第23話 迷宮の案内人

意外と軽いロイヤルガードの首を持って迷路を彷徨う。ナメクジやバルログには時々出会うが、偶然なのか別のガードとは遭遇していない。やはり生物系で自律タイプの敵は味方識別がないようで、ガードの首を持っててもこちらを攻撃してくる。首を抱えながら戦わざるをえず、やれやれだ。


この迷宮は三階層の構造になっているが、フロア中心があるのは真ん中の層で、僕が今歩いているのは一番下の層になる。中心からある程度の距離までは上下層に繋がる階段は無く、中心と最外壁の中間あたりから三階層になる。



このフロアに入って妙だと思ったのが、フロアは12の通路、つまり12分割されていて、2年間でそのうち10個を探索しながら、出口が見つかってないという事だ。よほど運が悪いのかもしれないけど、少しおかしい。探している場所が悪いのかもしれないし、その場合は仕方ないが。


ただダンジョンとなっている建物は軌道エレベーターから見る限り、ラグビーボールを立てたような構造物であり、僕たち探索者はそのボールの頂点から中心に向かって進んできている。このB9フロアが大きな円形だとすると、ラグビーボール形状の建物において、横に切った一つの層がこのフロアになるはず。B9フロアの入口は中心にあった。ならB10への扉も、フロアの中心かその近辺に作るのが普通ではないか?


もしホルガさん達が想定するように扉が最外壁にあったとしたら、建物の一番外に近い場所に、構造的な弱さを持つ扉を設計した事になる。この建物の外側は明らかに耐圧構造になっているが、人の通路を耐圧殻に接するように作るだろうか?いくら地球より技術が進んでいるからといって、それはありえない。


そもそも壁が動いて常に形が変わる地図も作れない迷路の先に、連絡用の通路を作るだろうか?ほとんどの人がその通路にたどり着けない事になる。不可解だ。


いろんな面から考えても、迷路の先の最外壁にはB10に繋がる通路はないように思える。ここまでダンジョン設計者にいろいろ言ってきたが、基本を無視した設計はしていなかった。となると、人が通る事を前提とした扉は、高い確度で円の中心付近に設計されていると考えるべきである。


B9の入口がフロア中央の三階層の上段にある訳だから、出口は同じ中央の下段にあり、理由があって隠されているのではないか? そして味方の識別を持つものだけが、その隠された場所に入れるのではないか? 僕が設計者ならそうするし、考えれば考えるほど、そう思えて仕方がなかった。



しかしガードの頭を持っていても、迷路の動く壁は手加減してくれる様子はなく、何度も突き当りに遭遇して、その都度引き返す羽目になった。不意打ち狙いの敵も一向に減らず、リペアキットとエーテルチャージの残量もあとわずかとなってしまった。ガードの頭を持ったままゲートを使ってマゼランポイントに転移した時に、この頭が転送されなかったら嫌だし、もし一緒に脱出できたとしてもマゼランポイントからこの頭を持ってやり直すのも厄介そうだ。やはり何とか中央部に歩いて戻りたい。迷路は同心円に沿った通路になっているので、自分が中心側か最外壁側のどちらに進んでいるか把握できるのだけは助かる。


そこから更にワンチャージ分の時間を掛けてたっぷり迷った後、ようやく最下層の中心付近に到達した。上の層に登る階段があるが、中心に向かう内壁の隠し通路を探さなくては。無かったらどうしよう。


最外壁と違って中心近くだし、最下層だけなので、内壁の探索はそこまで大変じゃなかった。が、数十時間かけて調べても、どうにも見つからなかった。壁を叩いても音がしない。どれだけ頑丈なんだクソ。最悪、壁を穿ってやろうかとか考えたけど、それも無理そうだ。


もしかしたら先輩探索者も最外壁を探す前に、この内壁も探しているのかもしれない。うーん、良い線いっていると思ったんだけどなぁ。もしくはもっと中心フロアの入口近くに、実は出口が隠されているとか……


そろそろ手持ちの補給がなくなる。仕方がないので階段を登って一度中心まで戻る事にする。ガードの頭を持ってまたここに戻ってこようと思って、ガードの頭を持ち直したときだった。ちょうど僕の手のひらが、首の切断部分に触れた……



「ホルガ君、例の新しいメンバーは戻ってきたのかい?」


「いえ、まだです。空瓶を見る限り、まだ迷路の中のようですね。B9に入って20チャージ近く経ちますので、そろそろ脱出しているか、歩いてここに戻ってくると思います」


「敵にやられたって事は考えにくい?」


「アイツに限って、それはないですね。まだ数ヶ月のルーキーなのに、エーテルボディの戦い方は全然危うい所がなく、ベテランのそれでした。メデューサが出たとかじゃなければ、大丈夫でしょう」


面白そうな新入りのサノと分かれて上層部の壁探索をしていたが、塗料が無くなったので一度歩いてここに戻ってきた。俺はいちいちB5から戻るのが嫌いなので、いつも歩いて中心部に戻る。そしたらたまたまリーダのミガディさんが居たので、状況報告がてら、少し話し込んだ。


