第26話 詐欺師との決着

モニタの中ではロボット達の捕獲作業がどんどん進んでいく。数分後、メデューサさんは完全に動きを封じ込められたらしく、ハンマーも床に落ちていた。


「すごいですねあのロープ。メデューサすら捕まえられるんですね」


「僕も人間の時に食らったっけ。そして裸にひん剥かれ・・・・・・」


「きゃー、その話は止めて下さい!ダメです。その話は禁止!」


アイトさんも心に余裕が戻ったようだ。サギ女神も腕を組んで偉そうな姿勢で映像を眺めている。


でも僕が巻取りロープを食らった時は麻痺も受けて床に転がってたけど、メデューサさんは仁王立ち……下半身が蛇だけど仁王立ち?……だからまだ動ける状態だ。あれは、まだ終わってない。


案の定、メデューサさんの周辺から、白い煙が立ち上がり始めた。


「え?何?」


「何でしょうか?……火事?」


いや、多分あれは……


「毒だ。毒を使ってロープを溶かしてる。多分メデューサはいろんな毒を試してみて、ロープを溶かす毒を見つけたんだ」


「まずい!セキュリティ!捕縛作業をさらに継続。ありったけロープを掛け続けなさい。拘束ネットも投擲!制圧班も全機出動!反乱者に麻痺、睡眠、鎮静を投射。急いで!」


メデューサさんに次々とロープが巻かれていくが、毒を一箇所に絞って溶解させているせいか、拘束がどんどん緩んでいく。そのうち別のロボットがネットをメデューサさんの頭に投げつける。けど相手は蛇の化身、体をくねらせる事で、締め付けていたネットがみるみる緩みはじめる。ロープも同様だ、器用に隙間を作ってどんどん抜け出そうとしている。


ロボットからはいろんな色のガスもメデューサさんに向かって掛けられている。でも相手は毒のスペシャリスト、ポータルが持っている薬物系の攻撃は効いている様子が見えない。あれでは拘束が解ける時間の問題だな。サギ女神も同じ事を思ったのか、顔に焦りが浮かんできた。



「サノ!アイト!今すぐメンテナンスルームに向かい、メデューサを捕らえなさい!殺してもいい!急いで!これは命令よ!」


「お断りします」


しれっと答える僕。口をあんぐりと開け目を剥くサギ女神。ふふふ、交渉の時、強い方が弱い側の足元を見るのは基本なのだ。ポータル側から直接ダンジョンに居る探索者を呼び戻す術はないし、今このポータルにいるのは僕たち2人だけ。どうしようかなー、土下座するなら考えてもいいですよ、なんて言っちゃおうかなー。


「サノさん、何言ってるんですか!もしメデューサがまた暴れだしたら、私達の人間の体も壊されちゃうかも。そしたら人間に戻れなくなりますよ!」


「そうよ、サノ!さっきまでの事は水に流してあげるわ。もしここがやられたら、そのボディのエネルギーも補給できなくなるし、そもそも地上に落下してみんなお陀仏になるわ!まずあの怪物を退治するのが最優先。冷静に考えなさい!」


「いえ、無理です。だってこのポータル内では、ボディの出力が制限されてますよね。あと武器も使えない状態になってます。これでは流石にメデューサには勝てません」



そうなのだ。エーテルボディ兵が建物内で反乱するのを防ぐためだろうけど、ポータル内部ではボディの出力はかなり抑えられ、さらに内蔵武器を使えない状態になっている。ダンジョンで使っていた外装武器も、ポータルに転移した際に強制的に外されてしまう。サギ女神も僕の意図をすぐに分かったらしい。



「ああ、そういう事。忘れてたわ。セキュリティ!特別コード08発動!ポータル内でのエーテルボディ出力制限を解除!特別コード09発動!ポータル内での武器使用許可!特別コード12発動。非常用武器の開放!」


サギ女神が部屋中央に向かって矢継ぎ早に命令を飛ばすと、床のタイルを走る緑色の光が赤く変化した。なるほど、これでポータル内で掛かっていたリミッタが解除されたのか。


また一部の壁が開き、そこから武器がいくつか出てくる。どうやらポータル内で使って良い武器らしい。ただ安全上の理由からか、僕が得意な刃物系の武器がない。とりあえず分銅を右手に、八角棒を左手に持つ。アイトさんも何か武器を持ったようだ。


ついでに右腕の刺毛を動作させる。うん、ちゃんと動く。身体能力の制限もなくなったようだ。よし、計画通り。


「これで地上と同じ能力を発揮出来るわ。拘束が効いてる今の内に、ロボットと協力して早くあの怪物を倒してきて!アンタなら出来るでしょ!あとポータルの設備は出来る限り壊さないこと!いいわね!」


