第25話 詐欺師への挑戦

「なんですって!B10への扉を見つけた?!」


プライベートの時間を楽しんでいる時に緊急連絡を受けたマールは機嫌が悪くなったが、予想外の朗報にころっと態度が変わった。てっきりヘリオスチームが大金星を上げたのかと思ったが、発見したのは期待していなかったラウンズ組だった。


しかし詳細を聞けば、ルーキーのサノがラウンズに合流し、その後の探索で隠し部屋を見つけたとの事。B9を陰から監視させていた間者から、ラウンズ組がサノと一緒に通路の隠された押し戸を見つけて中に入っていったという証言も取れた。


「で、出口を見つけた所でメデューサの不意打ちを受け、準備不足および人数不足の状態で交戦したが惜しくも撤退。メデューサを食い止め、負傷したサノは現在治療中。で、ほぼ無傷の残り2人はラウンズ組のメンバーを集め、準備ができ次第もう一度B9の隠し部屋に挑戦すると……」


レポートを読みながらマールは思案を重ねる。2年も待ち望んだB10への扉が見つかったのは喜ばしい。しかしマールは自分に従順な態度を示さないラウンズ組を嫌悪していた。そのためラウンズ組には支援を渋り、同じB9を探索するヘリオスチームに便宜を図ってきたのだ。


(あの軍上がりで生意気なミカディではなく、ほとんどがサノの功績って事のようね。となるとラウンズ組だけでは不安か……サノは私が抜擢した人材だから良いにしても、ヘリオスを差し置いてラウンズばかりに手柄が集まるのは気に食わない)


サノについても、マールはどちらかといえば気に入らない部類の人間だ。サノをこの次元に拉致してから抜群の功績を残しているのは確かであるが、マールに敬意の念を示さず、自慢の美貌にも靡こうとしない。マールにとって、自分に平伏する人間以外はすべて気に入らないのであるが。



「ヘリオスチームには以前メデューサを撤退させた実績があるわ。ミカディにはヘリオスに今回の情報を伝え、その後は共同して探索を継続するように伝えなさい」


2年以上を要したB9探索の目処が立ち、ようやく第一目標の上級客室に侵入できる。そうなれば入手できる物品や情報は今までとは段違いに良質になる。


(やはり流れは私に来ている!本国であまり芳しくない私の評価もこれで覆せるわ!)



マールがミカディや間者から報告されたB9の情報をまとめている間、功労者であるサノは負傷した鬼人のエーテルボディをメディカルルームにて治療していた。左の腕先を喪失という人間であれば大怪我であっても、エーテルボディならばエーテル人工細胞による復元が可能で、40時間もあれば完治する。


治療に終りが見えた頃、メディカルAIからエーテルボディの状態が管理室に届けられた。それによると地球人サノと鬼人ボディとの定着度合いと神経同期率はすでに90%を越えており、過去の最高記録にほぼ並んでいた。


マールはそのデータを見ながら他人に対して珍しく素直に感心していた。まったく期待していなかった次元の低い地球人を宇宙船の探索に放り込んだ途端、一気に状況が好転したのだから。


(しかしルーキーのサノが、ここまで有能だとは思わなかったわ…… 最初の印象や会話では自分の選定が失敗したかと思ったけど、鬼人ボディに入れてからまさか半年ちょっとでB9フロアまで攻略するとはね…… ちょっとは褒めてあげていいかもしれない。まあ本当に偉いのは鬼人ボディを選んだワタシだけど。


メデューサにはさすがに勝てないようだけど、1対1で戦った2回ともたいした被害は受けてない……。サノを第5世代に乗せれば一人でメデューサすら倒せるかもしれない…… これはもう、決定で良いわね。)


プライベート室でレポートを読み終えたマールは、ポータルの司令室に向かう。そこで同じ地球人のアイトを呼び出すと、高揚した様子で指示を出す。


「アイト、第5世代のボディの起動準備をしなさい。あとサノの治療が終わったらメンテナンス室に来るように伝えなさい。予定日が決まったらすぐに報告する事。これは最優先事項よ」



