第9話 憂愁のアイト
「じゃあ、2回目のダンジョン探索、行きましょう」
アイトさんが元気な声で僕を誘ってくれるが、それがカラ元気だと僕は思う。ポータルに連れ帰ったカツモトさんはいまだに治療室に入っており、回復の兆しがないとサギ女神から報告があったのだ。
「ここで治療できなかった場合、カツモトは本国に送って最先端治療を受けさせるから心配ないわ。あなた達はダンジョン探索を進めなさい。特にそこの新人はなかなか有望なようだから、アイトはしばらくサポートを続けなさい」
出発前に、私はいかにも心配してますよ的な顔でアイトさんを慰めていたサギ女神。僕はわかる、あの顔は絶対に演技だ。という事は言っている事もウソだろう。サギ師の言う「心配ない」ほど心配な事はない。ただこのポータル内ではサギ女神に従うことしかできない。仕方ない、今はダンジョン探索に行くしかないか。
せっかくの軌道エレベーターも、こんな状況なので心が弾まない。アイトさんは終始無口のまま、ダンジョンの建物に着いてしまった。そしてやはり無言で建物の壁を登り、ダンジョンに入る。入口に飛び込む際、ウケを狙ってわざと転ぼうかなとか思ったけど、多分うまく行かないだろうと思って自重する。最初に入ったときに薄暗く感じたゼロ階が、今はもっと暗く感じる。
「今まで、治療室に入れられた人で、戻ってきた人は居ないんです」
俯いたまま、アイトさんが斜めの床に腰掛けながら、ぽつぽつと喋りだす。
「マール様は治療室に入れた後、しばらくすると『ここでは治療できないから、本国に送ったわ。これで大丈夫よ』って言うんです。でもその後、本国から再びポータルに戻ってきた人はいませんでした」
「治療に時間がかかるとか、そもそもポータルから本国に行くまで時間がかかるとか、そういう理由もあるかも」
心にもない事を言って慰める。でも多分、アイトさんもサギ女神のウソにそれとなく気付いているんだろう。だからこんなに落ち込んでいるんだ。
「そうですね…治療には時間がかかるんですよね、きっと」
「本国に送られた人の人体は、あの氷の壁の中に残ってるのかな?」
「いえ、いつの間にか、あの壁の中からも居なくなってます。マール様は治療のために本国に一緒に送ったと仰ってました……」
「そっか、じゃあ本国で回復して、人間の体に魂が戻って、元の世界に戻ってるのかもしれないね」
「ええ、そうですね。そうだと思います……」
まぁもし本当に治療が成功したなら、サギ女神はそう言うよね。僕らを安心させるために。ウソでも本国に送って治療が成功して元の世界に戻したって言えばいいのに。あのサギ女神、ホント底が浅いんだよね……
「じゃあ、気を取り直して、B1に入ろっか。実は前回、倒したネズミの上に顔料を撒いておいたんだ。それがどうなったかまず確認したい」
「え?顔料?それで何かわかるんですか?」
「うん、死んだネズミがどこに行くか調べたかったんだ」
B1フロアに進む。まず前回動かしたコンテナを見ると、僕が動かした場所にすべてあった。次に奥に進み僕がネズミと戦った場所に行くと、そこに死骸はなく綺麗な床だけがあった。僕がネズミに撒いた赤い顔料は、死骸のあった場所から床にあいていた小さな穴へと続いていた。
「そういえばネズミの死体はいつの間にか無くなってます。誰かが掃除してるんでしょうか?」
「ほら、ここ。床に小さな穴が開いてる。顔料はここに流れてるから、死んだネズミはここから片付けられてるみたい」
「え?こんな小さな穴がネズミを飲み込んでるんですか?」
「死んだネズミはしばらくすると粉とか液体とかに分解されて、この床が吸い込んでるのかも」
床にあいた穴は他にもたくさん見つかった。他の死骸にも同じように顔料を撒いておいたけど、みんな死骸のあった場所からいずれかの穴に顔料が繋がっていた。
「地球よりテクノロジーが進みすぎていて流石に詳しくはわからないけど、このフロアは常に清潔にするための仕組みがあって、今も動いているようだね。」
「それで死んだネズミがいつの間にか無くなってたんですね。あ、前回床を調べてたのって、これを確かめるためですか?」
「うん、それもある。このフロアの床はホコリが全然落ちてないし、何より水平だったから」
「水平?平らって事ですよね?床が平らで何か問題があるんですか?」
「うん。おかしいよね。だってこの建物、斜めに建ってるのに、この部屋の床は平らなんだよ。」
「え?」
そうなのだ、ダンジョンである建物は見た目からして傾いているし、最初に降り立ったゼロ階の床も傾いていた。それなのにB1に入った途端に、床は水平だった。さらにネズミの死骸を自動で片付ける機能を持っている。この建物は魔法のように凄まじい技術力を持っている。
「ゼロ階層の床は斜めだった。建物が傾いているから、床も傾いてる。でもこのフロアは床が平らだ。そしてもう一点、建物の直径よりこのフロアの奥行きの方が明らかに長い。って事は、このフロアは惑星の重力とは違う方向に重力が働いている」
僕の説明を聞いて、アイトさんも理解したようだ。
「だからどうした、って訳じゃないんだけど、この建物はもの凄い技術力で作られていて、今も稼働している。ダンジョン探索ってサギ女神は言ってたけど、僕はそんな軽い内容じゃないと感じてる」
あのサギ女神が本当に地球のデート商法と同じ連中だったとしたら、僕たち探索隊なんて自分の欲を叶えるための道具だろう。そして僕たちのの命や人生なんて、道端の石ころより価値も興味もないはずだ。
