第7話 裏切りの帰還
「ネズミ退治、お疲れ様でした。私から見て楽勝のようでしたけど、いかがでしたか?」
足音を立てずにいつの間にかアイトさんが僕の側に立っている。ほんと忍者みたいだ。アイトさんのボディは直接戦闘に向いてないらしいけど、暗殺なら逆に最適だと思う。だって彼女がもし敵だったら怖いもん。
「うん、この鬼人ボディ、すごく使いやすいね。パワーもテクニックも申し分なしだ。あ、もうネズミは居ないかな?」
「はい、今の所、このフロアに敵は居ないようです」
「そっか。ところでアイトさん、ネズミっていつもこんな感じなの?」
「ええ、だいたい数匹で行動して、こちらがテリトリーに入ると飛び掛かってきます」
「いや、そうじゃなくて、ネズミっていつも全く同じ個体なのかって事」
「……え?同じ個体?どういう意味ですか?」
「うん。この6匹のネズミ、まったく同じ体長と体重で、まったく同じ攻撃パターンだった。そして個体差が無いみたいなんだけど」
「え?え?ちょっと待って下さい……私の能力で調べてみます…… 6匹ともまったく同じ爪と牙の形をしてる。手の長さも全部一緒。今まで気づきませんでした……。サノさん、なんで同じ個体ってわかったんですか?あと個体差がない理由もお気付きなんですか?」
そっか、索敵に優れたアイトさんでも、ネズミが全部同じ個体だって事に気付いていなかったのか……他に気付いた人がいれば、アイトさんも情報共有しているだろうから、今まで誰もネズミの個体差は気にしてなかったのかな……
「うーん、このフロアだけだと全然情報が足りないんだ。もう少し情報が集まったら説明する、でいいかな?」
「はい、それで構いません。でもそういえば今まで子供のネズミとか見たことありませんでした。みんな同じ個体だったんでしょうか?」
「断言はできないけど、多分みんな同じ個体だと思う。それが一番効率良いし」
「効率、ですか。サノさんすごいですね。3年間もここに来ていて、全然気づきませんでしたから……鈍感なのかな、私」
なんか少し落ち込んだ感じのアイトさん。それもまた庇護欲をそそる……って、違う違う、アイトさんには笑顔で居てもらいたい。
「いや、個体差に気付いたのは、僕は最初から『ネズミは同一個体かもしれない』って仮説を立ててたからだよ。その予測が当たったってだけ。そうじゃなかったら気付かなくて当然だと思う」
「え?初めから同一個体かもって思ってたんですか?サノさん、何者なんですか?名探偵コ●ンみたい」
「惜しいねワトソンくん。僕は名探偵ホー●ズなんだ」
「それを言うならハド●ン夫人じゃなくて?」
「お、詳しいねアイトさん」
「父と一緒に録画していた犬のものを見てましたから」
「あー、あれ。すごいよね。登場人物が全部犬だもん。何食べたらそんな愉快な設定思いつくのか知りたいよね」
「父が言うには、イタリアからの要望だそうですよ」
「じゃあスタッフがイタリアワインで酔っ払ってたのかな」
「そうですよきっと。でも犬のハ●ソン夫人、可愛かったです」
やっと笑顔になったアイトさん。よし、ダメ押しだ。
「アイトさんも可愛いよ」
「ありがとうございます。ところでなぜ同一個体って思ってたんですか?」
手強い。んー、仮説段階だけど説明しようかな。でも推察が間違ってたら恥ずかしいしなー、としばし逡巡する。ついでにネズミの死骸を確認しに行く。
とその時、アイトさんの表情が変わる。狐面の耳がピンと立って、髪の毛も少し逆立っているようだ。
「待って下さい!フロアに誰か居ます。さっきまで何も気配が無かったのに……きゃあっ!」
あまりに早い影に、アイトさんが攫われる。僕はアイトさんと少し離れてたため、対処が後手に回ってしまった。誘拐犯とアイトさんを追いかけながら大声で叫ぶ。
「アイトさん、体毛使って!防御!」
「は、はい!」
すでに何メートルも引き離されてしまったが、アイトさんに声が届いたようで、どうやら僕の意図は無事に伝わったようだ。よし、じゃあ捕まえますか。ショートコント「横飛びバンジー」。
右手に掴んでいた鎖鎌を両手でガッチリ握り直し、行く先にあったでっかい重そうなコンテナに足を掛けて踏ん張る。鎖鎌に付いていたワイヤーはすぐにピンと限界まで伸び、その瞬間「フギャ!」という猫が踏まれたような声(多分アイトさん)と何かが転ぶ音が聞こえた。
コンテナから足を外して再び誘拐犯を追いかける。長巻は背中に掛け、鎖鎌は口に咥え、手を床について四足疾走。我ながらすっげぇ早い。背中からすっ転んでいたらしい誘拐犯はすぐに体勢を直して、床に投げ出されたアイトさんをもう一度捕まえようとしていたようだが、それよりこちらの方が早い。さっきのネズミと同じようなポーズで誘拐犯に飛び掛かった。
