第28話 二人の帰還
「アイトさん、早く地球に戻った方がいいよ。この次元より地球次元の方が時間の流れが遅いとは思うけど、こちらの3年は地球でも数日は過ぎてると思う。アイトさんの生活に差し支えちゃうよ?」
「それは、その……そうなんですが。でもサノさん、まだこっちに居るんですよね?」
「うん、埋葬が終わっても、その後の片付けもあるし、このポータルの知識を地球に持ち帰るための作業もあるし、まだ当分は掛かるね」
「そうなんですね…… あの、もし地球の時間が経ってなかったとして、地球に私とサノさんが戻った時、向こうでまた会えますか?」
なんだか上目遣いで、緊張しながら質問してくるアイトさん。何だろ?何が心残りなんだろうか?
「会えるんじゃない?アイトさんと僕はこの次元に連れてこられたのに3年の時間差があったけど、地球では一ヶ月程度の時間差しかないはず。なのでアイトさんと僕は同じ時代の人間だと思うよ」
「じゃあ、サノさんが地球に無事に戻ったとき、私に会いに来てもらえますか?」
「いいよ。報告も兼ねて遊びに行くよ。アイトさんの通う大学と共同研究した事あるし」
不安そうな顔がぱあっと笑顔になる。そっか、彼女がこの次元から帰ったあとの状況を知りたかったんだな。
しかし僕は人の名前だけでなく、電話番号や住所を覚えるのも苦手だった。アイトさんが地球に帰ったあと、彼女の正確な本名や住所を完全に忘れてしまったのだった。このことは後々、恨まれ責められる事になるのだが……
◇
「じゃあ、地球に戻ります。サノさん、救って頂いて本当にありがとうございました。あと絶対、地球でも会って下さいね。待ってますから」
私がサノさんにそう伝えた直後に、地球への次元転移が始まった。緑色の光を浴びた瞬間、耳が遠くなった。眩しすぎて目も開けられない。さっきまで頑丈な感触が合った足元も底が抜けたようになって、つい悲鳴が漏れる。重力が失われ、方向感覚が失われ、背中からプールに落下し続けるような、コーヒーカップに乗ってぐるぐると回されるような……
気付くと空気が違っていた。辺りは真っ暗だ。音がする。地球の音と声。子供のただいま~という声、誰かが鍵を回してドアを開ける音、お帰りーという優しい女性の声。
心臓が痛いくらいに激しく鼓動し、真っ暗だった周囲も明るさを取り戻す。どこかの家から夕飯のいい匂いがする。表通りを走るバスの振動を感じ、排気ガスの匂いが混じる。
戻ってきた。3年前のあの日、誘拐されたアパートの駐輪場へと、私は再び戻ってきた。一瞬、立ちくらみを感じてよろけそうになるが、なんとかこらえる。エーテルボディから元の体に戻れた時に、涙が止まらなかった。そして今もまた、涙が止まらない。バッグに入れていたハンカチを取り出し、目元に当てながら、自分の部屋に急行した。
一緒に異次元から帰ってきたスマホは電池がとうに無くなっていて、今がいつなのかわからなかった。充電しながら必死で誘拐された日の事を思い出す。
……私が地球に戻ってきたのは、誘拐された日から68時間後だった。そしてバッグにはサノさんからの手紙も入っていた。
◇
アイトさんを地球に送ってから現地で70日たった後、ようやく僕も地球に帰還した。
研究室に戻ってきた。確か誘拐された時は深夜の実験中だったが、壁の時計を見るとちょうど朝の8時だった。外も明るい。隣の部屋からカップラーメンの臭いもしてくる。そういえば朝からカップラーメン食べる後輩がいたっけ。地球に戻ってきたんだ。カップラーメンで実感したくなかったな……
あの次元には半年以上も居たはずだが、地球ではだいたい数時間しか経っていない。良かった、仮説通りだ。アイトさんのバッグに入れておいた計算式は合っているはずなので、地球での経過時間からあの次元に誘拐されてた日数も逆算できるはず。仮説や式が間違ってたら恥ずかしいのでコッソリ入れたけど、ほぼ計算通りで良かった。
しまった。アイトさんの名前と住所なんだっけ。名字はアイトウ……だったよな。大学一年生だと論文や研究名簿には載ってないだろうし、どうやって探そう……
まて!モノポールだ!こっちに戻ってくる時にモノポール粒子をポータルからガメてポケットに入れてきた。これがあれば『時計の歴史を2世紀進めたルイ・ブレゲ』のように、『電磁気学の歴史を半世紀進めたサノ・ツカサ』になれちゃうよ!うひょー!半世紀と言わず一世紀進めちゃうかも!
ない、ない、ない。モノポールがない!モノポールだけじゃない、あのポータルから持ってきた物がどこにも入ってない!ポケットメモ帳とかスマホは入ってるのに…
あれか?次元転移の壁を突破できなかったのか?そんなーーーー。僕の希望がぁぁぁぁあ!!!!!!!
冷静に考えると、地球の次元より向こうの方が上の次元なのかね。地球のものは持ち込めたのに、向こうのものは地球の次元だと不足があって存在できなくなっちゃうのかなぁ……あと地球と向こうで物理法則が違う可能性もあるし、地道に研究しろって事かね。結局、あのダンジョンの報酬って何もなくなっちゃったなぁ……
あれ?何か忘れてるような……
「サノさん、居たんですか?教授がお呼びですけど」
ドアを開けて研究室の秘書さんが様子を見に来た。
「あ、はい。すぐ行きます」
こうして僕の冒険は終わり、日常がまた始まった。
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