第24話 決戦の前章
迷いもなく探索済みのロープが張られた通路に進む新入り。通路に入るのかと思いきや、通路と通路の間の壁をガードの頭を抱えながら触る。他の壁と特に見た目上は違いがないようだが、何か違うんだろうか。しばらく触り、そのまま通路に入っていく。通路には特に異変もなにもない。
「ここですね」
サノが通路に入ってちょっと歩いた所で足を止める。分岐どころかB8に繋がる螺旋階段がここから見えるくらいに中心部から近い。そしてサノが示した壁も床も天井も、やはり見た限りでは他との違いがわからない。しかしサノだけが確信したように、通路の左側の壁にやはり先ほどと同じように手を当てる。俺もミガディさんも半信半疑でそれを見ているだけだ。
「認証が無事に終わりました。では下に行きます」
は?今ので何か変化あったか?どこから降りる?やはり騙されてないか俺たち?
しかしそんな事はお構いなしに、サノは今度は反対側の壁に向かって歩く。そしてやはりガードの頭を抱えたまま、右手で壁を押すと、壁が押し戸のように向こう側に動き、サノが壁の中に入っていった。
サノが居なくなると、壁が元の位置に戻り、周囲と全く同じような見た目になる。壁に近づいて凝視してもつなぎ目が見えない。恐る恐る壁を押すと、意外と簡単に向こう側に動く。サノにもこのフロアにも騙されている気分だ。
「まいったね。これじゃ探してもわからない訳だ。ひどい仕組みだね……まぁいい。ホルガ君、行ってみよう」
「いや、それはいいんですが、目印付けなくて良いんですか?次に来た時、絶対にこの場所見失いますよ」
そうだね、と笑うミガディさんだが、まず中を確認してからという事で壁の中に入っていき、俺もその後に続く。押し戸の向こう側は薄暗くて狭い下向きの階段になっていて、サノがこちらを向いて待っていた。
「一度認証をいれると、一定時間だけこの押し戸のロックが解除されます。しかしその時間が過ぎると、もう一度認証からやり直しです。あと押し戸ですので一方通行、つまりこの中から通路には戻れません。ちなみにこの壁の押し戸って、地球ではネコが通るドアにそっくりなんです」
……何だ最後の情報は。今それ必要か?
「ここは宇宙船の一般乗組員には知らされていない通路なんだね。それにもし知られても大人数がまとまって通れないように、通路を狭くして時間で鍵がかかるようにしている、ってところかな。これじゃあ2年間探しても見つからないわけだ。ねぇホルガ君」
「ええ、ふざけるなですよ。こんな通路、2年どころか20年かかっても見つけられっこ無い。見つけられたのは新入りのお陰ですよ」
「まだ最後の難関があります。気を抜かないで下さい」
これ以上の難関があるのか?という俺の疑問の声に答えず、サノは右に旋回する階段を降り続ける。そして下の階層に付くと、行き止まりの横に小さな入口がある。
「あの曲がった先にあるのはB9フロアの監視室だそうです。ただ他にも、この秘密の通路が一般乗組員に発見されて侵入された場合には、そこで防衛する事も想定されているそうです。この宇宙船の設計者はとても性格が悪いので、セキュリティは何重にも掛けてるんですよ、だからそこの監視室も何かあると思います。まぁとりあえず入ってみましょう」
性格の悪いフロア設計者、という説明に妙に納得しながら狭い入口をくぐり抜けると、そこは最外壁と同じ素材でできた円形状の広い部屋だった。真ん中には丸い大きな柱があり、そこには探し求めていたB10に続くであろう扉があった。あまりに予想外の展開だったが、俺はようやくゴールを見つけた感動と2年に渡る苦労した思いが溢れ出てきた。両手を挙げてついにやったぞと叫んでいたかもしれない。部屋の中に見知った怪物が居なかったらな。
……なんでメデューサがここにいるんだよ!
