第18話 お別れの前夜
「じゃあコロシアムも無事にクリアしたので、B6行こうか」
「持ってきた武器、ほとんど無くなっちゃってませんか?一度ポータルに戻った方が良くありません?」
「あ、そっか。マゼランポイントで武器補給はできないんだっけ?」
「予備的なものはありますが、サノさんの武器は特殊なのでポータルにしか予備は有りません。毒を受けた恐れもありますので、検査を受けるためにもポータルに戻る事をおすすめします」
「毒は大丈夫。じゃあ武器だけ取ったらすぐに戻るから。アイトさんはマゼランポイントで待ってて」
「メデューサと戦ったんですから、検査を受けましょう。怖いなら一緒に行きます」
「いや、検査はいいです。病院嫌い」
「なんでですか!慎重なサノさんらしくないですよ。検査しましょうよ!」
執拗に検査を勧めてくるアイトさんをなだめつつ躱しつつ、ポータルで武器とリペアキットを補充し、再びマゼランポイントに転送した。
◇
「あれ?新入り、またここから出発って事は、ボスに負けたのか?お前ならテンプルナイツどころかロイヤルガード相手でも大丈夫だと思ったんだけどな」
「はい、コロシアムで負けちゃいましたので、また行ってきます」
「ギゼさん。コロシアムにメデューサが出現しました。探索史上はじめてのことです。このあとポータルから分析表とレポートがマゼランポイントに届きますので、ボードへの張り出しと他の探索者への通達をお願いします」
メデューサという単語がでた瞬間、あちこちで驚愕の声が上がり、クマ先輩…じゃない、ゼギさんたちマゼランポイントの防衛隊がざわつきだした。それだけメデューサって恐ろしい存在なんだな。あとここにいる人達、ほぼ全員がメデューサと戦った事があるのか…… 僕のことをそっちのけで、アイトさんに質問攻めしたり、隣同士で意見交換しあってる。
「まさか新入り、メデューサと戦ったってことなのか?」
「あ、はい。やられました」
「そりゃそうだろ。俺だって2回メデューサに会って2回ともポータル送りにされた。ありゃ正真正銘のバケモノだ」
突然、こっちに話題を振らないで欲しい。でもポータル送りって新鮮な響きだ。監獄送り、病院送り、野辺送り、そしてポータル送り……不健康なところにばっかり送ってるな。
しかし鬼人ボディとメデューサさんのやり取りで把握した事を考えると、この先アイトさんと一緒にいるのは都合が悪くなるかもしれない。アイトさん自身は自覚してないようだけど、僕に情を湧かせるために付き添わせてる面もあるよな、あのサギ女神は。
考えがまとまらないまま、再びB5のコロシアムにアイトさんと突入する。クマ先輩は一緒に行こうかと提案してくれたが、今回も2人で行くという事で最終的にまとまった。今のところ、アイトさんと2人で探索は出来ている。でもサギ女神の意図をそらすためにも、チームで行動した方が良いかもしれない。ソロで探索している人もそこそこ居るというが、そういう人でも最初はチームで活動し、経験と知識を重ねて最終的に一人になったと聞く。僕もそろそろ、サギ女神にどこかのチームを紹介してもらう必要がありそうだ。
そんな計画を立てながらコロシアムのフィールドに降り立ったが、前回同様にだれもいない空間だった。アイトさんはまたメデューサが待ち伏せてるのでは?と心配しきりだったけど、それは無い事は僕だけは分かっていた。案の定、フィールドの半ばを過ぎても空間は歪まず、だれとも遭遇しないまま、B6に繋がる扉まで到達した。アイトさんは最後まで探索能力を全開にしていたようだ。ホント、いい子だよな。早くサギ女神から開放してあげたい。
「B6を見たら、多分サノさんびっくりすると思います。私も初めて来た時、すごく驚きましたから。探索にこんな事を言うのは良くないのかもしれませんが、でもこのフロア、私は好きです」
お?アイトさんの好きです発言だ、これは珍しい。どんなところなんだろう。分厚い隔壁の通路を通りながら、僕もちょっと楽しみになってくる。
「うわ、これは……良いね。久しぶりに心が安らぐというか、ダンジョンにこんな素敵な場所があったんだ」
