第22話 苦悩の迷宮

出口のある真正面の壁に近付くにつれ、壁掛け時計と言われた構造物が見えてくる。近くにはひときわ巨大な建物の廃墟が横たわっており、その影に隠れるように丸い筒状の構造物がほとんど損傷せずに残っていた。この構造物は地面に建っているのではなく壁から張り出していて、奥に扉があった。さあ、この扉をくぐれば、いよいよ探索の最前線だ。



壁掛け時計の扉を通った先のB9フロアは、円形の迷路だった。迷路とか迷宮とか、全体が四角形の建物で通路が直線と直角のイメージがあったけど、ここはフロアすべてが大きな円の迷路になっていた。


B8からの扉を潜ると、B9のフロアには螺旋階段で繋がっていた。階段は円形フロアの真ん中に設置され、ここが迷路の入口にもなっているようだ。フロア中心から50メートルほど先に、12本の通路が均等分割に並んでいる。通路はすべてこの中心からまっすぐ伸びており、この位置からは通路の先がどうなっているかまったく見えない。通路の断面は長方形で、道路のトンネルより少し大きいくらいだろうか。


まず戸惑ったのが、この12本の通路、同じ形な上に看板も目印もないので全然見分けがつかない。どうやら他の探索者は物を通路入口の床に置いて目印にしているようだ。もし目印がない状態でスイカ割りみたいに立ったまま体を回されたら、最初に見ていた通路がどれか分からなくなるだろう。


床も壁もやたらに頑丈なので、手持ちの武器だと傷つけられないし、顔料も時間が経つと消えてしまう。スタート地点からしてエグい仕様だ。そして12の通路は、その先の迷路ではお互いが繋がっていないらしい。良いのか悪いのか判断つかないが、しらみ潰しで探索するには有利……なのかな。


通路もえぐい。始めは中心からまっすぐ半径に沿って進むが、途中から迷路になっており、十字路や丁字路やL字路がある。ここまでは普通だ。さらに中心から離れると、上下の階段が出てくる。そう、この迷路は3階建てになっている。さらに分岐点の壁や階段が、時間によってあったりなかったりするのだ。ある時は十字路だったのが、時間が経つと丁字路になったりするし、上下の階段通路になってたりする。さらにこれが帰り道でも起こる。真っすぐ行って壁に当たったので、Uターンして戻ってくると、途中で壁ができてたりする。スタート地点に戻ることすら難しい。そして極め付きに厄介なのが、分岐の先に行き止まりが多い事。うんざりするくらい多い。何度も何度も引き返す羽目になった。


広さもえぐい。この迷路は円形なので中心から遠くなればなるほど、当たり前だが迷路が広がっていく。B10に繋がる扉がエリアの最外壁にあると仮定しても、その壁の面積はべらぼうに広くなっているため、最外壁に沿ってくまなく探すのだけでも一苦労だ。なにせこのエリアの半径が1キロメートルと仮定しても、円周長さは約6キロメートル、これが三階分を探す必要がある。常に形を変える迷路の中、敵と戦いながら、これを探索するのかと思うと気が滅入る。しかも通路が12本、入口に戻るのも大変。うわぁー。



とりあえず先輩方の話では、とにかく最外壁に向かって行き、そこから円周方向に移動しながら扉を探しているのだとか。10人以上でもう2年近くも探索しているのに、だれも扉を見つけられない。敵と交戦して目的ルートを見失うことも度々あるとも言っていた。


このB9フロアの入口には、物資がたくさん積んである。マゼランポイントがないため、代わりにこれを用意し、定期的に補充しているとの事。しかし場合によっては、フロア入口に戻るよりもゲートを使ってB5からやり直した方が早いそうだ。僕もホルガさんも、ポータルから結構な荷物を持ち込んでおり、それらを階段脇にある物資置き場に積み増しした。


「この12の通路は、どこまで探索済みなんですか?」


「今のところ8本まで調べ終わったと見ている。調査の終わった通路には入口にロープを張ってある。」


あ、なるほど。通路に工事中のカラーコーンに似た物を置いて、その間にロープを張っている。そしてパネルに様々なメモ書きが挟んで立てかけてある。たぶん今まで調査した内容が置かれているんだろう。


「で、現在進行系で調査している通路は、本人が使い終わったエーテルチャージの空瓶を目印に置いていく。ほら、あの通路には探索者の名前が書かれた空瓶が7本置いてある。あそこはヘリオスが入って探索している、って事だ」


「じゃあうちのチームはあの5本の空瓶が置いてある通路にいる、ってことですか?」


「ああ、そうなる。未調査の通路が残り4本で、今そのうち2本を調査中だから、運が良ければ今回の探索で扉が見つかる。運が悪くても次で終わりだ。じゃああとは実際に迷路に入りながら説明する」


「はい、よろしくお願いします」


僕とホルガさんは、エーテルチャージの空き瓶をすでに並んでいる瓶の隣に置き、通路を進む。いよいよB9、僕にとって勝負のフロアだ。誰よりも先に扉を見つけなければ。



「ホルガさん、今どこにいるのか分かるんですか?」


「まぁだいたいな。流石に2年近くも探してるから、おおよその位置は把握してる」


通路に入って何日経っただろうか。壁が動き、突き当りばかりのこの迷路、はっきり言ってクリアさせる気がない。設計したやつ、頭おかしい。


そして敵、こいつらもやばい。基本的に待ち伏せと不意打ちしか狙ってこないので、僕のツノの索敵だといちいち対処が遅れてしまう。こればかりは慣れるしかなさそうだ。天井から落ちてきて酸で溶かそうとしてくる巨大ナメクジ、曲がり角で待ち伏せして切りかかってくる巨大なパペット人形のようなバルログ、テンプルナイツを一回り大きくパワーアップさせた存在のロイヤルガード、そして厄介なのがこぶし大で針の部分にものすごい切れ味を持つナイフを付けた巨大蜂の集団。みんな巨大なやつらばっかりだ。


巨大鉢はB8でも出てきたけど、このフロアだと限られた空間の中で何十匹も群がって襲ってくるのでシャレにならない。ただホルガさんにあらかじめ対策武器の粘着棒を教えてもらっていたので、不意をつかれなければ何とかなった。見た目や戦っている姿は悪いけど、そんなことは言ってられない。


ホルガさんのボディは索敵に優れたものらしく、非常に目が良い。そのため迷路の壁面に違和感があるとすぐに気づく。そして使っている武器はいつもの特注ヌンチャクで、叩いて叩いて突いて良しの見事な腕だ。2重の装甲に全身を覆い隠すタワーシールドという、防御に全振りのロイヤルガードには相性が悪そうだけど。


「ああ、ガードとはなるべく戦わないように躱してた。目的は扉探しだし、ここは迷路だから鈍重なヤツから逃げるのは簡単だ。」


他にもいろいろと迷路の経験を教えてもらう。


「最外壁と迷路の壁って違いがあるんですか?」


「迷路の壁は白いが、最外壁は黒い。見ればすぐにわかる」


「まさか最外壁に到達するまでこんなに大変だとは思いませんでした」


それを聞いて大笑いするホルガさん。


「俺も初めての時はそう思ったよ。もしかしてこのフロア、クリアできないんじゃないかとも思ったね。その時は半分冗談のつもりだったが、今思えば正しかったな」


そうか、僕はまだここに来たばかりだけど、ホルガさんはもう2年もこの迷路を探索している。その間に溜まったストレスは並大抵ではないだろうな。


「たしかにこのフロアの入口にマゼランポイント欲しくなりますね」


「だろ?そうすれば迷っても入口からすぐやり直せる。そう言ってるんだが、なかなか難しくてな」


そんな愚痴とも言える話を聞きながら、ようやく黒い壁が見えてきた。このフロアに入ってから最外壁に辿り着くまで、すでにエーテルチャージを2回も行っている。戻る時も大変そうだ……


「これが最外壁ですが…… というかほかのチームメンバーと合流していませんけど、大丈夫なんですか?」


「ああ、最初はみんな一緒に通路に入るが、途中から分散していくんだ。そして最外壁を見つけたら、この赤い塗料をぶっかける。こいつはポータルが用意したフロア攻略用に特別配合された塗料でな、6ヶ月くらいは色が落ちないんだ。だからこれを塗っていって、全部の最外壁を塗り終わったら通路の探索完了ってわけだ」


僕もポータルで同じ塗料を受け取っていた。試しに壁に向かってノズルを当てると、あっという間に壁が赤色に染まる。ただ迷路の壁に塗ってもすぐに剥げてしまう。最外壁だけしか塗れないのか。


「おー、あっという間に黒い壁が赤くなった」


「だろ?だから慣れてきたら俺たちも二手に分かれて、効率よく最外壁を塗って行くんだ。ライバルとか競争とかもう関係ない。とにかく扉を探せばいい。このフロアにいる連中は、もうそれしか考えてない」


ため息混じりにそう話すホルガさん。その後も何度か無塗装の最外壁を見つけては赤く塗りつぶす。扉らしきものは見当たらない。敵を倒し、行き止まりを引き返し、最外壁を塗る、これを繰り返して行くと、登りと下りの両方の階段が見えてきた。


「お、上下分岐か。じゃあここで一旦お別れだな。この後も基本的に壁塗りだ。すでに他のメンバーに塗られた最外壁を見つけたら、そこで探索を終わりにして中央部に戻る。何かあったら無理しないでゲートで脱出しろよ。お前さんが思っている以上に、この作業は大変だからな。さて、俺は上に行く。気をつけてな」