数日の治療を終えメンテナンス室に呼ばれた僕の前には、銀色の鎧武者が立っていた。僕が今使っている鬼人ボディにかなり似ているが、尖っていた部分が流線型に変わっていて、全体的に洗練さが増している。虫の甲殻みたいだった外装もクロスメッシュに置き換わっていて、全身を覆うようになっていた。刺毛もなんていうか、馬の鬣のような細くて艷やかなものになっていて、すごく高級感に溢れていた。


両手を伸ばして鎧武者の顔を触る。当然反応はなく何となく冷たかったが、触り続けているとこちらの体温が伝わるのを感じる。そして一瞬、目が光ったような気がした。


「サノ! 喜びなさい!第5世代に乗り換えさせてあげるわよ。現時点で最新最高のエーテルボディ。これで貴方は文字通り最強になるわ!さあ、さっそく魂を移してあげる!」


興奮気味のマールさんがぐいぐい迫って来る。カモを見つけた詐欺師のような顔だ。


「いや、良いです。このままで」


僕の返事に、マールさんが面食らう。詐欺師の意表を突くのは気持ちいいな。アイトさんも目を軽く見開いていて、その仕草が可愛い。おいサギ女神、アイトさんのこの可愛さを参考にしろ。


「はぁあ?なに言ってるの?最新のエーテルボディなのよ!最高性能!最高の名誉!わかってるの?!」


「僕、スマホは3年は買い換えないタイプなので……」


「あ、それ私もです。ずっと使ってると愛着が湧いて、最新じゃなくても別にいいかなーって。」


お、久しぶりに会ったアイトさんと意見が一緒だ。嬉しい。



「あのね!スマホが何だか知らないけど、私が言ってるのはエーテルボディ!最高技術の結晶なの!買い物レベルの話と一緒にしない!」


「じゃあこの体にガタが来たら考えます。今は良いです」


「な・ん・で・よ!アンタのためにわざわざ準備したの!ありがたく私の命令に従って乗り換えなさい!」


「なんだか銀行員だと偽ってローン乗り換えを勧めてくる詐欺みたいな口調ですよね」


「あ、わかりま…… いえ、サノさん何言ってるんですか!マール様はサノさんの事を評価しててですね……」


「詐欺師ってみんな『あなたのため』って言うんですよね」


「あ、それ高校の授業で習いました」


前々から思ってたけど、アイトさんって思ったことつい口に出しちゃうよね。詐欺師には向いてなさそう。


「私を詐欺師扱いしない!私はポータル管理者で、ここで一番えらい人間なの!」


「他に人間居ないですよね。みんな凍っちゃってるし。あと自分で自分のことをえらいって言うのもどうかと思いますが」


「あのー、マール様の事怖くないんですか?私もうさっきから恐れ多くて……」


アイトさんがちょっとずつ移動して、僕の背中に回ってくる。サギ女神の視野から少しでも隠れたいようだ。そんなに怖いかな?


「ホントよね。私、地球人にここまでコケにされたのって初めてだわ。この後どうなるかわかってンの?」


「人間って権力をもたせると本性が出ますよね。マールさん、権力持ってはダメな人種じゃないかな。あと現場の声は大事にしないと。B9の探索が無駄に2年もかかったのって、マールさんの間違った判断が原因ですもんね」


更にあわわわとするアイトさんと、目がギラギラし始めるマールさん。対照的で面白い。僕たちの間に少しだけ無言の時間が生まれる。僕を睨むサギ女神の目が血走って、どうやらキレたようだ。


「ええ。わかった。アンタ、自分がどうなっても良いって事がわかった。いいわ。お望み通り、未来永劫、死ぬまでその体に入れたまま、こき使ってあげる」


「いえ、僕はそんな事を望んでいません。このボディで頑張りたいだけです。何でそんなに怒ってるんですか?」


「サノさん!あの、謝った方が…」僕の背中をペシペシと叩くアイトさん。


「え?だって新しいボディにするか聞かれて、しませんって答えただけですよ。それだけで何で怒るのか理解できない。逆に提案を断っただけで怒り心頭になるなんて、上に立つ資格ないですよ。」