「これは質の悪い冗談だね。まさかメデューサが待っているなんて。そこまでして探索者たちを排除したいのかな?」
武器を構えながら軽口を叩いているミガディさんと違って、俺にはもう余裕がない。メデューサは何故か今はじっとしているが、いつこっちに襲いかかってくるのか戦々恐々だし、この人数で勝てる相手ではないし、こいつを倒さないとB10に行けないという絶望感と緊張で胸が張り裂けそうになる。ところがだ。これまで俺を散々驚かせてきたサノが、今までで一番仰天するようなことを喋りだした。
「あ、大丈夫ですよお二人とも。僕がメデューサさんの相手をしますので、どうぞ先にB10に進んで下さい。このフロアで2年間も頑張ってきたお二人こそ、B10を一番最初に見るべきです。ただ気をつけて下さい。B10にとって探索者は正真正銘の招かれざる客です。扉の中から見るだけなら大丈夫でしょうけど、フロアの中には入らないでください。B10への扉を見つけた事とマール様に報告する、それがお二人の仕事です」
「サノくん、君は初めて会った時から突拍子も無い事を言うけど、今回は酷いよ。メデューサを一人で相手するって、本気で言ってるのかい?君を一人で残して行くほど薄情ではないつもりだけどね」
ミガディさんはそう言うけど、俺は正直サノに全部まかせて先に行きたくて仕方なかった。俺は何度もメデューサに負けたが、まさかB10を目前にしてやられるのは悔しくて情けなくて、やるせなかった。負けたらB5からやり直しなんてまっぴらだ。でも、やるしかない。
「メデューサさん、申し訳ありませんが、ちょっとそこをどいてもらえますか? このお二人がB10に行きますので。あ、大丈夫です。フロアの中には入りません。扉から中を見るだけです」
おい、サノ!メデューサに何言ってるんだ!通用するわけ無いだろう!ふざけてんのか!
そう怒鳴ろうとした矢先に、蛇の怪物はスルスルと体をうねらせて、扉までの道を開けた。
はぁあ?!?!? なんだ?このメデューサはサノが作ったニセモノか?というか、こちらを見ながら何もしてこないメデューサ自体、信じられん。いつもだったらこっちを見つけ次第、問答無用に仕掛けてくる敵なのに。何が起きてるんだいったい。
流石に頭がクラクラしてよろけてしまった。ミガディさんも今度ばかりは後ろに仰け反っている。そりゃそうだろ。天敵とも言えるメデューサが黙って待っているどころか、素直にサノの話を聞いてどいてくれたんだ。なんだ、どこでおかしくなったんだ?さっき補給した俺のエーテルチャージには酒でも入ってたのか?それとも騙し討ちでもされるのか?
「メデューサさんに勝てる探索者はいませんよ。そんなメデューサさんが何で騙し討ちするんですか?大丈夫です。見てくるだけなら。さあ、行って下さい」
サノがロイヤルガードの首を持って現れてから今の今まで、俺は夢を見てるのかどうにかなっちまった気がする。しかも最悪な事に、サノはここまで何一つウソは言ってない。
という事はだ、メデューサはここを通してくれるって事だ。もういい。どうせまともに戦ったら負けるんだ。フザけた夢ならB10に行ってやるぜ!
