第17話
街灯のない、月明かりだけが頼りの夜道を二人は寄り添いながら歩きはじめた。
足元がおぼつかないアリシアは、アッシュと一緒でなければまともに歩けず、アッシュはアッシュで、ときおり遠くから響いてくる獣の鳴き声にビビり散らして、聞こえてくるたびにアリシアにしがみついていた。
「ひゃあっ!?……な、なあ、大丈夫、なんだよなぁ、襲ってきたりしないよな」
「もう!しっかり歩きなさいっ!ただでさえ歩きにくいのに、歩けないでしょ!」
月の下でそんな風に騒ぎながら歩いていたものだから、目視できる距離にある古城まででも倍以上の時間をかけてたどり着くことになった。
「やっとついたぁ~」
「ほんと、ひどく無駄な時間だったわね」
目の前に建つ古城を見上げながら、二人ともしみじみと口にした。
城自体は見えていたものの、正面の門にたどり着いてから小さな町くらいあるのではないかという中庭を抜けて玄関までたどり着いたのだ。見た目以上に長い道のりだった。
「長いお散歩でしたな。パーティーはすでに始まっておりますので、こちらへどうぞ」
先に城まで戻っていたのであろう小鬼が呆れの色をにじませながら、玄関ホールに立っていた。
そもそもそっちが勝手に置いて行ったせいで、こんなに時間がかかったのだと声を張って主張したかったが、二人ともそんなことを口にする気力など残っていなかった。
案内されるがままに小鬼の後について玄関ホールから奥の廊下へと進んだ。
見た目が立派な城なだけあり、内装はかなり豪華なものだった。廊下には真っ赤な高級絨毯が敷き詰められ、飾られている絵や壺なども一般家庭の家が建つほどの金額のものばかりだった。
「————アッシュ、あんまりきょろきょろしない。いくら物取りの血が騒いでもね」
アッシュが急にせわしなく周囲を見始めたものだから、アリシアはてっきり高級品ばかりの空間に元盗賊の血が騒ぎ始めたのだと考えたのだが、返ってきた返事は
「あ、ああ、うん、すまん」
という、なんともぼーっとしたものだった。
それもそれで変だったのだが、慣れない空間に来たことで緊張しているのだと、アリシアは考えた。そもそも自分だって、正装でこんな場所に来るのは慣れておらず、緊張していないとも言えない状態だったからだ。
「こちらがパーティー会場になります」
廊下の突き当りにあった大扉を開いた先には大広間があり、そこでは大勢の人が談笑と食事を楽しんでいる様子が見えた。
「さすがね、これだけの数の怪異を連れ込んでいるなんて。……アッシュ、仮面は絶対外さないように。外した瞬間、あそこに並んでいる食事と一緒にあなたが彼らの餌になるわよ」
アリシアは会場を眺めて感心すると、アッシュに再度忠告をした。
彼には普通のパーティーのように見えているが、着けさせられた仮面には普通のものに見えるような力があるということを言っていたはずなので、その力によってそう見えているだけなのだろう。
「……ねえ、あなたの主人は?ここにはいないようなのだけれど」
「我が主は別室にて待機されております。時間になれば会場にいらっしゃいますので、それまでお待ちいただきますようにお願いいたします」
「今日は彼らに会いに来ただけだから、さっさと会って帰りたいの。取り次いでくれる?」
「わかりました。一度、確認してみましょう。……少々お待ちください」
会場内に主催者らしき人物がいないことに気づいたアリシアが、小鬼に主催者との面会の予約を取るように依頼した。
小鬼は一瞬嫌な顔をしたが、招待客からの依頼となれば無下にはできないためか、しぶしぶといった様子で確認のために会場の外へと出て行った。
その結果、二人は会場に残されることとなったのだが、無言で会場の入り口近くに立っていた。小鬼が帰ってくるのを待っているというのもあるが、慣れない格好と長い道のりで疲れ切っていたというのも大きな理由だろう。
「お待たせいたしました。ご案内します」
さほど待たずに小鬼は戻ってきて、会場の裏側にある主催者の部屋へと案内した。
「お客様をお連れいたしました」
豪勢な大扉を小鬼がノックすると、中から返事のようなものが聞こえた。
「了解いたしました。————お二人とも、中へどうぞ」
小鬼には返事が聞こえていたようで、大扉を開き二人に入るように促した。
堂々とした足取りでアリシアが進んでいくので、アッシュも同様の歩幅でびくびくとしながら部屋の中に足を踏み入れた。そして、そこでアッシュが目にしたのは、三つの影だった。
正確には三つの大きさの違う影だった。おそらく大きさから男性、女性、子供の影のように見えたが、形は定かではなかった。仮面の力によるものなのだろうが、アッシュには影の形でしか認識できないような相手らしい。
「やあやあ、久しぶりだねぇ。えーっと、今はアリシアと名乗っているんだったかな」
最初に口を開いたのは男性の影だった。その尊大な口調から手紙の送り主がその陰であることは明らかだった。
「ええ、お久しぶりです。かれこれ数十年ぶりでしょうか」
「もうそんなに経っていたか。時間がたつのは早いねぇ。そちらの彼は初めましてだったかな、……そうだなぁ、今日はヴラドとでも名乗ろうか。で、こちらが妻の」
「では、私はエリザベートにしておきましょうか」
「こっちは、息子の」
「どーしよっかなぁ、サンジェルマンでいいかな」
「————だ、そうだ」
明らかに適当な紹介に、相手がどれだけ自分たちを侮っているか、下に見ているかがあらわれていた。それに自身に対して、冷笑のようなものが向けられているのを、アッシュは肌で感じていた。
相手がいくら適当とは言え、自分が名乗らないのは無礼極まりないので、アッシュはアリシアに口を開いていいかの確認のために視線を向けた。それを察知したアリシアが口を開き、
「では、こちらもご挨拶を————」
「いや、それはいいよ。彼のお父様にはかなりお世話になっていてね。本人にはあったことがなかったが、話はよく聞いていたのだよ。————ミハエル・フォン・ヴァルトシュタイン君」
ヴラドの口にしたその名前を聞いた瞬間、アッシュは彼に心臓を握られたような錯覚に覚えた。それほどその名前は彼にとってのウィークポイントであり、ぬぐい切れない呪いだったのだ。
「なにを言って……?」
呼吸すら忘れて、立ち尽くすアッシュの様子を見て、アリシアもただならないことが起きたのだと察し、口を開いたが時すでに遅し、そもそも彼らがアリシアと一緒にアッシュを呼び出したのは、正体を知って嘲るためだったのだから。
「おや、その様子だと、知らなかったようだね。彼はね、今君が住んでいる国の騎士団長の息子なんだよ。しかもゆくゆくは国王になることすら定められていたんだから驚きだよね。————なんでそれを捨ててしまったんだろうねぇ」
最後の一言を言ったとたん、三人が合わせたように笑い声をあげた。その声はアリシアにとってはひどく不快だった。
すでにアッシュには反論をする気力すらなく、ただ立っているだけでやっとだった。
「それが彼をここに呼んだ理由ですか。————帰らせていただきます」
掴んだままだったアッシュの腕を無理やり引っ張ると、力業で自分とアッシュの身をひるがえした。
「なんだ。もう帰ってしまうのかい?」
「————彼が何者であろうと関係ありません。そのなんたらって名前の人物ではなく、ここにいるのはアッシュという人なのですから。————やはりあなた方とは縁を切って正解だった」
名残惜しそうに声をかけてきたヴラドに対して、アリシアはきっぱりと言い切った。
そしてそれを置き土産に腑抜けたアッシュを引きづりながら部屋を後にした。
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