それを聞いたサギ女神ことマールさんは目が釣り上がり顔が真っ赤だ。アイトさんは震えて声が出ないようだ。


「アンタ、今すぐ死にたいようね」


ピクピクと顔中の血管を浮かび上がらせたマールさんがこちらを睨む。


視線だけで人を殺しそうな、いや、これが人殺しの目という奴かな。せっかくの美人が台無しだよなー。やっぱり美人はどんな時も笑顔じゃなきゃね。と後ろにいるアイトさんに語りかけるが、ヒィィィとアイトさんは腰が抜けたように床にしゃがみこんでしまった。一方でヤクザ映画の悪役女親分みたいな顔をするマールさん。なんでそんなに怒ってるんだろう。さて、頃合いだ。



「あ、マールさん、そろそろ来ますよ」


「あ゛あ゛?何が来るって?」 


「メデューサです」


「は゛あ゛?メデューサぁ?アンタもしかしてどっか狂ってない?さっきからバカな事言って……」


品性を失ったマールさんがくだらないことを言い終わる前に、建物の床下からものすごい突き上げの衝撃が届いた。予定通りに訪れたメデューサさんが何か重い武器を振り回したのだろうか。ガタガタとこの部屋が響き、壁のモニタにはエマージェンシーらしき文字と赤い光が点灯する。


「な、な、何?何が起きたの?」


サギ女神は怒りを忘れ、完全に慌ててる。ホント冷静さが足りないよね。ダメな上司だ。


「だから言ったじゃないですか。メデューサが来るって。メデューサがダンジョンからゲートを作用させてここに来たんですよ」


「はぁああ?!なんでメデューサがゲートを使えるワケ?!」


サギ女神はもう完全に狼狽していて、見ていて滑稽極まりない。でもまだ足りない。


「ダンジョンマスターがこっちのエーテルボディとゲートを研究してメデューサに組み込んだんでしょうね。あそこ、考えが柔軟だから」


「何で落ち着いてるのよアンタ!わかってるなら迎撃しなさいよ!」


「だって用事があるって言った僕を無理やりこの部屋に連れてきたのマールさんですよね。あの時、せっかくメデューサを出迎えする準備をしてたのに」


「なぜ!それを!先に言わない!アンタホントに死にたいの!」


地団駄を踏む人間を僕ははじめて見た。サギ女神は美人だけど、それが何の役にも立っていない。さあ、勝負だ。


「それよりポータル内のセキュリティ無いんですか?ダンジョンはあんなに防御機構が豊富なのに」


「そ、それよ。セキュリティ作動!転送ルームにて反乱者あり。捕獲しなさい!」


モニタがゲートで帰還する部屋の内部を映す。そこにはメデューサさんがでっかいハンマーを振り回して暴れている勇敢な姿があった。蛇の腕でどうやってハンマー持っているのか気になったけど、よく見ると腕は人間の形をしている。顔もフェイスガードがなくなって素顔を見せており、メデューサさんも本気だ。そしてメデューサさんを取り囲むように複数の自走するロボットから、何か投擲されていた。あれは、僕も人間の時に食らった透明な巻取りロープだな。


メデューサさんはハンマーでロボットを叩き潰そうとするけど、ロープが次々に体の自由を奪っているようで、1台も壊せない。反乱者用と言っていたけど、確かにあのロボットと捕獲システムは優秀だ。着実にメデューサさんを捕縛に追い込んでいる。


「はー、最初は焦ったけど、何とかなりそうね……逆にメデューサを捕えられそう。そしたら分析できるし探索も圧倒的に楽になるし、一石二鳥だわね。ふふふ」


モニタを見たマールさんは、そこそこ落ち着きを取り戻したようだ。でもそのセリフ、負けフラグだよね……さてどうなるか……

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