そもそもエーテルボディ自体が、ものすごい発明だ。人間の魂を使った、不眠不休で決して死なない、何度でも蘇る超人兵士。地球では覚醒剤や筋肉増強剤が軍事目的で開発されたように、このエーテルボディも戦争のために開発されたものだろう。
そんな最先端の軍用兵器を、なぜダンジョン探索に使うのか?それだけ価値のあるものがここにあって、それをあのサギ女神は求めてる。
ただこのダンジョンは、どうやらサギ女神と敵対しているように思える。50体のエーテルボディを動員しても、まだ半分しか探索できていないのだ。何かおかしい。なにがレジャー気分でダンジョン探索を!だ。あのサギ女神め、必ず本性を暴いてやる。
その後、B1フロアの奥に居たネズミ3匹をサクッと片付けて、僕とアイトさんはB2に繋がる扉を通過した。
「次のB2フロアですが、敵で出てくるのは正真正銘のロボットです。天井や床に何台も待ち構えています。ロボットについて、サノさんの事ですからデータは見ていると思いますので、私の経験から説明します。まず、とても頑丈です。正直に言って、私の戦闘能力では壊せませんし、戦闘型ボディの人でも倒すのは難しいです。ですのでこのフロアはいつも戦闘を避けて駆け抜けてます。」
「アイトさん一人なら、問題なくここを抜けられるの?」
「絶対、とは言えませんが、多分大丈夫です。」
「じゃあ、アイトさんに先に行ってもらって、それを参考にしていいかな?」
「はい、そのつもりでしたので、私が最初に突入します。他の皆さんも使っている抜け方を使いますので、参考にして下さい」
「了解しました。アイト教官、お手本をお願い致します!」
「ふふ、わかりました。サノ君、私について来なさい!」
イエス、マム。と意気込んでB2フロアの扉をくぐる。そしてそこはB1より広い空間に、たくさんの防衛ロボットが隙間なく整然と並ぶ、恐ろしい要塞のような光景がまっていた。見渡す限り、ロボット、ロボット、ロボット。あれ?ちょっとこれは想定外だぞ……。
フロアの縦横はさっきのB1より大きいはずなのに、緑色の床に一定の間隔でロボットが何十台も並んでいるので窮屈に感じる。ロボットは僕より巨大な球型で、直径は3メートル以上はありそうだ。その丸い体から伸びた4本のアームには、すべてハルバードのような殺意に満ちたゴツい武器が備わっている。球体は床から50センチメートルほど浮いているように見えたが、よく見ると床と球体の間がシャフトで繋がっていた。ロボット自体が移動して襲ってくる事はなさそうだけど、長くて頑丈そうなアームの射程範囲に入ったら、無事では済まないだろうなと簡単に予測できる。
アームやロボット本体の表面は建物と同じように黒光りした材料のようで、いかにも硬そうだ。ポータルで見たデータには、このB2のロボットを今まで完全に破壊した探索者は居ないって書いてあったけど、実際に姿を見ると納得できる。自分よりでかい金属の球なんて、壊せるとも壊そうとも思わないもん。鉄球クレーンと勝負したくないよね。
しかも1個だけでも威圧される球体ロボットが、横一列に十数個、その奥にも同じようなロボットの列がいくつも並んでいる。うわーと思って視線を上に向けると、天井には頑丈そうなレールが設置されていた。あのレールによじ登って行けば球体ロボットを避けて行けるかなと思ったけど、甘かった。でかい中華包丁みたいな凶器がいくつも付いた、直径1メートルくらいの円盤がレールを巡回している。多分、敵を見つけたら円盤が回転して凶器を振り回しながら襲ってくるんだろうな。憂鬱に天井を見回してみると、そんな凶器付き円盤が何個もレールを走っている。
このフロアの設計者がここに居たら「オレはここを五体満足で通過させるつもりはない」と言い切るだろうな。シュレッダーとかゴミ破砕機の中をくぐり抜けるレベルの難易度でしょこれ。いやー、探索者の先輩方を甘く見てたかもしれない。正直、この鬼人ボディでも無傷で通り抜ける方法が今のところ湧いてこない。先輩方はどうやってここを突破してるんだろう、全然想像つかない。
そうだ、アイトさんが突破できる方法を教えてくれるって言ってたっけ。さすが忍者。お手本を見せてもらおう。
「うそ……。何これ?」
ん?アイト教官から思いがけない言葉が聞こえたような……
「アイト共感。じゃあさっき言ってた通り、このフロアの突破をお願いします。参考にしますので……」
「いえ、あのですね。違うんです」
ん?何が違うんだ?
「今までこのB2フロアですが、あの球体ロボットが全部で20体くらいしか居なくて、しかも自走式だったんです。それらが陣形を組んで襲ってくるので、いかに隙を見つけて通り抜けるかが重要でした。中にはロボットの攻撃を抜けられない人も居ますが、そういう場合はこちらも多人数で突入してフォローし合う事で、何とか突破できてたんです」
なんだか、すごく嫌な予感がしてきたぞ……
「それが今回、フロアの中がまるっきり違います。今までの数倍ものロボットが待ち構えています。しかもほとんど通り抜ける隙間がないようです。さらに床に固定されているので、誘導も効きません。……天井の円盤ロボットも前からありましたが、あんなにたくさん居ませんでした。レールも円盤ロボットも明らかに増えてます…… 全然、まるっきり、今までと違いすぎます。なんでこんな事に……」
改めてフロアを見回してみれば、球体ロボットの配置は絶妙で、最初の列と次の列は位置が少しズレて立っている。なのでスピードを活かして一列目のロボットの隙間を走り抜けたとしても、すