第27話 サノの独白

ダンジョンは多分みんな気付いていると思うけど、この世界の宇宙船なんだ。だけどもう、乗組員は全員亡くなっている。亡くなっているんだけど、魂だけが宇宙船の制御コアに捕まった状態なんだ。


制御コアは当初の命令通りに宇宙船内部の動力を今も稼働させていて、宇宙船に攻撃しようとする敵や内部への侵入者を撃退するための防衛システムが今も生きている。要は宇宙船自体が一種のエーテルボディで、中にいた乗組員やお客様の魂が制御コアに定着、というか囚われているんだ。



ポータルとこの宇宙船、元は同じ技術なんだと思う。理由はなにかわからないけど、この宇宙船は逃げてきて、この惑星に墜落して、乗っていた人間はみんな死んでしまった。そしてそれを見つけたポータルが、宇宙船を引き上げようとした。でも宇宙船の防衛システムが今も生きていて、それができなかった。


仕方ないので宇宙船の防衛システムが作動しない所に軌道エレベーターを建てて、そこから内部に侵入して、防衛システムを無力化しようとした。多分、宇宙船の中身もいろいろ持ち出そうとしてたと思う。


ところが内部もまた強固なセキュリティが生きていて、制御室まで到達できない。本当はそこで、この宇宙船の探索を諦めるべきだったんだろう。でも固執してしまった。後に引けなくなってしまった。



本国で開発された軍事用のエーテルボディまで投入して探索を続けたけど、その虎の子のエーテルボディさえ、この宇宙船のコアは研究した。そして生まれたのがメデューサ。というか宇宙船がもともと持っていた技術の一つに、エーテルボディのプロトタイプもあったんだ。それがロイヤルガードで、あの中には宇宙船従業員の魂が入って動いている。ただ宇宙船内の限られたエリアでのみ活動できる未熟なシステムだったみたい。ポータルが派遣したエーテルボディを捕らえて研究して、宇宙船の外でも行動できるように改良されたのがメデューサだね。



僕の鬼人ボディには、実はこの宇宙船の乗組員の魂も少しだけ入ってて、いろいろ教えてくれた。


肉体は死んでいるのに、魂だけが囚われて今も生きている。エーテルボディを使えば魂を定着させて、もう一度肉体を持って生活できるかもよって提案したけど、やっぱり自分以外の体は嫌だって。


ただこのままだと、いつか内部の物資がなくなって力尽きるか、ポータル側がもっと強力な兵器を持って制圧されるか、そのどっちかだろう。そうなったら宇宙船のコアに閉じ込められた魂は、開放されずにポータル本国の研究対象になると思う。ポータル側ってそういう国なんだって。だから、この中にいる魂は、そうなる前にコアを壊してほしいんだって。



ん?コアを壊すのは簡単だよ。だってこれ、宇宙船じゃん。完璧な密封構造だよ?防衛システムが生きてるって事は、外装は異常なしって事だよ。大丈夫、メデューサさんには、すでに僕の策は伝えてある。メデューサさんは制御コアに逆らえないし、宇宙船を傷付ける行為もできないけど、制約の中で出来る事をお願いしてある。


じゃあさっそくコア破壊の準備しようか。でもその前に、アイトさんたちが人間の体に戻る方が先かな。



え?サギ女神が居なくてもエーテルボディから戻れるのって?当たり前じゃん。だって元々はコールドスリープとか暗殺防止とか国の上層階級のために開発された技術だよ。魂の可逆移動は最優先で守られている条件なんだし、さまざまな手順書が完備されているから大丈夫。


ただ魂を抜き出してから3年を超えると途端に危険が増える。魂が暴走するとか、ボディと魂が融着するとか、人体が拒絶反応を起こすとか。そうなってしまうとその魂はもう人間の体には戻れないんだ。そう。実は3年前に来たアイトさんやそれ以上に長くボディを使っている人は結構ヤバい。


だから少しでも早く、人間の体に戻ったほうがいい。サギ女神が居なくても戻れるよ、安心して。というか前管理者さんの魂に協力してもらって、もう準備できてる。あとは保管されている自分の体がどれかを教えてくれれば大丈夫。