B6フロアは、一言で表すなら自然公園のようだった。フロアには歩道がいくつもあり、生け垣のように背の低い赤、橙、黄色の樹木が植えられている。樹木は葉や幹の色ごとにまとめられてグラデーションを彩り、さらに奥行きを持たせて植えてあるので立体感が強調されている。空間の中に空間が溢れている、そんな計算され尽くした配置に感服する。樹木と樹木の間には、ひときわ高い木がこれも計算尽くしであろう位置にそびえ立っており、景観を引き締めていた。見る方向を少し変えるだけで、立つ場所を少し変えるだけで、周囲の景色は複雑にその姿を変える。いや、このフロアの設計者、素晴らしいセンスだ。
「このフロアだけは、基本的に敵は出てこないんです。なぜでしょうかね?でも、だから癒されるんです」
「敵も、この公園を大事にしてるのかな。それか大事な所なのかな。どうみても自然に生えた配置じゃないし、誰かが設計してそれを誰かが管理しているようだし」
「ここはそれほど広く有りません。しばらく進むと広場があります。行ってみましょう」
もちろんここはダンジョンの一フロアだからアイトさんは索敵網を広げているし、僕も小柄とブロウガンをいつでも撃てるようにしている。でもそれを置いておけば、公園でデートしているような感覚になる。あー、あれだな。ここまで殺伐としたフロアばっかりだったし、ネズミやムカデやら可愛げのない敵ばっかりだったし、いい気分転換になるな。このフロアの設計者、ありがとう。
……いやまて、この素晴らしい景色と雰囲気に油断した所を敵や罠が襲ってくるかもしれない。もしそうだったらなんて悪辣な!このフロアの設計者、許してはおけない。
「ここに来るの、久しぶりです。良かったです。サノさんと一緒にここに来れて」
ダンジョンの中でなければ僕も心から同意できるアイトさんのセリフだけど、可愛い女の子と美しい公園でデートなんて、どこかに罠があるんじゃないかとか疑心暗鬼になってしまいイマイチ楽しめない。サギ女神がちらついて、これもデート詐欺じゃないかと疑ってしまう。地球では何回もデート商法の美人に誘われたからなー。きっと名簿が回ってるんだろうなー。10代の頃はアレだったよなー……
「サノさん?どうしました?何か気になることでも?」
「いや、ちょっとね。ここまで大変だったから、突然こんなフロアになって戸惑ってるのかも」
「そうですね、少し前にはメデューサともやり合いましたもんね。あ、広場が見えてきました」
赤,橙,黄の葉が彩る見事な並木道の先に、丁寧に刈り揃えられた芝生が敷き詰められた広場が現れる。広場と言っても野球が出来るくらい大きく、しかし誰も居ない。なんだろう、少しさみしげな雰囲気が漂う。
「敵が出てこないんで、本当なら駆け足でフロアを抜けた方がいいんでしょうけど、探索者はみんな、ここで休んでいくんですよ」
広場で彼女のお気に入りという場所に座り、少し休憩を取る。索敵はしているけど、なんとなくここでは敵は現れない気がする。
「そういえばクマ先輩達以外の探索者、ぜんぜん見ないね。もっと先に集まってるのかな」
「クマ先輩? ああ、ギゼさんの事ですね。マゼランポイントを守る人たち以外は、みんなB7から先に居ます。1つのフロアにだいたい10人から15人くらいが探索を続けてます。どうしてもフロアごとにメデューサ対策チームを置いているので……」
「そっか。マゼランポイントの守備兵がB5の敵を時々間引いておくから、メデューサにやられた人や補給担当の人がポータルに戻っても、B7にはラクに戻れるんだ。よく考えてるなー」
「はい、それがここ1年で確立された探索システムになります。本当はB9にもっと人を集めたいんですが、そうするとB7とB8にメデューサが出現した時が大変です。正直、人数が足りてないんです」
「そうか。さらにB5にメデューサが出るようになると、もっと厄介になるのか」
「はい。そのとおりです。ただマール様はB9突破の際に、マゼランポイントを新たに設ける予定でした。そうすれば探索者はB10以降に集中できますし、B5は無視できるようになります。すでにB9では資材も置かれ始めてますが、多分それを早めることになると思います」
もしマゼランポイントがB9に完成すると、ここで休憩する事が出来なくなっちゃいますけどね…と少し寂しそうにアイトさんがつぶやく。たしかにこの場所は癒やしだ。座っているだけで、久しぶりに心からリラックス出来る。多分ここはダンジョン探索者だけじゃなく、ダンジョン側にとっても憩いの場であり、とても大事にしている空間じゃないかな。だから敵も出現しないと……