「ガッ!」
誘拐犯は一旦立ち止まって、人間とは思えない声を出しながら僕のネズミアタックをしゃがんで躱す。変なところで冷静なやつだ。でも残念、僕はネズミじゃないので、両脛の刺毛を伸ばして隙だらけになった誘拐犯の背中を容赦なく突き刺す。なかなか背中の装甲は硬いようで、ほとんどの刺毛は表皮あたりで止められてしまったが、相手の体勢を崩すには十分効果はあったようだ。
僕は両手両足で床に着地すると、その低い姿勢のまま誘拐犯に体当たりして、そばにあったコンテナに向かって突き飛ばした。そしてすかさず長巻を右手に掴み、刺突の要領で誘拐犯の右腹部をコンテナごと突き刺す。
刃の根元近くまで深々と胴体を貫き通され、小さな悲鳴を上げる誘拐犯。手応えは十分にあったが、しかしダメージはほとんどない様で、誘拐犯は腹部を貫通する長巻を両手で掴んで抜こうともがき始める。なんか猫が前足で暴れるセミを押さえつけているような構図だ。そういえばセミ捕まえるのが上手な猫を飼ってたっけ。
「待って下さい!その人は仲間です!」
防御形態を解いたアイトさんが、床に手をつき這いながら叫ぶ。彼女の両足はまだ分銅ワイヤーが巻き付いた状態なので、立ち上がれないのだろう。さっき誘拐犯に攫われる直前、鎖鎌に付いていた分銅をアイトさんの足に絡ませていたのだ。
本当は誘拐犯に直接分銅を絡ませれば格好よかったのだが、アイトさんは立った状態だったので、難易度の低い方を選んだ。分銅と鎖鎌は強靭なワイヤーで繋がっているので、鎖鎌を急に引っ張る事でちょっとコントのような転倒劇となったわけで……
「アイトさんごめん、自分でワイヤー外して」と鎖鎌を投げ渡す。
本当なら僕が手伝うのが手っ取り早いし紳士の行動なのだろうが、この誘拐犯からヤバい空気が感じられて、とてもじゃないが目を離したくなかった。圧倒的に不利な体勢なのに、殺気がどんどん膨らんできている。長巻を引き抜こうとする力も強くなっている。コイツ、まだ何かやる気だな……
誘拐犯のボディは体長180センチメートルは越えており、ちょうど僕とアイトさんの中間くらいの大きさだ。一見、普通の人型なんだけど、明らかに違うのは背中に4組の翅が生えている。鳥類の羽と違って昆虫の翅らしく翅脈がある。僕の刺毛をこの翅で防いでたらしく、ところどころ穴が開いている。しかし今は翅を広げてビリビリ小刻みに動かし始めた。これがこいつの戦闘モードなんだろうか。長巻を押し返そうとする力も更に強くなった。
「おい誘拐犯、僕やアイトさんに言うことは無いのか?謝る気はないのか?」
そう言いながら、長巻を持つ右手をグッと押し込む。力勝負ならまだ余裕があるし、体勢も僕が圧倒的に有利なのでここからひっくり返される事はないだろう。でも誘拐犯の殺気も戦意も全然消えていない。口からはグルルルと喧嘩している犬のような唸り声が漏れている。ダークサイドに落ちたとか敵に乗っ取られたとかかな。
「カツモトさん。私です。アイトです。暴れるのをやめて下さい!なぜこんな事をするんですか?何かあったんですか?」
分銅とワイヤーを外したアイトさんがこっちに近付いてくる。しかしカツモトという誘拐犯は、アイトさんの方を全然見ようとせず、僕を睨みつけたままだ。
「アイトさん、それ以上近づかないで、そこから言葉をかけて!」
一瞬、躊躇した彼女だが、僕のお願い通りにこちらに近づかないでくれた。素直で助かる。サギ女神も見習って欲しい。
「カツモトさん、どうして……なぜこんな事をしたんですか?なんで何も言ってくれないんですか?」
「カツモトさんってアイトさんの恋人?親類?」
「いえ、違います。少し上の先輩で、一緒に探索した事があります」
「そう、でも先に謝っておく。ごめんね」
僕があえてアイトさんの方を向いて謝った瞬間、誘拐犯は両手を長巻から外して背中の翅を根元から掴んだ。翅は自分の意志で外せるようで、両手に持った薄刃のような翅をこちらに投げつけてきた。
ただそれより早く、僕は全身のバネを使って長巻を右上に思いっきり振り抜いた。誘拐犯の胴体は斬り裂かれ、千切れた上半身が宙に浮く。僕に向かって投げようとした翅は、サッカーの宇宙開発シュートのように天井近くに飛んでいった。こちらを睨み続けていた誘拐犯は一瞬、呆然とした顔になっていた。
ただまだ翅は2枚背中に残っているし、両腕も残っている。僕は一旦振り上げた長巻の刃を即座に地に返し、まだ空中の誘拐犯に向かって振り下ろし背中の翅ごと左手を斬り落とす。さらに地面スレスレで止めて刃を上に返し、再び斬り上げて右手と最後の翅をもろとも切断した。まさか燕返しまで使えるとは、この鬼人ボディ優秀すぎるな。
そして僕が長巻を脇に引き戻すと同時に、誘拐犯の無惨な上半身が背中から床に落下した。周囲には引き千切られた下半身に切断された両腕と翅の残骸も散らばって、一見して猟奇殺人現場になってしまった。かなりグロテスクな状況だ。ひっ、と小さな悲鳴が聞こえる。ごめん、アイトさん。先に謝っておいてよかった。
だけどまだ誘拐犯は元気に生きていた、すごいなエーテルボディ。……そっか、痛覚がないし怪我しても最後まで動けるって言ってたっけ。図らずもそれを他人の体で実証してしまった。
「カツモトさんとやら、いろいろ切り刻んじゃってごめん。ところでまだ何か喋る気は無いの?どうしちゃったの?僕のことがそんなに嫌い?まぁこんな事した相手だから好きじゃないだろうけど……」
なんだか恋人が別れ話しているみたいなセリフになってしまったが、僕が先に謝っても誘拐犯は何も言わない。それどころかまだ何かやる気のようで、残った体をガタガタ震わせてこっちを睨みつけている。あと口からは相変わらずグガガガと唸る声しかしない。
「アイトさん、このカツモトさんって喋れないタイプのボディなの?」
目線はあくまでカツモトさんに向けながら、アイトさんに気になってた事を尋ねる。
「いえ、エーテルボディはどんなタイプでもみな普通に喋れます。でも今のカツモトさん、明らかにおかしいです。こんな攻撃的な人じゃありませんし、目の色も変です」
「もしかしてカツモトさんを真似た敵、という可能性はない?」
「……どうでしょうか。こちらの姿を真似する敵ですか…… ちょっと聞いたことがないです」
「じゃあ、敵に操られている可能性は?」
「そういった敵の存在も今のところ居ないと思います。……あ、でも探索中に意識が錯乱した人がいるって、以前誰かから聞いたような……」
「説得力ないかもしれないけど、僕はこの人を無力化するつもりで戦ったけど、カツモトさんは完全にこちらを殺す気だった。もし本人なら明らかに異常な事が起きている。一度、サギ女神……名前なんだっけ?ポータル管理者の元にこのカツモトさんを連れて行って診断してもらった方が良いと思うけど、どうかな?」
「マール様ですよ、サノさん。なんで名前忘れるんですか。でもカツモトさんをマール様に診てもらう事は私も賛成です。……すぐにでも脱出しますか?それとも私だけカツモトさんを連れて戻って、サノさんはこの後もダンジョン探索を続行しますか?」
ダンジョン探索に向かう際、僕らは一人ずつ、脱出ゲートという名前そのままのアイテムを渡されている。これはダンジョン内で使用すると、一瞬でポータルに空間移動出来るというスペシャルな優れものだ。
このアイテムの説明を受けた時、年甲斐もなくワクワクしたのを覚えている。軌道エレベーターもそうだけど、ワープで脱出というのは、僕にとって夢のシチュエーションなのだ。そしてこの脱出ゲートがあるから、ダンジョン探索で満身創痍になっても安全に帰れるわよとサギ女神が熱弁していたのだ。
「僕も一緒に戻るよ。無力化させたつもりだけど、万が一カツモトさんがまた何かしようとした時に、二人の方が安全だし、アイトさんの事も心配だし」
ワープ脱出を早く体験したいとは口が裂けても言えない。
「お心遣い、ありがとうございます。一人でも大丈夫です……って言いたいんですが、ちょっと不安なので、一緒に帰還をお願いします」
「はい、お願いされます。ところで脱出ゲートは1個で帰還できるのは一人だけ?」
「いえ、エーテルボディ同士が接触していれば、1つのゲートでまとめて帰還できます。申し訳ありませんがサノさんがカツモトさんに触れていて貰えますか?私がサノさんに触れながらゲートを作動させますので」
「了解、じゃあ急いで戻ろう」
そう言ってカツモトさんに触れようと近づく。けどジタバタ動くわ睨んでくるわグルルルと唸ってるわで、優しく触る気分でなくなってしまった。というかちょっとイラっときた。
「とにかく触れていればいいんだよね?」
そう確認して、カツモトさんのみぞおちを右足で思いっきり踏む。ぐぇっとカツモトさんが声をあげ、ようやく動きが止まった。ちょっとスッキリした。
「はい、接触完了。じゃあアイトさん、ゲートお願い」
「あの……それはいくらなんでもヒドすぎるような……」
「だって怖いもん。これが一番安全だと思うし、早く早く」
「私はサノさんの方がよっぽど怖いんですけど、今は仕方ないのかな……じゃあ脱出します」
僕の背中に左手で触れながら、右手でアイトさんがゲートを作動させる。辺りが赤い光で包まれ、音や重力が消えると、僕たちは一瞬でポータルに戻ってきた。こうして僕のダンジョン初探索は終了した。
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