第8話 ポータルの管理者

「ボディから魂の定着が外れないわね……ボディが魂を離さないのかしら、それとも魂が形を保てなくなってるのかしら……?」


ポータル管理者のマールは、メンテナンス室で暴走したカツモトのエーテルボディを検査する。エーテルボディはどれだけ体が破損しても、中にいる魂さえ戻ればいくらでも治療が可能である。マールがこのポータルで働くようになってから、どれだけのエーテルボディをこうやって復旧してきただろうか。


惑星ミヌエトの衛星軌道にあるポータル。ここでは10年前からエーテルボディが運用されている。最初はこの次元の人間がボディの中に入ったが、次第に多次元に住む人間の魂が使われるようになった。


多次元の人間をこの次元に呼ぶにあたり、最初は正しく契約を交わしながら、ときに断られることもあった。しかしマールが管理者となってからは、多次元の人間を誘拐し、詐欺のような契約を押し付け始めた。契約する前に有無を言わさず魂を抜き取ることで、本人の人間の体を人質にする。マールにとって自分以外の人間はただの道具であり、それが異次元人であれば使い捨ても同然である。


地球から拉致したサノがいくらエーテルボディと高く適合しても、結果を出さない限りマールにとっては重要ではない。多少、期待する程度である。先日ポータルから送り出したそのサノが、出発した次の日にダンジョンから脱出してきた。それを聞いた時は期待はずれだったかと一瞬落胆したが、どうやらそうでもなかったようだ。



新人のサノは暴走して会話もできなくなった探索者「カツモト」と交戦し、あっさり捕らえてきたとの事。カツモトのエーテルボディは地球の蜻蛉をベースにしたもので、飛行こそ出来ないが抜群の機動力と瞬発力を有する第4世代最強の一角である。そしてボディに魂を入れて3年を優に越えており、熟練度も相当に高まっていたはずだ。そのカツモトと新人が戦闘になり、新人は無傷でカツモトだけを無力化した……らしい。



初陣で?そんな事がある?カツモトは暴走状態だったから、機能は万全でなかった?不意打ちか何かがうまくいっただけ?


まぁ一回くらいマグレという事もあるだろう。新人のことはひとまず置いておいて、優先すべきは暴走したカツモトの分析である。


両腕のない上半身だけという酷い状態で帰還したカツモトは、完全に正気を失っていた。ただエーテルボディの場合、魂は頭部中央に定着・保管されており、頭さえ帰ってくれば大丈夫という設計になっている。


マールはカツモトをメンテナンス室に運び入れ、その魂を取り出して暴走の原因調査を行うつもりだった。しかし何をやってもボディと魂が分離しなかった。


「やっぱり、魂が肉体から離れて時間が経ち過ぎると、境界が歪んでくる率が高くなるわね……。ああ、この現象について、本国から私に通達が来てたのね。えーと、なになに……『軍部ではこの現象をソウルエイジング:魂の老化と呼んで、エーテルボディへの魂定着は3年を越えないように注意を促している。満3年を迎えるタイミングで、一旦人体に魂を戻す事を推奨する』。何それ、人体に戻したらせっかく上がったボディとの定着率がリセットされちゃうじゃない。ダメダメ、どうせこいつら使い捨てなんだし、何で私が面倒くさい事しなきゃならないのよ、くっだらない……。あーあ、せっかく第4世代のボディをあげたのに損しちゃったなー。魂だけ削り取って、ボディだけ再利用できないかしら?」



結局カツモトの魂とボディの結合は解けず、マールは事実上の廃棄物置き場になっている「治療室」にボディを保管した。そして氷晶壁から、一人の人体もまた「治療室」に入れられた。


「あーあ、また魂を探してこなきゃ、だわ。前回は地球だったから、今度は別の所にしようかしらね……。もう! ホント面倒くさ!」



10年ほど前にエーテルボディが実用化され、やっと墜落宇宙船の内部調査…… もとい、ダンジョン探索がまともに出来るようになった。探索自体は12年前から開始されたのだが、ダンジョン内は数多の警備ロボットやクリーチャー兵器が巡回する上、テンプルナイツという人型兵器にまったく対応できず、浅層あたりで常にポータルの調査団は失敗と全滅を繰り返してきた。


そこに戦闘能力だけでなく継戦能力もずば抜けたエーテルボディが導入された事で、ようやく探索が進み始めた。初めこそその数が少なかったために思うような結果は出なかったが、幾種類かのエーテルボディが充足されるにつれて、少しずつだが新たな階層に駒を進める事が可能となった。


なにせエーテルボディ兵はやられそうになったらダンジョンから脱出でき、魂さえ無事なら何度でも復活可能である。情報や経験がどんどん蓄積されていき、兵の熟練度も積み重なる事で、あっという間に戦況は一変した。ボディの改良も進んで、最初は手も足も出なかったダンジョン最強の防衛兵テンプルナイツに対しても、第2世代後半の戦闘型ボディはとうとう渡り合えるようになった。


エーテルボディ兵に加え、ダンジョン内に持ち込めるように小型化された銃火器や装甲車も逐次導入され、制覇は時間の問題かと思われた。


しかしダンジョンマスターはいつの間にか、それとも前々から用意してあったのか、アイギスとメデューサという怪物を迎撃に向かわせた。アイギスにより銃火器と装甲車は完全に無力化され、メデューサによってエーテルボディ兵は著しく戦闘力を低下させられた。アイギスとメデューサが居ない場所であれば探索側が有利なままであったが、どちらかが出てくるだけで、探索部隊は撤退を余儀なくされた。


アイギスに対抗するため、第3世代のエーテルボディが誕生した。これにより銃火器や装甲車に頼らずに探索が可能となったが、メデューサにはまったく通用しなかった。ポータル側は仕方無しにメデューサに対抗できる第4世代の開発を進めつつ、それまではメデューサを避けての探索がほそぼそと実行された。


ようやく4年ほど前に傑作機と言えるエーテルボディ第4世代が完成し、集団であればメデューサを退ける事も可能となった。しかしメデューサは撤退してもしばらくすると復活してしまった。さらにはフロアや敵も進化を続け、テンプルナイツ以上の戦闘力を有するロイヤルガードという存在も現れる。結局、探索速度はそれほど上がらず牛歩のごとくゆっくりであった。


そして2ヶ月ほど前、単騎でもメデューサと互角に戦えると言われる念願の第5世代エーテルボディがポータルに届けられた。


「まだ一体しかない第5世代のボディには、最高クラスの魂を入れたいわよね。今のところヘリオスチームの誰かだろうけど、あの面倒くさい新人も、もしかするとあり得るかもね……」


そう言ってマールはほくそ笑む。切り札とも言える第5世代のボディの入手に、過去最高の定着度と同期率を示した新人の台頭。そして順調に探索を進めているお気に入りの精鋭ヘリオスチーム。流れはいよいよ自分に来ている。このダンジョンのコアを手に入れられれば、私の功績はここ10年で最高のものになるはずだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る