あ、保管されてる体って、裸だよね。魂を戻す作業の時に、裸を見ちゃうかもしれないけど、勘弁してね。不可抗力だし、仕方ないよね……え?人体保管室には視線を遮るカーテンシステムがあるって?えー、なにそれー。じゃ、じゃあせめて僕の両隣の人が誰かだけでも見たい…え?ダメ?そんなーー


はい、わかりました。真面目にやります。いえ、真面目にやってます。でもちょっとやる気がなくなっちゃったな。はい、やりますやります。やりますから叩かないでー。


じゃあエーテルボディに長く入っている人から順番に人間に戻る、でいいかな。ただ地上での作業に人手が必要なので、ここに来て2年以上経ってる人たちが人間に戻って、2年未満の人は地上の作業を手伝って下さいね。時間は貴重ですので、さっそく始めましょう。



「魂返還プログラム開始───────人体ナンバー102。魂と人体の一致を確認。本人である事を確認。魂をエーテルボディから肉体へ復元します……


人体と魂の同一確認。生命維持装置による活動補助レベルを低下───────


人体の覚醒を確認。10分後、メディカルチェックを開始します───────



「へー、人間のアイトさんって、そういう姿だったんだ」


「はい、3年ぶりの自分の体です。すごく嬉しい。人間の感覚ってこんな気持ちがいい物だったんですね」


心から嬉しさを纏わせる、黒髪と黒目の可愛らしい女の子。ショートの髪型に紺色のワンピースがとても似合う。ただエーテルボディから人間の体に戻ったことで、身長差がかなり出来てしまってちょっと喋りにくい。


「どう?今のところ後遺症とかなさそう?」


「はい、メディカルチェックを受けた限りでは、特に異常なさそうでした。ただ髪の毛の傷みがちょっと気になる程度です」


「ああ、冷凍焼けしちゃったのかな」


「なんかその言い方イヤです…… でも人間に戻れてホント良かった。サノさん、ありがとうございました」


「いえいえ、人間のアイトさんも可愛いから戻れてよかったよ」


「その言葉、今回は素直に受け取りますね。あと私の名前、正しくはアイトウカナって言います。日本人です」


「そっか、じゃあアイトウさんって呼んだほうが良いのかな?」


「そうですね…… でもサノさんにはカナって呼ばれたい……です」


「わかりました。カナ教官」


「もう!なんで教官なんですか!」



そんな感じで40人以上の魂が無事に人間に戻った。地球から拉致された人が3割程度、他の次元からが4割、残りはこの世界の出身という事だった。エーテルボディに魂を入れた時の定着度と同期率が、この世界の魂を使ったときより、地球を含めた他次元の魂の方が成績が良かったらしい。そのためわざわざ他次元から適正の高い人間を選んで連れてきたのだとか。本当かなぁ。詐欺師が真実を他人に語らないと思っているので、他の理由があると思う。まぁ今となっては解明しようもないけど。



アイトさんを含め先に人間に戻った人たちにポータルでの作業を任せ、僕はエーテルボディの10名と一緒に地上で宇宙船の埋葬作業を始めた。


「高低差とポンプの揚程を考えると、3箇所から水を持ってこれますね。」


「サイフォンを作れば、もう一箇所から持ってこれるかも……」


「本当は入口に直接エンジンを置きたいんですけど、そうするとアイギス来ちゃうな……」


ダンジョンの建物前でわいわいガヤガヤみんなで作戦会議。プラント設計や流体力学に詳しいメンバーが3人も居てくれたので、話が早い早い。


ダンジョン、もとい墜落宇宙船は、真空から船内を守るための密封容器であり、逆に言えば内部から外部に漏れがない容器である。そして一番高い所に入口があいている。なのでそこから水を入れて、宇宙船内を満水にしてしまうのだ。



宇宙船の全長は軽く見てもキロメートル単位で、コアが宇宙船の先頭付近にある事はわかっているので、垂直に近い状態で宇宙船が立っている以上、水圧で破壊できる計算になる。たとえ水圧で壊れなくても、精密機械だから水に浸かっていればいつか壊れる。そもそも今も稼働している宇宙船内部の機械も、浸水すればそのうち壊れる。宇宙より深海の方が厳しい環境だしね。各フロアの隔壁はすべて開けてもらうようにメデューサさんに依頼もしてある。



