After:第5話
「……面倒なことになったわね」
「はい、大変なことになりましたね」
「ちなみにリッキー、それはどういう意味?」
「————いろいろ、ですかねぇ」
机の上で意味深な表情を浮かべるリッキーの小さな背中をアリシアはひどく不愉快に感じた。
「すこし頭を冷やしてくるといいわ」
「それってどういう————」
リッキーの問いかけは途中までしか音にならなかった。いや、実際にはなっていたかもしれないが、アリシアの耳には届かなかった。代わりに
「イヤアアアアアアアア!」
外から絶叫とボスンと雪の上になにかが落ちる音が聞こえてきた。
「さて、私も二階に行こうかしら」
すこし鬱憤も晴れたところで、アリシアはダイニングを出て二階に上がった。
ステラからの告白の少しあと、アッシュが戻ってきたので一足先に屋敷の案内などを任せたのだ。一緒に行ってもよかったが、ほんの一瞬だけ冷静になる時間が欲しかったので、アッシュに任せてしまった。
さきほど階段を上る音が聞こえたので、一階の案内は終わって三人とも二階に向かったはずだろう。
「きゃああああ!」
急に屋敷の中に叫び声が響いた。
「なに!?」
声は二階から響いてきたため、アリシアは大急ぎで階段を上って廊下を見渡した。すると、扉が一つ開いていた。人の気配がするので三人ともそこの部屋にいるだろう。中で何が起きているかは廊下からではわからない。
すうっと息を少しだけ吸って、部屋へと近づいた。
「このお部屋、すっごい!外はあんなに真っ白なのに、明るくてあったかい!」
「これが、……魔法の力」
部屋から聞こえてきた声はトラブルとは程遠い、明るく楽しそうなものだった。階段に近づいたタイミングが悪かったのだろう。そのせいで騒ぐ声を悲鳴と聞き間違えてしまったのだと、アリシアは理解した。
「この部屋は空の上と繋がっているの。この国は雪の日ばかりだから洗濯に困ってしまうと思って作ったのだけれど、思いのほかいい部屋でしょう?」
なんとなく話の流れをよんで、得意げな口調で部屋へ入った。
踏み込んだ部屋は驚くことに板張りの床以外はすべてガラスでできており、見渡す限りの青い空と太陽、まるで雲の上に建てられているようだった。
部屋の中は差し込む日光によって明るく、そして暖かい。アリシアが言った通り、本来は洗濯物を干すために作った部屋だったのだが、雪に包まれた国において、この太陽の暖かさを感じられることのありがたみを住人である二人は改めて感じることになった。
「ああ、夜になると星も見えていいもんだぜ。……と、アリシアも来たのか。じゃあ、部屋にご案内と行きますか」
アリシアが合流したことを確認すると、アッシュは客人用の部屋の案内へ移ろうとした。その瞬間、ピキーンとひらめいた。
(そういえば、ステラさんとレオンさんは婚約関係にあると聞いていたから一部屋でいいと思っていたけれど、……これはまずくないかしら。だって、たぶん————)
『お義兄さまと一緒の部屋なんて、嫌ですわ。私はミハエルの部屋に泊まらせていただきます』
そう口にするステラの姿を想像したところで、アリシアはおかしなことを口走った。
「アッシュ、あなたが掃除した部屋はレオンさんに使っていただきなさい。ステラさんは私の部屋ね。……魔女についていろいろ教えてあげましょう」
自信満々にそう言って、すぐに後悔した。
(いや、レオンさんをアッシュと一緒の部屋にすればよかったじゃない!!————私のバカッ!)
————だが、後悔先に立たず。口に出した言葉はもう帰ってきてはくれない。
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