After:第8話

「では、行ってまいりますわ、お姉さま」

「昼くらいには帰ってくる予定だから、それまではおとなしくしておいてくれよな」

 朝早くからそう言ってアッシュはステラを連れて街へ買い出しに出かけた。

 本当は客人であるステラを連れていくつもりなどなかったのだが、どうしてもと言われてしまえば断れず一緒に行くことになってしまった。

 ちなみにアリシアは魔水晶の調整、レオンは屋敷の蔵書が気になるとのことで屋敷に残った。


 今の屋敷から近くの街までは、前の屋敷の時に比べるとかなり近かった。おかげで雪国に慣れていないステラを連れてでも、大きなトラブルもなくたどり着くことができた。

 魔力の影響で荒れやすい屋敷の周辺の天気と違い、最近の街の天気は安定していたのか、道に雪はあまり積もっていなかった。そのおかげで、通りには露店が並び、バザーのよう催しもおこなわれているようだった。

「ミハエル!あれはなんですか!?」

「……おい!勝手に走っていくなって!」

 初めての国、初めての街で、ちょうどよく露店が並んでいたものだから、ステラはテンションが上がったのか、パタパタと街の中を駆けだしてしまった。さすがに放っておくわけにもいかないので、アッシュは彼女を追いかける羽目になった。

「元気いいな、嬢ちゃん。これはソーセージだよ。動物の腸に肉とかを詰めて作った食べ物なんだ」

 露店の店主が物珍しそうに見るステラにそう説明していた。当の本人は鉄板の上で焼かれているソーセージを見るのに夢中で聞いているかどうか微妙だったが。

「おい、ステラ、勝手に走っていくんじゃないよ」

「……だって、見たことないものがあるんですもの」

 アッシュが咎めると、ステラはすねたように口を尖らせた。

 北の王国では見たことがないものばかりなのだから、彼女が破折のも仕方がないことだろう。だが、一国の王女である彼女の身になにかあればと考えればアッシュが過保護になるのも仕方のないことでもあった。

「まあまあ、そう怒らないでアッシュさん。彼女、この辺じゃ見ない顔だから、どっかから遊びに来たんだろ。初めての場所で、はしゃぐのくらいは大目に見てあげなよ」

「……まあ、はい。ちょっと大人げなかったかも、です」

「そうだな。……そういうことで、今日のおすすめはこのソーセージだ。ハムもいいのがあるよ!」

「————って、それが狙いかよ!」

 店主に乗せられて、結局アッシュはいろいろ買わされてしまった。食料の買い出しが目的だったので、ある意味ちょうどよかったのだが、それにしてもいろいろ買わされすぎた。

 そんなこんなで大荷物になったアッシュの前を、ステラが並んでいる露店をふらふら覗きながら歩いていた。

 ちなみに彼女はこんな極寒の地に耐えうる服は持ってきていなかったため、アリシアからふわふわなピンクのコートとおそろいの手袋をもらって、全身もこもこふわふわ状態で街を練り歩いている。ただでさえ、童顔なのにそんな恰好なものだから、行く先々でアッシュかアリシアの妹だと思われているようだった。

「こんな寒いのに皆さん元気ですのね」

「ここじゃ、これが普通だからな。俺たちと違って慣れてるんだよ」

 北の王国は、基本的に温暖な気候にあった。雪が降ることなどあまりなく、ここまで寒いのは年に一度もない。そのため、二人とも体質的に寒さに弱かった。それもあって、この寒さの中で街がこれだけ活気づいていることを不思議に思うのは当然のことかもしれない。

「見たこともないものがいっぱいあって、ここはとてもいい街ですね」

「……王都の外は結構こんな感じだよ」

「まあ!それはとても素敵ですわね。————あら?」

 ステラが立ち止まったのは一つの露店の前だった。並んでいる商品を見てみると、イヤリングなどのアクセサリーを販売している店のようだ。

「なんか気になるものがあったのか?」

「これが……、ただ、この国のお金は持っていませんの」

 ステラが指さしたものを見てアッシュは言葉を詰まらせた。彼女が指さしたのは、宝石というには少々粗削りな薄青い鉱石があしらわれたイヤリングで、アッシュの財布事情ではちょって手が出ない金額だったからだ。

 アッシュは悩んだ。さすがに買える金額ではなかったし、このまま諦めてもらうというのも正直頭にはよぎった。だが、ちょっぴりしょげた様子のステラを見るのはかなりきついものがあった。どうすればいいかを考え、商品を眺めていると、妙案を思いついた。


 一旦、露店を離れた二人はそのまま買い物をつづけた。

 アクセサリーの露店を離れた後、ステラは少しだけ元気がなくなったが、屋敷に帰ろうという頃には、もとの元気な状態に戻っていた。

「すまん、ちょっと買い忘れたもんがあったわ。すぐ戻るから、ちょっとここで待っててくれ」

「なら、私も……」

「いいよ、すぐ戻ってくるから」

 そう言って、街の入り口にステラを残して、アッシュは通りの方へ戻っていってしまった。だが、彼は言っていた通り、すぐに戻ってきた。————なぜか、少しだけ荷物を増やして。

「これ、さすがにイヤリングは無理だったけど、ブレスレットならおんなじ鉱石のやつがなんとか買えたから」

 アッシュが買ってきたのは、ステラが欲しがっていたイヤリングと同じ鉱石を使ったブレスレットだった。イヤリングよりも鉱石が小さい分、財布への衝撃が少なくて済んだのだ。それでも買い出しの状況次第で、お金が足りなくなるような、ほんとにギリギリの戦いだったのだが。

「まあ!まあ!まあ!————ありがとうございます!」

 アッシュがブレスレットを渡そうと差し出した手をすり抜けて、ステラは彼の体に抱き着いた。ブレスレットをもらえたことよりも、アッシュからのプレゼントということが彼女にとって重要なのだ。

「……ちょっと、待て、荷物が、落ちるっ」

 荷物を抱えているせいで、抱き着いてくるステラを避けることができず、アッシュは彼女を真正面から受け止めることになった。荷物を落としてもおかしくない状態だったが、アッシュは自身の高い身体能力のおかげで、落とさずに堪えた

「おい、離れろ。ほら、今渡してやるから……」

「わかりましたわ!————はい!」

 いきなりくっついたと思いきや、今度は素直に離れて、しかも左の手首をコートをめくった状態で差し出してきた。アッシュには、ステラの感情の動きがまったく理解できなかった。

 どうして左手首を出したのだろうかと、その行動の意味を考えるアッシュだったが、数秒ののち、ようやく行き着いた。

「めんどくさいな。……わかったよ」

 荷物をいったん地面に置くと、ステラの前で片膝をついた。そして、渡す予定だったブレスレットを彼女の左手首につけてあげた。————その様子は、まるで結婚式で新婦の指に指輪をつける新郎のようであった。

「……う~ん、ちょっとシチュエーションがよくないから、七十点くらいかな」

「ほんとめんどくさいな!……昔はそんなんじゃなかったぞ」

「それは気のせいじゃないかしら。女性というのは、いつもめんどくさいものですもの」

 なんだか、最後の言葉はアリシアみたいだとアッシュは感じた。あの魔女の悪影響を早くも受けてしまっているのだろうとも。

「では、帰りましょうか。ミハエル」

 ステラの足取りはひどく軽かった。それこそ、スキップでもするように。


 ————雪道に入った瞬間、ステーンと音がしそうなくらいきれいに転んだのは言うまでもない。

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