しきれていない彼にはクリティカルな一撃だった。

「ちっ、ちげーよ!そんなんじゃない!向こうがどう思ってたかはわからんが、そうじゃなかったと思う。たぶん!」

 まくしたてている間も手足をバタバタさせて、ふらつきながら立ち上がると今度こそ、ダイニングから逃げ出した。

 その様子を一人と一匹は愉快そうに眺めていた。

 アリシアはだいぶ元気になってきたアッシュに対してだったが、リッキーはすこし視点が違っていた。

「姉さん、よかったっすねぇ」

 その言葉を発した瞬間、リッキーの姿が屋敷の中から消えた。そして屋敷の外、上空で彼の叫び声がした後、なにかが地面に落ちた音が響き渡った。




 ***



 時を同じくして、王都の中央に佇んだ王城内・戦略会議室


「はあ、どうしたものだろうか」

 ヴァルトシュタイン卿は大きなため息をついた。その頭を悩ませていたのは、先日報告に上がってきた“ある情報”だった。

「国の北部に魔女が住んでいる、か」

 それは長年騎士団長を務めている彼にとっても、あまりに眉唾な話であった。

 本来であれば、彼が直接対応するほどの事案ではない。だが、面倒なことに王にもこの情報が伝わってしまったらしく、騎士団長直々に指揮をおこなうように命じられてしまったのだ。

 多忙を極める彼自身が北部まで赴くことはできないが、最低でも部隊長の任命くらいは自身でやらないと王の命に背く形になってしまう。いくら騎士団長という位のヴァルトシュタイン卿でも、王の命令を反故にすることはできない。

 計画がうまくいっていれば、今頃こんなことを気にすることなく隠居することができていたはずだったのだが、様々な要因により隠居など夢のまた夢、生涯現役まで射程圏内に入ってきてしまっている。

(せめて、ミハエルが帰ってきてくれれば……)

 数年前にある事件で家を出た息子ミハエル。彼のことは、ヴァルトシュタイン卿にとって、後悔しきれないほどの後悔だった。

 彼がどこへ行ったのか、まだ生きているのか、騎士団長という地位を使って調べたが、わからなかった。————おそらく生きてはいないとヴァルトシュタイン卿自身もあきらめていた。

「ヴァルトシュタイン卿」

 いつのまにやら上級騎士の一人が会議室に入ってきていた。

 ヴァルトシュタイン卿はその顔を見て、顔をしかめた。その上級騎士はミハエルと騎士学校の同期で、彼が家を出ていった原因の事件にかかわっていた人物だったためだ。

 辺境伯の息子ということで上級騎士まで昇格しているが、実力は乏しいうえに事件のこともあって印象がひどく悪いため、タイミングを見て危険地にでも追いやってしまおうかと考えていたくらいだ。

「それは魔女についての資料ですよね」

「ああ、そうだ」

 ヴァルトシュタイン卿の返事はひどく不機嫌だった。だが、上級騎士はそれに気が付いていないかのように、口を閉じようとはしなかった。

「この任務ですが、私を部隊長に任命していただけないでしょうか」

「……」

 本音で言えば、即断で断りたかった。だが、長年騎士団長という職を遂行してきたヴァルトシュタイン卿に、即回答をするという若さは残っていなかった。

 一瞬の逡巡。メリットとデメリットを秤に乗せ、そのうえで自身の感情とも折り合いをつけて答えを出した。

「いいだろう。部隊は自分で編成しなさい」

 魔女が本物であれば、この上級騎士ともう会うことはないだろう。

 偽物であった場合でも、適当な理由の褒賞として僻地を与えて、王都から離れさせてしまえばいい。

 どちらにせよ、最終的にはこの上級騎士をみて不機嫌になることはなくなる。ヴァルトシュタイン卿にとってはメリットの方が大きい計算だ。

 そんなことを知らない上級騎士は嬉しそうに敬礼をすると、

「ありがとうございます!このナルシス、必ずや魔女を討伐して見せましょう。ヴァルトシュタイン卿のご期待にお応えできるように、全力を尽くさせていただきます」

 期待など全くしていないのに、おめでたい頭だ。こちらの思惑など考えてもいない、愚の塊のような上級騎士を見て、ヴァルトシュタイン卿の不機嫌はさらに加速した。

(こんなやつがなぜここにいる。なぜ、こんなやつがここにいて、ミハエルがいないのだ……)

 上機嫌にどこかへ走り去っていった上級騎士の背中を見て、ヴァルトシュタイン卿は目の前の机を蹴り飛ばした。

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