「はい、これで大丈夫です。提案を受け入れてくれてありがとうございます」


「ホント冷静ですよねサノさん……さっきはどうなることかと心配になりました。でもこれで大丈夫ですよね!行きましょう!」


「うん、行こう!」


そう言いながら僕は分銅をアイトさんに投げつける。アイトさんの身体能力は忍者レベルだから、この一瞬の隙しか僕にはチャンスがなかった。そして僕は賭けに勝って、アイトさんの両手両足を分銅のワイヤで完全に封印できた。不意打ちこそが僕の真骨頂なのだ。


「え!なんで!」


僕の投げた分銅の勢いで、手足ごと胴体が縛られた状態で床に投げ出されるアイトさん。今回は防御態勢も取れなかっただろうから、これで完封できたはず。


そしてアイトさんに分銅を投げた直後、すぐさま体をねじって反転させ、その勢いを利用して左手の八角棒をエセ女神の心臓に向かって思いっきり突き出す。躊躇も冗談もなしの、全身全霊による必殺の突きだ。しかし右の手のひらで、音も立てずに発覚棒の突きは簡単に止められてしまった。ちぇっ、いい反応してる。


「……アンタ、どういうつもり?アタシに攻撃するなんて正気なワケ?アンタも暴走してるの?それとも裏切るつもり?何考えてんの?やっぱ狂ってるの?」


怒りからか、赤い目をさらに血走らせ、顔中にシワを寄せて歪んだ顔をするマールさん。過去一番のひどい顔だ。八角棒の先端は右手に触れる手前で止まっており、びくともしない。サギ女神の手のひらには強力な斥力場が形成されているようで、ものすごい圧力が吹き出していた。不意打ち失敗かー。仕方ない。奥の手の発動だ。


「鬼に紡がれた魂たち!溜めてた力を吐き出せ!今がその時だ!」


僕はそう叫ぶ。アイトさんもサギ女神も意味はわからないだろう。わからなくていい。でもな。サギ女神、お前のせいで死んでいった地球人、異次元人の怒りをその体に思い知れ!



「私の好意は無駄にするし、命令には逆らうし、何言ってるのかわかんないし、武器を向けてくるし、ホント最初から最後までふざけてるわねアンタ!……もういいわ。せっかく目をかけてやったのに。アンタは要らない。粉々に潰してやる!」


そう言いながらサギ女神は左手を右腕のリングに添えた。途端に右手からものすごい圧が襲ってくる。ダンジョン内で食らった強斥場と同類の装置らしい。あれはフロア全体が強斥場になっていたが、女神の右腕に備わったリングはベクトル場こそ小さいが強い指向性を持っているようだ。そして左手が強斥場のコントローラになっているのか。


右手を前に構えたサギ女神が怒りの形相をしたまま、こちらにのしのしと歩いてくる。一歩ごとに見えない巨大な力を受けて、突き出した八角棒ごと僕の体は後ろに押されていく。


「壁に押し付けてぺしゃんこにしてあげる。この部屋の壁はアンタの体より何倍も硬いよ」


両手の刺毛を伸ばすが、女神に届く直前、見えない力場で吹き飛ばされる。


「そんなものが私に通用するか!今までよくもサギだとかさんざん言ってくれたね!そうだ、解除している出力制限を戻してあげる。そうすれば一瞬でぺしゃんこだよ。」


今このタイミングで視線を外されるのはまずい。誤魔化さないと。


「それは困るなー。ところで質問だけど、その強斥場が出せるのは右腕だけ?」


「は?何その余裕。何その質問。意味わかんない。アンタは潰れておしまいなの。さっさと死ね!セキュリティ!特別コード08解除!」


こちらを睨んだままサギ女神が叫ぶ。……でも床の光は赤色のままだった。そして僕は何も変わらなかった。


「ん?なぜ解除されない?おい!セキュリティ!特別コード08!解除!」


本性まる出しの醜い顔でそう叫ぶサギ女神。だがやはり床の光は赤色のままで、僕の出力もそのままだった。


「マールさん、さっきの質問に答えて欲しいなー、強斥場って右手だけ?たぶん他にもあるよね?」


僕はしつこく質問を繰り返す。質問に答えないって事は正しいってことだな。僕の得心した顔を見て、サギ女神の顔が少し引きつる。


「アンタ、何かやったね?意味わかんないし、ホントムカつく。まあいい。どうせ壁で潰してやるんだ。轢かれたカエルのようにぺしゃんこになりな!」


ゆっくり歩きながら、こちらを斥力場で押してくるサギ女神。両足を広げて踏ん張るが、その姿勢のままどんどん後ろに押される僕。学生相撲でアマチュア力士に押し出し食らったけど、まったく同じ状況だ。こちらがいくら押しても相手はびくともしない。あれ?食らったのは寄り切りだっけ。そんな事を思い出していたら後ろの壁がすぐそこまで来ていた。




