第32話 再会、そして再開
日本に戻ってから何十日か経ち、僕は学会のため都内の某大学に来ていた。普段、自分の髪は自分で適当にカットしているけど、学会に出席するために床屋で散髪したので髪の毛だけでなく顔もさっぱりしている。成人式の時に作ったスーツを着るのも久しぶりだ。
僕が共同研究した発表は午前の部だったが、特に問題もなく無事に終わった。発表者である教授に誘われて学食で昼食を取る。今日は金曜日で、講義に出ている学生は意外と多い。教授に昼食代をご馳走してもらい、食べ終わった後にお礼を言いながら席から立ち上がる。その時だ。
隣の長テーブルに、どこかで見たことのある学生らしき、黒のショートヘアで活発そうな一人の女の子が目に入った。その子は他にも3人の同級生らしき子たちと座って話し込んでいた。その子達のテーブルの上は何もないので、食事が終わって雑談しているようだ。
あれ、誰だっけ…?すごく見覚えがあるんだけど……。うーん……
名前が出てこないって事は僕の勘違いかもしれない。その4人はみんな女の子なので声をかけづらいし。かなり可愛い子だから何かの映像で見たのかな。
「あれ、サノ君。どうされました?」
「あ、いえ。ちょっと見覚えのある子が居た気がして……それだけです」
僕がとぼけて教授にそう返事した瞬間だった。
「サノ?サノさん?」
その見覚えのある女の子が突然、僕の顔を見て名前を呼んだ。あれ?むこうも僕の事を知ってる?目と目が合うと、やはりどこかで見た顔だ。誰だったかなぁ?じーっと見つめるとその子の顔が赤くなる。その子と一緒に居た他の子達も、不思議そうにその女の子とこちらを交互に見てくる。
なんか気恥ずかしくなって、軽くお辞儀だけして席を立った。教授の後についていき、食器を返して食堂を出る。教授はタバコを吸うので喫煙所へ、僕は学会の会場へと向かう。会場になってた講義室ってどこだったっけ……? 必死に経路を思い出しながら大学構内の通路を歩き始める。
「あの、サノさん。サノ ツカサさんですよね?」
後ろから声を掛けられた。振り向くとさっき食堂にいた女の子だ。僕のフルネームを知っているって事は、やはり知り合いなんだろう。誰だろう?本当に思い出せない。
その女の子はなんだかすごく必死で、そしてちょっと泣きそうな顔でこちらを見てる。あれ?僕こんな可愛い子を泣かすような事をした?全然記憶に無いんだけど……
「はい。僕はサノ ツカサです……えっと、ごめんなさい。君の顔を見た気がするんだけど、名前を思い出せなくて……」
「カナです。相藤カナ。アイトです!」
……思い出した。アイトさんの本名、アイトウ・カナだ。そうだ、アイトさんの大学、ここだった。
……あ、約束も思い出した。アイトさんが他次元から地球に戻る時に、会いに行くとか言ってた気がする。すっかり忘れてた。でもただの社交辞令のつもりだったんだけど……
「すっかり忘れてたって顔してますよね。やっぱりサノさんですよね?」
鋭い。そしてごまかせそうにない。そうだ、アイトさん、こういう子だった。仕方ない。
「あー、はい、サノです。はじめまして」
「なんではじめましてなんですか!それよりなんで忘れてたんですか!私ずっと待ってたんですよ!」
「いや、地球でははじめましてだし。それよりアイトさん声が大きい。みんな見てる」
昼休憩の時間なので周囲には人が結構いる。アイトさんもそれに気付いたようで、口をモゴモゴする。でも目だけは僕の方を睨んでくる。あー、そういえば向こうでもよく金狐のアイトさんに睨まれたっけ。懐かしいなー。
「えーと、久しぶりアイトさん。忘れててごめんね。ただ今日は学会で今ちょっと時間がないので、また今度ね」
「何時に終わるんですか?その学会って」
「え?えーと16時に閉会かな。その後は共同研究の教授に挨拶して終わる予定だけど……」
「じゃあ待ってます」
「え?いや、悪いよ。教授と話し込んじゃうかも知れないし、ほら、その、ね?」
我ながら何が「ね?」なのかわからないけど、僕の言葉に納得してくれたのか、アイトさんはその場から走り去って行った。何となくアイトさんが怒っているように見えたので、ちょっとホッとした。
以前付き合っていた彼女が妙に短気な子で、僕の言動によく腹を立ててたから、訳もわからず怒ってる女の子ってちょっと苦手なんだよな…… 怒る理由を聞いても「感情で怒ってるの!理屈じゃない!彼氏なら理解して!」って、ホント意味がわからなかったっけ。そんな事を思い出しながら、僕は学会会場の講義室に向かって行き、2回部屋を間違えた。それはともかくアイトさんも無事に地球に戻れたようで良かった。
◇
「以上をもちまして本日の※※学会を閉会したいと思います――――」
司会者の挨拶が終わると、席を立つ音やいろんな会話があちこちで始まり、会場が賑やかになる。共同研究の教授は用事があると言って少し前に退席してしまったので、僕はやる事もなくなって一人で帰るだけになってしまった。これならアイトさんに会う時間を作ればよかったかなー、またこっちに来るの面倒くさいしなー、そう思いながら講義室を出た時だった。
そのアイトさん本人が待っていた。あれ?なんで?