「ミガディさん達の調査はどんな塩梅ですか?何か見つかりましたか?」


もう残りの通路は僅かだ。今探している通路で扉が見つかってもおかしくない。だが、


「いや、まだ見つからないね。だいぶこの通路の最外壁も赤く塗れたけど、どうも手応えがないね。ヘリオスチームも戻ってきてない様子みたいだし、向こうでも見つかってないようだね」


「ここがダメだったとして、残る通路は2個、きっとあとちょっとで見つかりますよ。」


このB9フロアを探索してすでに2年。他のフロアに比べても圧倒的に広く、そして壁が動く迷宮であるここは、俺達をいまだに苦しめる。俺もヘリオス組のリーダであるミガディさんも、口には出せないが倦厭の極みにある。


「それなんだけど、私を含めてみんな見当違いをしてる気がするんだよね。実は扉は最外壁には無いとか、もしくはこのフロアそのものが行き止まりで次の扉が無いとか」


「そう考えて、一度みんなでこの中心部も探したじゃないですか。でも何も見つからなかったですよ」


「そうなんだよね、ただこれだけ探してもまだ見つからないと、いろいろ疑ってしまうよ。しかしどうにも効率が悪くて嫌になるね。今からでもここにマゼランポイントを作って貰えればいいんだけどね」


「同感です。というかもし12通路を全部探しても扉が見つからなければ、作ってもらうしかないですよね」


その時はマール様から思いっきり怒られるだろうね、とミガディさんが苦笑する。自分はなるべくポータルに戻らないようにしているが、ミガディさんは報告義務のあるリーダだから苦労しているんだろう。


「そういえば俺がポータルに呼ばれて戻った時、新入りのサノを連れて行くようにマール様から命令されたんですが、珍しく妙にごきげんでしたよ。何ででしょうね?」


「さあ……? 何でだろう。思い当たる事がないけどなぁ。」


軽く雑談をしながら補充を済ませる。さて、時間ももったいないし、また迷路に行きますかとなった時に、通路から誰かが戻ってくる音がした。歩く音に聞き覚えがある。サノだ。


「あ、ミガディさん。アイツが新入りのサノです。無事に戻ってきたようです」


「ああ、彼が…… なんだか変なものを持っているけど、変わった趣味だね」


ミガディさんに言われて新入りを見ると、首?……あれはロイヤルガードの首か?……を両手で大事そうに抱えている。なんだ?戦利品のつもりか?


サノはこちらを見るとペコリとお辞儀をするが、そのままこっちには来ずに、12本ある通路の入口に沿って歩き出した。ん?何やってるんだ?隣のミガディさんも疑問の体で新入りの行動を見守っている。


周りを歩きながら段々こちらに近づいてくる新入り。そして俺たちの前に到着し、丁寧な挨拶をする。


「ホルガさん、只今戻りました。あとはじめまして、サノと申します。新たにこのB9探索に加わりました。よろしくお願いします」


「ああ、はじめまして。私の名はミガディ、このチームのリーダを拝命している。これからよろしく頼むよ。あといきなり質問して悪いけど、そのガードの首は何か意味があるのかい?」


「これですか?えーと、このフロアの抜け方を教えてくれる人です」


……ん?!聞き違いか?この新入り、何を言ってるんだ?


「……えっと、ごめん。意味がわからなかった。もう一度説明してもらえるかな」


「ああ、説明を端折りすぎました。このロイヤルガードの人に、フロアの出口がある場所を教えてもらえます」


詳しく説明されても意味がわからないのは俺だけか?いや、ミガディさんも困った様子だ。どうしよう、俺は人間的にアレなやつをマール様に押し付けられたんだろうか。


「……それが確かなら、すごい事になるね。私たちが2年かけてまだ見つけられない突破方法を、敵がわざわざ教えてくれるんだからね」


訳すと『オマエ寝言いってんじゃねぇぞ。敵の生首持ち歩いて寝ぼけてんならさっさと目を覚ませ。覚まさないなら殴ったろうかオイ』だよな。人格者のガディさんだから持ち堪えてるけど、そろそろやばいぞ。


「あ、でもマール様にはロイヤルガードの首に教えてもらったって言わないで下さいね。秘密ですよ」


「当たり前だろう!そんな事言ったら錯乱したと思われて治療室に入れられてしまうよ!」


あーあ、ミガディさんが怒った。そりゃ怒るよな。ただでさえポータルとここの往復で心身ともに疲れてるだろうに、こんな新入りの相手をするんじゃ大変だよなー。しかし俺と一緒にいた時は、こんな変なヤツじゃなかったんだがなー。


「良かった。じゃあ秘密厳守という事で、さっそくこの3人で行きましょう」


……すげぇな新入り。ミガディさんの怒りを全然気にしてない。というかまだ寝ぼけてるんじゃないのか?それとも探索中にエーテルチャージが無くなって、壁の塗料をチャージしたんじゃないか?どうする?一回頭とか殴った方が良いのか?