万が一、制御コアの部屋だけ何かしらの安全機構で浸水を免れたとしても、それ以外の設備が浸水すれば、圧壊するか動力がなくなるかで、結局は壊れることになる。壊れなくても、宇宙船の中が水に埋まれば、深海に沈んだも同様だしね。残念ながら宇宙船は潜水艦ではないし、墜落して20年間もメンテナンスしていない機械が、正常に動き続けることは不可能だろう。そもそも常に注がれる毎秒数十トンという膨大な水を止めることが出来ない限り、宇宙船の敗北は確定なのだ。



地上作業班の僕らはポータルから材料を持ち出して、ポンプ式の揚水設備を完成させた。そしてアイギスが反応しないように注意をはらいながら、周囲の湧き水を宇宙船の入口に注ぎ始めた。


「いやー、結構勢いよく水が入っていきますねー。」


「この宇宙船、東京ドーム482個分の大きさだって。どれ位で満水になるかなー」


「それ、船全体の大きさでしょ?壁とか設備とかを抜いた空間の比率が50%と仮定してー」


「んー、今の流量だと3ヶ月くらいかかりますねー」


「時間かかるねー。もう少し水を増やそうかー」


「サイフォン使って、水を集めてきましょうー」


「じゃあ僕らは河からバイパス水路を作りましょうー」



手伝ってくれた人たちは、どことなくダンジョン探索より楽しそうだった。この惑星に花が咲いていれば手向けが出来たのにね、と誰かが言った時、ちょっとしんみりしちゃったけど。



「埋葬、終わったんですか?」


軌道エレベータの昇りに乗って景色を堪能し、ポータルに戻ったところでアイトさんが待っていた。


「いや、まだまだ時間がかかる。多分、水がダンジョンを完全に満たすまで2ヶ月はかかる計算かな。だから交代で監視しながら作業を続けるよ。改良できる事があればどんどん取り入れたいし」


無事に人間の体に戻った人たちは、やはり何年も体を動かしていなかったせいか、リハビリが必要だった。アイトさんを含め、多くの人達がポータルのメディカルルームやサギ女神のプライベートルームでトレーニングをしているようだ。


「もう元の世界に戻っている人もいますよ。サノさんは、まだその体のままなんですか?」


「うん、地表で活動するには、どうしてもエーテルボディじゃないと危ないからね。僕はここに来て一番短いから、人間の体に戻るのは最後になると思う」


アイトさんはここに連れてこられた人間の中で古株に近い。アイトさんよりもっと前に連れてこられた人で、無事に人間に戻れた人は10人に満たなかった。一番長くここに居る人が6年前との事だったが、同時期に連れてこられた人は、もう誰もいないと言っていた。



「元の世界に戻った時、時間はどうなってるんでしょう。人間の私は3年前と変わってないのに……」


「次元転移って事だから、もしかしたら元の世界は時間が経ってないかもしれない」


「え?本当ですか?」


エレベータ搭乗室からポータル内に向かって歩きながら、アイトさんに説明する。本当はホワイトボードとかあればもっと説明しやすいんだけど、とりあえず口頭で。


「うん、次元が異なる場合に、時間が他の変数に影響されずに独立が保たれているなら、この世界の時間変数の増加は、別次元の時間変数に何も影響を与えないはず。もともとこの世界の人だと成り立たないけど、別次元から連れてこられた人なら、もしかしたら……。あくまで仮定だけど。もし仮定を証明するのであれば、アイトさんが連れてこられた時間と僕や他の地球人の連れてこられた時間を横軸にとって、この世界と地球との経過時間の差異を縦軸に……」


「あ、あのちょっと待ってください。いきなり難しい説明されちゃうと、その、困ってしまうので……」


そうかなぁ。結構面白そうなテーマだと思うんだけど。異次元世界に連れてこられた場合の時間経過って。


「もしかして浦島太郎の龍宮城は異次元世界にあったかも」


「え?ここで浦島太郎?」


「でも浦島太郎だと、竜宮城の経過時間と地上のそれとは多次元の線形関係にあると思われるから、時間という変数が独立していないので、別の」


「だから、そうじゃなくて!」


アイトさん的にはこの話題はあまり好きではなさそうだ。地上で作業をしている人達なら好きそうなので、後で話題をふってみようかな。

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