「サノさん、用事は終わったんですか?」
「うん、今日はもう終わり。これから帰る所……」
「じゃあ行きましょう!」
「え?どこへ?」
「私の家です」
え?は?なんで?口には出さなかったけど、アイトさんの提案に理解が全く追いつかない。
「サノさん忘れっぽいけど、一旦経験した事は忘れなさそう。だから私の家まで来てくれれば、もう忘れませんよね?帰りながらいろいろ話を聞かせてください!約束しましたから!」
「おお、なるほど。その通りかも」
妙に鼻息が荒いアイトさんに逆らう事はできず、でもとりあえず怒ってはなさそうなので胸を撫で下ろす。というかアイトさん、よく僕のことわかってるな。すごいな。
並んで大学の正門を出た所で、アイトさんが僕の顔を見ずに静かな声で、でもよく聞こえる声で尋問してきた。
「サノさん、私の事、どこまで覚えてました?」
うわ、怒ってた?心臓が飛び跳ね、体温が一気に下がる。でもこういう時は誤魔化すと余計にひどくなる事は昔の彼女で学習済みだ。正直が一番だ。
「ごめん、住所と電話番号は忘れてた。でも名前と大学は覚えてたよ」
本名は完全に忘れてたけど……とは口が避けても言えない。
「やっぱり……」という小さな声がため息とともに聞こえる。あれ?アイトさん怒ってない?
「もういいです。サノさん人のことを覚えるの苦手でしたし。私も向こうでサノさんの事をちゃんと訊いておかなかったのも悪かったですし」
そう言うと、またアイトさんは黙ってしまう。「逢えてよかったです」って聞こえた気がしたけど、気のせいかな?
とりあえず、思い出した事を伝える。たいして面白い話はないけど。
「アイトさんを地球に送って、宇宙船の中が満水になったのを確認してから僕も地球に戻った。アイトさんが出立してから70日くらい経ってたかな。向こうの次元の軍人だったミガディさんに送ってもらった。異次元から誘拐された他の人は全員帰還してて、僕が最後だったと思う」
僕はアイトさんの方を軽く見ながらしゃべる。でもアイトさんは僕の顔を見ずに時折小さく頷くだけなので表情が読めない。
大学を出て横断歩道をわたり、大通りを駅に向かって並んで歩く。周りには僕らと同じ様に駅に向かう人がたくさんいた。アイトさんとの会話が少し途切れて、駅が見え始め、僕は夕飯どうしようかなと考え始めた時だった。
「サノさん、いろいろ話したい事はあるんですが、どうしても一番気になっていた事を質問させてください」
ようやく顔を上げて僕の方を見たアイトさんの表情は不安そうだった。
「あの、マール様に――――ごめんなさい、今でもどうしても様を付けて呼んでしまうんですけど、メデューサを捕らえるようにポータルでマール様に命令された時、なぜ最初に私を攻撃したんですか?」
「アイトさんが今言った通りだから」
もうあれから時間が経っている。指摘しても大丈夫だろう。
「アイトさん、無自覚だっただろうけど、あのサギ女神に洗脳されかけてた。僕がサギ女神と戦っていた時、もしアイトさんがフリーだったら、サギ女神はアイトさんにも僕を攻撃するように命令したと思う」
僕の説明を聞いて、アイトさんは目を見開く。ああ、やっぱりあのサギ女神の支配が完全には解け切っていない。仕方ないよな、3年間もブラック企業に勤めていたようなものだからな。ちなみに僕は誘拐犯マールの事をいつもサギ女神と呼んでいた。
「もしアイトさんが攻撃してきたら、僕は抵抗できなかったと思う。だからいろいろ悩んで、それで申し訳なかったけどアイトさんの動きを最初に封じさせてもらった。アイトさんを動けなくすれば、サギ女神はアイトさんを戦いに巻き込まないと思ったから」
懺悔ではないけど、考え抜いて最善と思った行動だった事をアイトさんには伝えたかった。
なにせアイトさんのエーテルボディは忍者のように速く動けるから、サギ女神と同時に相手したら勝てる確率が一気に低くなってただろう。だからアイトさんに初手で不意打ちを仕掛けて動きを封じさせてもらった。
「抵抗できない、私を巻き込みたくないって……そんなに私のことが大切だったんですか?」
顔を赤らめるアイトさん。
「え?」 なにそれ?どういう事?
「私のことが大切だったから、そうしたんですか?サノさん、向こうではいつも私を助けてくれましたし。私のことが大切だったってことですよね?」
あれ?アイトさんを助けた事あったっけ?逆に僕が助けてもらってたような……
「え、あ、ああ。そうだね。えっと、アイトさんを巻き込みたくなくて必死で考えた結果で……」
「そんなに必死に私のことを考えてくれてたんですね――――わかりました。じゃあいいです。サノさん、ありがとうございます」
ものすごくニコニコな満面の笑顔でアイトさんが答える。さっきまで重かった雰囲気も一気に明るく弾けた。
え?ん?あれ?なんで笑顔になるの?サギ女神の洗脳を自覚して落ち込んでると思ったのに……
アイトさんが僕の味方になるか敵になるか不確定だったから、確実にサギ女神を葬るために不安要素を無くすべく、敵になる恐れの高いアイトさんを最初に無力化した方が良い。そういう判断の元での行動だったんだけど、ちゃんと伝わったのだろうか? なんか誤解されているような?? でも女の子の機嫌が良さそうなら、余計な事はしない方がいいし……
◇
「そうだ、ネズミ!あのB1のネズミの個体が全部いっしょだって事も聞きそびれてました。あれ何で同じ個体なんですか?」
表情も雰囲気も明るくなったアイトさんが、僕の顔を見ながら電車の中でも質問してくる。んー、まぁ洗脳の影響を解くには、他の関心事で上書きするのが良いだろうから、このままでいいか。
「あのネズミ、量産品だから。多分ムカデとか生物系は全部同じ個体のクローンか何かだと思う。幼体から育成するんじゃなく、最初からあの大きさで同一の成体を宇宙船内の工場で製造してるんじゃないかな。エーテルボディなんて人工身体を作っちゃう科学力があれば、もっと単純な生物兵器を量産するのなんて簡単だろうしね。宇宙船の目的は新たに住める惑星を探す事だから、良さげな惑星を見つけた後、まずあの生物を地表に放って地表改造をする仕組みだと思うよ」
「え?あのダンジョン――――いえ、宇宙船の怪物って、宇宙船の中を守るために造られたわけじゃなかった?」
「多分ね。例えば巨大ムカデは惑星の大地を耕す目的だろうし。あっちの次元は化学が進んでるから、日本のアイガモ農業みたいに、人工生物を使って地表や地中の環境整備とかしてるんじゃないかな? ほとんどの生物系モンスターって戦闘特化じゃなかったし」
「そう言われると確かに……そっか。もともと惑星の地表開発用の生物を、ダンジョンの防衛に応用していたって事ですね?」
「僕の考えだけどね。でもミガディさんも僕の考えに賛成してくれてたから、間違ってないと思うけど――――あ!」
電車の中で話をしながらアイトさんの下宿先の最寄り駅に着く。そして駅からの道を二人で歩いていて、ちょうど周りに誰も居なくなった時だった。目の前に、緑色の球体が突然、音も振動もなく現れた。
アイトさんの方を見る余裕すらなく、僕はその球体に飲み込まれた。ああ、この感覚、間違いなく次元転移の球体だ。相変わらず向こうの次元のやる事はせっかちだ。今日は金曜日で学会も終わった後で明日は休みだし、アイトさんとの約束も果たせた後なので良かった。いや、良くないか……
◇
「私から推薦したい人物がおります。他次元にある『地球人』で、名前はサノ」
少しだけ静寂が周囲を支配する。私はそれに構わず、自分にとって切り札とも言える存在、サノのデータを周囲に示す。地球はこの次元より科学文明が遅れている。そんな地球人に何ができる?列席者にはそんな雰囲気が漂っているが、私の提出した資料を興味深そうに見ていたロヴァル研究局長が言葉を続けた。
「軍大佐であるミガディ君だけでなく、研究部のタウズン参事からも、その人物の推薦を受けている。軍と研究の主軸たる2人が推薦するとは、地球人とはいえ余程の理由があるはず。それを説明してもらえるか?」
研究分野の最高責任者が私の意見に興味を持ってくれた。ありがたい。私は胸を張って、私にとっての救世主である彼の強さを語る。
「はい、彼には状況と環境を正確に受け入れる力、そしてそこから正しい答えを導き出す力、その2つがあります。是非ともマザー突入の際に同行して欲しい人物です」
「タウズン君も同じような事を言っていた。不可解かつ複雑な状況であっても冷静に一つ一つ物事を解きほぐす気質であると。君たち2人がそのように評価し、しかも現状を考えると、そのサノという地球人を再び召還し協力を仰ぐ事に私も賛成するしかあるまい」
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