そう言って手を振って階段を上るホルガさんの背中を見つめる。僕も階段を降りながら、ふとあの時の言葉を思い出す。


「レジャー気分でダンジョン探索に───」「魅力があるんですよ、このダンジョン探索には───」


サギ女神め、もうすぐの辛抱だ……



9本目のエーテルチャージを終えた所で、ようやく僕以外が塗ったであろう、既に赤い最外壁を見つけた。ここまでに倒したロイヤルガードよりも行き止まりの数の方が圧倒的に多く、ホルガさんの別れ際のセリフが身に染みた。塗料や補給にまだ余裕があったので、まだ塗られていない最外壁をもう少し探した方がいいのか、それとも言われた通りに一度中心エリアに戻った方が良いのだろうか…… 


しかしこの迷路の設計者、B2以上にここを抜けさせる気がないよな。迷路の形が変わるんじゃ、ダンジョン側の人間もまともに通過できないだろうに……



……………待てよ? おかしい。おかしいぞ。このダンジョン、僕ら外部侵入者には徹底的に排除する仕掛けになってるけど、どのエリアも通り抜け可能な構造にはなっていた。味方識別がしっかりしていれば、ダンジョン側の人間なら比較的簡単に通り抜けできるレベルでだ。でもこのフロアだけは、だれも通らせないような構造だ。おかしい。違和感がある。そうだ、まずそこを確かめないと。


まずは味方識別を確認する為、ロイヤルガードを探す。会いたくない時には現れて、こうして会いたい時にはなかなか現れないんだよなとぼやくと、目の前にいる。そしていきなり襲ってくる。わぁ、ちょっと待って。


テンプルナイツは僕と同じくらいの身長だったけど、ロイヤルガードはそれより一回り大きい。そして手に大きな盾を持つが、この盾の表面は棘がふんだんに敷き詰められていて、盾で殴ってくる。時には盾を構えて突進してきたり、このダンジョンの敵には珍しく、いろんな攻撃をしてくる相手だ。


僕の体より大きな盾が軽々と振り回され、尋常じゃない風切り音がする。軽く当たっただけでも吹き飛ばされるだろうな。攻撃の合間には隙は当然あるが、ガードは2重の鎧を纏っており、小柄では歯が立たなかった。長巻もあまり有効ではなさそうだ。


ならばテンプルナイツにも使ったように、足元を狙ってみる。両足を目一杯広げたスタンスを取り、盾の射程距離ぎりぎりに入る位置に立ち、相手の横振りを誘う。狙い通りに盾が横に振られた瞬間、前屈みどころか体全体を床に着く位に低くして攻撃を躱し、そのまま地面を薙ぐように長巻でテンプルガードの足首を横に切り裂く。この長巻は硬い物でも断ち切れるように、サギ女神に刃幅を二倍に厚くしてもらった特注品。ロイヤルガードの鎧に勝てるか不安だったけど、狙い通り左足の踝をぶった切り、右足の踝にぶつかった音を響かせて止まった。さすがに2本同時に切断は無理だったが、片方の足首を切り落としただけで十分だ。


刃を引いて地面すれすれにしていた体を起こすと、左足の支点を失ったロイヤルガードが前のめりになる。しかしその態勢でも、再び盾を僕に向かって振り下ろしてくる。その根性は見事だけど、逆に言えば片足しか踏ん張れない状態で出来ることは、盾を振り下ろす事だけ。そんな単純な攻撃に当たるほどお人好しではない。



金属と金属のぶつかる甲高い音が響き、空振りした盾が床と正面衝突している。盾を悠々と横に躱した僕はロイヤルガードに接近し、その側頭部にゼロ距離でブロウガンを放った。水入りバケツが2階から地面に落ちたような甲高い音が響いたが、矢針は鎧の表面に弾かれていた。しかしいくら鎧が硬くても、内部に伝わるエネルギーと衝撃波を防ぐことはできないし、たとえ兜が壊れなくても、それを支える首は無事では済まない。むち打ち症は怖いんだぜ。



右足首から先を失い、頭部に大きなダメージを負ったロイヤルガードは、盾から手を離しながら前のめりに床に倒れた。時間が経つと回復してしまうのでさっさと目的を果たそう。今回用があるのは味方識別が入っているはずの頭部だ。



……頭部にあるよね。普通、頭部だよね。ダンジョン設計者が変に裏をかいて胸部とか股間とかにあったらやだな。


ちょっと悩んだけど、とりあえず頭部に識別部分があるだろうという事にして、首を切り落とす。なんとなく申し訳ない気がするが、これも最終的にはダンジョンの為にもなること、許してくれと心の中で詫びつつ、長巻で首を落とす。


硬くて刃が通らない…… むち打ちから回復し始めてジタバタ動き出したガードに手を焼きつつ、何とか首を落とすと、そのまま本体の動きが止まった。やっぱり頭部が指示部分も担ってたんだな。だからきっと識別部分も頭部だよな。体とか股間とか探さなくてもいいよな。


秋田のなまはげを思い浮かべつつ、ガードの首を左手に持って迷路を中心に向かって進んでいく。アイトさんには見せられない姿だよな。そういえばアイトさん元気かな。もう一ヶ月以上、会ってないんだよな…… やばい、アイトさんが宝石買ってー!と強請って来たら買ってしまいそうな気がしてきた。サギ女神だったら平気なのにな。

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