でも何とか間に合った。ふう、やれやれ。そんな僕の心の声が顔に出てたようだ。


「はっ!何その余裕は!もう覚悟を決めたワケ?じゃあお望み通り、潰してあげる!」


「うん、潰しちゃって。思いっきり」



シワの寄った顔で僕を睨みつつ、口角を上げて歪んだ笑いを浮かべるサギ女神。その斜め後ろには、さっき僕に乗り換えを勧めてた第5世代のエーテルボディが、僕と同じ八角棒を持って静かに近づいていた。


銀色の鎧武者は音を立てずに流れるように八角棒を上段へ構えると、そのまま右足を踏み込み、思いっきり女神の右肩に打ち下ろした。サギ女神は着ていた服にも防御用の強斥場が働いていたようだが、今は出力のほとんどを僕に向けていたので、最強のエーテルボディが放った全力攻撃は防ぎきれなかった。


「ぐぎゃふっっ!」


背後からの八角棒の叩きつけをモロに食らったサギ女神は、体の右半分が肩から脚までグジャグジャに折れ曲がるように潰され、愕然とした表情をしたまま床に叩きつけられた。サギ女神は第5世代のエーテルボディに最後まで気付かなかったようだ。まあ僕がそう仕向けたんだけど。でも何度も言うけど冷静さが足りないよね。



「両手を上腕から潰しちゃって」


まだ強斥場を受けていた僕がお願いすると、小さく頷いた第5世代は、八角棒を再び持ち上げる。そして棒をねじりながら突きを放ち、床に倒れている女神の右手と左手を順々に撃ち抜く。お見事!さすが本職。


左手はそのまま千切れたが、強斥場を発生していた右腕は支えを失って宙を踊るように吹き飛んでいった。ふう、やっと圧力が消えた。


「トドメは心臓に一突き。多分、そのサギ女神は首から下がエーテルボディだと思うから遠慮は要らない」


「ひぃっ。や、やめ、やめ、やめて!やめてお願い!なんでもしてあげるから!」


「だめ。やっちゃって」


「い、いや!いや!いやーーー!!」


ここに来てやっと自分に攻撃してきた第5世代のボディに気付いたらしいサギ女神。銀色の鬼人は両手で八角棒を持ち、うつ伏せに倒れてもがいている女神の背中を踏みつけた。そして背中から女神の心臓に向けて、正確に棒を突き下ろす。女神の体が一回、ビクンと大きく跳ね、汚く濁った目を大きく見開いたまま完全に動かなくなった。


「ふう、これで一安心。作戦成功だね。……そして復讐おめでとう。お疲れ様でした」


そう第5世代のボディに語りかける。女神の上で棒を突き刺した姿勢のままだった鎧武者は、ゆっくりと顔を上に向けた。涙腺は無いが、その姿は泣いているようだった。



「あ、あの、どういう事ですか?サノさん。おかしくなっちゃったんですか?私も殺されちゃうんですか?」


ぐるぐるに分銅付ワイヤーで縛られたままのアイトさんが、おっかなびっくりに声をかけてきた。あ、忘れてた。ごめんごめん。やっぱり鬼人の魂がないと、残心を忘れてしまうようだ。


「人聞きが悪いなアイトさん。僕がおかしくなったように見える?サギ女神への復讐を手伝っただけじゃない。まぁそのためにメデューサさんをゲートで呼んだり、鬼人の魂をこっそり第5世代に移したり、サギ女神をわざと怒らせたりしたけどさ」


「あの、聞いてるとすごくおかしいんですけど。意味がわからないっていうか……」


「えー?そうかなぁ。僕はまともだよねぇ?」


アイトさんの体を縛っているワイヤーを外しながら、第5世代のボディに語りかける。彼はゆっくり頷く。


「ほら、彼も僕が正気だって言ってくれてるよ。あ、紹介するの忘れてた。彼は僕より前にこの鬼人ボディに入っていた魂と、ダンジョン内で付いてきた魂と、そこのサギ女神に暗殺された前管理者の魂、それらの集合体です。よろしくね」


「え?た、魂の集合体?全然意味がわかんないです。本当にサノさんおかしくなってません?それとも私が理解できてないだけで、サノさんはまとも?」


「あ、そうだ。メデューサさんをダンジョンに返さないと」


「うわーん。絶対サノさん、まともじゃないです!」



ポータル内のセキュリティは鎧武者の彼に止めてもらっており、メデューサさんも束縛から解放済みだった。セキュリティロボットが停止した事を確認したメデューサさんは、その場でずっと待っていてくれた。