「アイトさん、このフロア、敵が出たことがあるの?」
「過去の記録上のことですが、金属や電気を持ち込んだ時だけ、アイギスが現れたそうです。それ以外は敵は出た事はありません」
「アイギスか……」
面倒くさがりのサギ女神が、探索にあたって唯一忠告してきたのが「アイギスとメデューサに出会わないように。もし出会ったらすぐ逃げること」だった。メデューサは神出鬼没で本当に突然に空間転移して現れるため、遭遇自体がまったく読めない。しかしアイギスは探索者が金属を持ち込んだ時のみ出現するため、会うこと自体は簡単である。会うことだけなら。
「アイトさん、アイギスと会った事ある?」
「いえ、無いです。私の時にはすでに金属は持ち込み禁止になってました。あとアイギスはダンジョンの中だけでなく、ダンジョンの外にも出現するらしいです。私がここに来る前は、軌道エレベーターからダンジョンまで車で移動してたらしいですが、ある時からアイギスが建物の周辺にまで現れるようになって、それから地表への金属持ち込みは一切禁止になったそうです」
「そっか、出現範囲を広げられて、軌道エレベータまで壊されたら洒落にならないもんね」
だから建物の外部に階段とか無かったんだな。多分、以前は地表からダンジョン入口まで足場が作られていたと思う。でもアイギスが出現してしまうので、今は何も作らないんだろうな。
僕の使っている長巻や鎖鎌も、超高圧縮ポリマアロイという、樹脂をものすごい力で圧縮して金属並の強度を持たせた物を材料に使っているらしい。なんで金属じゃないのか、理由は簡単で、「ダンジョンの怪物アイギスは強磁場を操るため、金属は一切使用不能となる」からだった。
たった一行の説明だけど、これがどれだけ恐ろしい事か、研究所で強磁場実験をした事があるのですぐにわかった。医療機器のMRI(磁気共鳴画像)でさえ、誤って持ち込んだ金属による甚大な吸着事故が起こる。床においてあったベッドやボンベがMRIに吸い寄せられてグシャグシャになった写真も見たことがあるが、強磁場実験は更にすごい。一般に非磁性といわれるステンレスでさえ引き寄せてしまうし、鉄のネジがコンクリート壁を抉ってしまう。小さなバネが入ったプラスチックボールペンが壁にくっつき、人の力で剥がせなくなる。あの強磁場の中で磁性金属を身に着けて歩くのは、ひもを着けずにバンジーしたり、安全装置をしないで絶叫マシンに乗るようなものだ。地球より科学が進んだこの世界の強磁場であれば、もっと強力だろうな。
このエーテルボディも、昔のバージョンは骨格に金属を使っていたらしいけど、アイギスが出現するようになってまともに活動できなくなったらしい。その後、ダンジョン探索において金属をほとんど使用しなくなったのだとか。チタンなどの完全非磁性の金属はマゼランポイントなどに使っているそうだけど、エーテルボディは金属をまったく使ってないらしい。
「アイギスは金属さえ持ってなければ何も出来ないわ。だから会うことは無いだろうけど。だから気をつけるのはメデューサだけね」
あのサギ女神はそう言っていた。たしかに磁性体でなければ磁場に反応しない。でもそうだろうか。現状維持を良しとしないこのダンジョンマスターは、きっと何かやってきそうな気がする。
「しかし、戦闘がどんどん歴史に逆行していってるね。火薬もダメ、金属もダメ、歴史のIFを実体験しているみたいだね」
「歴史のIFっていうとなんだかおしゃれですね」
「この場所もおしゃれだしね。本当はもう少しゆっくりしたいけど、そろそろ出発しないとサギ女神に怒られるかな?」
「そういえばサギ…… いえ、マール様はダンジョンに入った事がないから、この場所の事も知らないんですよね。探索者のレポートで存在は知っているのでしょうが、ちょっともったいない気がします」
ここにマゼランポイント作ればいいんですけどね、と苦笑するアイトさん。エーテルボディなので見た目はほとんど表情が動かないように見えるけど、慣れてくると細かい感情もちょっとずつ分かってくる。こんなダンジョン探索にめげずに頑張ってて、ホント良い子だよな。
……あー、ダメだな。これはサギ女神の策略に半分捕まってる。気をつけないと。
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