「このフロア、元々は船内乗組員の区分けのために作られたものだそうです。ここから上が一般乗組員が働いたり生活する空間になっており、このフロアまでしか立ち入りできません。この下には船長を含むオフィサー、つまり上級乗組員が働く場所になっています。乗客やオフィサーなど許可を持った人だけがこのフロアを越えて下に行けます。例えば一般乗組員が武装して大人数で反乱を企んだとしても、迷路で分断させて少数にしてから制圧するように、こんな構造になっているそうです」


「えっと、それはその首が教えてくれたのかい?」


いまだに呆れ半分だが、妙に興味を引く説明につい聞き入ってしまった。ミガディさんも同じようだ。冷静に考えると、いきなり聞いてもいないフロアの説明を始めた新入りが、白昼夢かやばい薬でもやってるんじゃないかとしか思えないんだが。


「はい、この首はロイヤルガード、その名の通りに親衛隊として貴賓の安全を守る上級乗組員です。そのため、このフロアより下に進む許可を持っています。僕たちはその許可が無かったので、このフロアを抜ける事が出来なかった、という訳です」


おいおい、新入りの説明に、俺までちょっと納得しちまったぞ。もしかして本当に今までの話が本当なら、つまりダンジョンの従業員や乗客が、俺たちを敵とみなして排除してるって事か?


「幸いこのガードさんが許可してくれますので、僕たちも下のフロアに行くことが出来ます。念のために補給をしてから出発しましょう」


まぁそこまで言うなら、新入りにちょっと付き合ってみるか。なんかミガディさんはフロアの説明話に興味津々の様子だし。ちょうど座ってチャージしている新入りに話しかけてるし。


「サノくん……だったかな。君はいろいろそのガードの首からいろいろ教えてもらったようだけど、このフロア以外についても何か情報はあるのかい?」


「B10から先についてはロイヤルガード氏の守秘義務のために、情報は一切貰ってません。でもここまで通ってきたフロアに付いてなら、業務上の内容ならば答えられるそうです」


守秘義務?なんだそりゃ。というか今もその首と会話してるって事か。本当ならとんでもないし、ウソなら別の意味でとんでもない。しかし色んな意味で規格外の新入りだなコイツ。こんな面白いヤツは初めてだ。


「さっきのサノくんが船内と言ってたけど。まずこのダンジョンと言われている場所は、建物の中じゃなくて、船の中って事なのかい?」


「はい、宇宙船ですね。僕らは宇宙船の貨物室の作業員通路からこの船の中に乗り込んでいます」


「はあ?本当かそれ!このバカでかいダンジョンが宇宙船の中だってのか?本気で言ってんのか?!」


何とかここまでは黙って聞いていたが、あまりの与太話につい声を荒げてしまった。やばい、もう半分以上、この新入の話を信じ始めている。もしコイツが詐欺師だったら、俺は身包み剥がされるかもしれん。


「ホルガ君はこの世界とは別の次元から連れてこられたんだっけ? 私はこの世界の人間だけど、サノくんの言ってることは多分合ってるよ。私も薄々は気付いていたけど、この船はこの世界の宇宙移民時代に作られたものだと思う。しかも政府関係者や上流階級が乗るための、当時において最新、今現在でも高性能な宇宙船だろう」


おいおい、ミガディさん。サラッととんでもない事を言ってませんか?あ、でもそうか。探索者のリーダクラスって、皆この世界の軍出身者って言ってたな。すっかり忘れてたけど。


「となると私たちは宇宙船の貨物室から不法侵入した、招かざる客って事になるのかな?」


「そうなりますね。ちなみにB1は貨物室、B2は不法侵入者に対する見張りと防衛のセキュリティルーム、B3は連絡通路をそれぞれ改造したんだそうです」


「……なるほど、思い返すと、確かにその通りの構造だね……。元々は宇宙船の施設だったものを、外部侵入者に対抗するためにダンジョンマスター、つまり宇宙船の制御コアが改造したってことか……」


「このガード氏はそうだと言ってます。ある時から船体末尾の貨物室に外部からの侵入者、まぁ僕たち探索者ですね。侵入者が次々に船内を荒らすようになったため、フロアを改造したり守備隊を派遣したそうです」


おいおい、ミカディさんが完全にサノの話に引き込まれている。そういう俺もすっかり聞き入ってしまってるしな。


「やっぱりか。となるとB4は船内の浄化槽、B5は……うーん、なんだろ」


「内部貯水槽ですね。B5の水をB4に送って洗浄し、また船内を循環させるんだそうです」


「ああ!そうだね。B5は本来は水を貯めてたダムだったんだ。となるとB6は乗組員の休憩場所?」


「はい、レクリエーションも兼ねたエリアだそうです」


「B7は室内の農林場だよね。そうするとB8は……乗組員の住宅街か!」


「正解です。そしてこのB9が、上級と一般乗組員を分ける仕切り、という訳です。じゃあ補給も終わりましたので、そろそろ行きましょうか」

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