「やっぱり、私おかしくなっちゃったのかな。メデューサが暴れずに礼儀正しく待ってくれてる。」


「おまたせ、メデューサさん。約束通り、サギ女神は倒した。はい証拠」


うろたえるアイトさんを横目に、僕は彼の力を借りて、サギ女神のエーテルボディをここまで搬送してきた。八角棒が女神の胴体を貫通した状態、つまりメザシのような格好だったので、棒の前後を僕と鎧武者さんで担いで来たのだ。ちょっと子供には見せられない光景だ。


床に串刺し女神を下ろすと、メデューサさんは両手を使っていろいろ触り始めた。


「女神の魂はまだその体の中に残っているはず。あと心臓から棒を引き抜くと、自動回復して活動再開しちゃうからこのまま串刺しの方が良いと思う。どうする?ダンジョンに持ち帰る?」


そう尋ねると、しばらく考えていたメデューサさんはコクンと頷いた。


「うん、僕もその方が助かるかな。じゃあサギ女神の後処理はお願いするね。魂を逃しちゃうと、またこっちの建物に戻ってきちゃうらしいから、くれぐれも気をつけてね」


再び頷くメデューサさん。少し離れたところで会話を聞いていたアイトさんは、「ナニコレ……信じられない。会話の意味もわかんないし、会話が成り立ってるのも理解出来ない……」とクラクラしていた。アイトさんの反応は見ていて楽しい。


「じゃあメデューサさん、ダンジョン……じゃない、宇宙船内に戻ったら、今度は中にいるこっち側の探索者を全員排除させちゃって。無理やりでいいから」


首を傾げて少し考え込むメデューサさん。あ、そうか。


「ああ、戦闘になってもいいよ。メデューサさんには誰も勝てないだろうし。マゼランポイントはこっちで機能停止させておくから。その上で戦闘不能にしちゃえば、勝手にここに戻ると思う。手段はなんでもいいから、とにかく全員宇宙船内から出しちゃって」


そう言うと納得したように、二回も頷いてくれた。これで大丈夫かな。


「こっちで全員の脱出を確認したら、最後の約束を果たすよ。宇宙船の制御コアを破壊して、みんなを埋葬する」


僕はそう宣言する。そしてそれを聞いたメデューサさんは、僕に近づいてくると、強い力で抱きしめてくれた。僕の背中に触れた手のひらから、温かい何かが伝わってくる。お礼……なのかな。


「じゃあ、これでお別れだね。いろいろありがとう。あ、そこのハンマーどうする?持って帰る?もしよければ記念に僕がもらいたいんだけど……でもハンマーがないとメデューサさんが戦うときに困っちゃうか……」


するとメデューサさんは、脇に落ちていたハンマーを尻尾で拾い上げ、僕に渡してくれた。


「貰っていいの?ありがとう!メデューサさんだと思って、大事にするね」


「ハンマーをどうやって大事にするんですか……?」


最近ツッコミ役になりつつあるアイトさんがつぶやく。



「抱いて寝ようかな」



適当な事を言いつつも、これで最後のお別れだ。メデューサさんとは、ダンジョン内で死闘と猿芝居を演じた仲だ。短い間だったけど、名残惜しい。


「では改めて、メデューサさん。お疲れ様でした。そのサギ女神の事、よろしくお願いします」


もらったハンマーを左手で大事に抱え、右手で敬礼する。鬼人さんも少し遅れて敬礼する。アイトさんも訳がわかってなさそうだけど、でも黙って敬礼してくれた。



僕ら3人の挨拶に頷いてくれたメデューサさんは、尻尾をサギ女神の体に巻き付かせると、自分の転移装置を作動させた。赤い光が包み込み、空間が揺らぐ。そして数秒後は、何も残っていなかった。


「せっかくだから軌道エレベーターで地上まで送っていけば良かったかな」


「あの、サノさん。和やかな空気を出しているなか申し訳ないんですが、私ぜんぜん状況を理解できていないんです。説明して欲しいんですが」


「えー、せっかく名残惜しい雰囲気を味わってるのに……」


「できればいきなり分銅でグルグルに縛られた理由から教えてくだされば。あれ、恨んでますからね」


「えー、アイトさんにそんなヒドイ事した人いるんだー。悪いやつだなー」


「あなたですよ!サノさん。ごまかさないでちゃんと説明して下さい!」


こうして僕の復讐劇は、アイトさんに叱られて終わりを告げた。

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