腹をくくった俺は、武器も構えずに堂々とメデューサの前を通って、2年間探し続けていた扉に向かう。メデューサの射程範囲に入った時には、この体にないはずの心臓がバクバクしているように緊張したが、本当に何もされずに扉の前に到達してしまった。
見るだけですよ、中に足を入れてはダメですよと何度も念押しするサノに手を振りながら、扉をくぐる。さっきと同じような下りの螺旋階段を一歩一歩味わうように進んでいく。このフロアを探索し始めてからの思い出が次から次へ思い起こされ、涙は出ない体だが、上を向かずには居られなかった。
ふと気づくと、すぐ後ろにミガディさんが居た。狐につままれたような雰囲気だったが、その気持は痛いほど分かるのでつい苦笑してしまった。
「なんだか信じられないね。本当にメデューサが何もせずに通してくれたよ」
「あの新入り、何なんでしょうね?ペテン師か魔法使いか、それとも救世主なのか」
「救世主か…… 案外、そうかもしれないね。さあ、魔法が解けない内にB10を拝んでこようか」
不思議と、螺旋階段を降りていくのが楽しく思えた。
◇
B10に向かった二人を見守った後、メデューサさんにお礼を言う。
「ありがとう、メデューサさん。あ、それとこのガードさんの首、どうしたらいいかな? ここまで案内して貰ってすごく助かった。元に戻してもらえると良いんだけど……」
メデューサさんが左腕の蛇を伸ばして、僕が両手で持った首を持っていった。どうやらダンジョン側で何とかしてくれそうだ。良かった。
「ガードさんに首を斬っちゃってごめんって伝えておいてね。そしてお待たせしました。やっと準備が整いました」
メデューサさんの雰囲気が変わり、首を持っていないもう一方の腕の蛇を伸ばし、僕に巻きつけてくる。いよいよ本番だ。蛇の額あたりに自分の手のひらを押し付け、僕の作戦を伝える。僕の鬼人ボディは、手のひらを使ってダンジョン側の敵と会話ができるのだ。
ちょっと時間がかかってしまうが、できる限り綿密にこれまで必死に考えてきた計画をメデューサさんい伝達し、そして最後にお願いをする。
「ゲートでポータルに転送した時が最終決戦です。もちろん最善を尽くすつもりですが、最悪の事態として僕が再起不能になる事もありえます。その時はメデューサさんに後を託すしかありません。その時はよろしくお願いします」
答えは返ってこない。けれど蛇を通して意志は伝わってくる。もうすぐB10に向かった2人が戻ってくるだろう。メデューサさんに伝えるべき事はすべて伝えたし、いよいよだ。賽は投げられた。
メデューサさんの腕の蛇が、僕の左手に噛み付き、肘の先から噛み千切られる。また脱出ゲートをいくつか入れた小さなバックパックも腕の蛇に渡しておく。ついでにメデューサさんの毒を軽く浴びる。ふむ、コレくらいで良いかな。
「じゃあ、準備ができたら”それ”に合図します。お互いに幸運を」
別れの挨拶を交わすと、メデューサさんは転移して居なくなった。ようやくここまで来た。さあ、最後の仕上げだ。
◇
「おい、サノ!お前まさかメデューサとやり合ったのか!……って思わせたいような見た目だな」
「あれ、わかっちゃいます?結構ヒドイ格好になったと思うんですけど」
B10に繋がる扉から戻ってきたホルガさんとミガディさんは、僕の姿を見ても驚く様子がなかった。ちょっと予想外だ。
「本気でメデューサとやりあえば振動や音が聞こえるはずだし、どうもやられ方がわざとらしいんだよな。何度もメデューサとやり合ってると、わかるもんだ」
「そうですか…… でもマール様には気付かれませんよね?」
「あの人は戦うどころか、現場にすら来ないから、見破るのは無理だろうな……。って、どういう意味だそれ」
「それよりB10はどうでしたか?僕はまだ見るつもりは有りませんが、どんなところかは教えてほしいです」
「ああ…… お前さんが言っていた上級って意味が分かったわ。床から壁、天井まで何もかもが違う。多分B10は裏口なんだろうが、それでも世界が違う。お前さんに忠告されるまでもなく、俺達には不似合いな場所だった」
なんだろう、ホルガさんが雰囲気を出している。B10に何があったんだろうか。
「サノじゃなく、一緒にB10を見たミカディさんにこそ聞きたいんですが…… この宇宙船、もう従業員も乗客も生きていないんじゃないんですか?」
「……多分、この宇宙船は何かの事故で、この星に墜落したんだろう。その時はまだ生存者はいたと思う。救難信号が出ていた記録があるからね。でも十数年前に最後の信号が出て、その後は途絶えてるんだ」
この世界の軍人であるミガディさんは、他次元から連れてこられたホルガさんや自分とは持っている知識量が違う。そしてこの宇宙船について、いろいろと思うところがあるようだ。物悲しい、そんな感傷がミガディさんから零れ落ちている。
「ただ宇宙船の機能だけはまだ生きていて、俺たち探索者を今も排除しようとしてるって事か……」
そう言ったきり、ホルガさんもミカディさんも黙ってしまった。本当はもう少しここに居たい気がするけど、僕にはやることがある。
「二人にお願いがあります。まずマール様に報告するにあたり、B10を見た事は黙っていて下さい。そして今回の探索で僕ら3人がB10への扉がある隠し部屋を見つけたが、その部屋にメデューサが現れ、戦ったが勝ち目が無かったため撤退した、という事にして下さい。良いでしょうか?」
「それは良いけど、なぜそんな事をするんだい?」
「僕が第5世代のエーテルボディの使用者に選ばれたいからです。B9の出口を見つけた目ざとい僕に最新のエーテルボディを使わせれば、B10やそれ以降のフロア探索も確実に早まるとマール様は考えるはずです」
「……それはわかる。でも君の本心が分からない。なぜそんな回りくどい事をするんだい?」
「……マール様のためです」
自分で発言して、ここまで心がこもらないとは思わなかった。ヘタな嘘をついた僕は、今どんな顔をしているんだろう。そして僕同様に、サギ女神の信者ではなさそうな二人にも、そんな僕の白々しい気持ちが伝わったんだろう。ホルガさんは明らかに苦笑いをし、ミカディさんは呆れたような顔をしている。
「サノくんの嘘はわかりやすいね。ところで君はマール様にこれからも尽くすのかな?」
「ミガディさんがマール様に忠誠を誓う方であれば、はいと答えます」
わずかな沈黙後、あっはっはっはと笑い声が響く。愉快で仕方ないという感じだ。ミカディさんもこんな風に笑うんだな。
「面白いね、サノくん。私は本当の体を人質に取られて、家族にも会えず、今もこうして終わりが見えないダンジョン探索という、宇宙船の盗掘に勤しんでいる。もしこの宇宙船が当時の最新で最高性能であれば、上級客室や船のメインルームのあるこの先は宝の山だろうね。でもそれを見つけても私のモノにはならないし、セキュリティは段違いに厳しくなるだろう。いつ終わるか分からない地獄のような日々を押し付けてくるあの悪魔に、私が忠誠を誓っているように見えるのかい?」
ああ、この人も同じだ。あのサギ女神によって不幸になった人だ。顔は笑っているけど、強く握りしめた手に憎しみと悲しみが見える。
「ミガディさんがあのサギ女神に思う所があるならば、僕の行動を黙って見てもらえると助かります」
僕が突然、ポータル管理者の事をサギ女神と表現した事に二人は少しびっくりしたようだが、言い得て妙な表現だと納得してくれたらしい。そしてほんの少しだけ考えていた様子だったが、すぐに快諾してくれた。
「君が隠し扉を見つけてくれた時、私は君に光明を見たよ。この監獄のような場所で、私は君に希望を見つけた。裏切られたら見る目がなかったと思って、また盗掘作業に励むよ。だからどうすれば良いか、指示して欲しい」
「ポータルに帰還後、僕は治療を受けますので、お二人は僕を置いてまたこのフロアの探索に戻って下さい。ただ、この隠し部屋に入らないで下さい。多分ロイヤルガードの許可がないので、押し戸が開かないと思いますが」
「私はガード諸君と面識がないから、許可を貰えそうにないな。じゃあこの隠し部屋を探すふりをしているだけで良いのかな?」
「はい、あのサギ女神はヘリオスチームも同行させると思います。それも大切な要素です」
「ああ、彼女のお気に入りをこっちに引き付けておく必要があるんだね。わかった、喜んで協力しよう。僕たちは偶然、隠し通路を見つけた。でもメデューサに遭遇し、サノくんの奮闘により何とか脱出できた。サノくんは治療のためポータルに残るけど、代わりにヘリオスチームと一緒に、もう一度隠し部屋の探索とメデューサに挑戦する。ホルガ君もそれでいいね」
大きく頷くホルガさんを見て、いよいよ舞台と役者が揃いつつある事を感じた。さあ、これからが最後の幕引きだ。
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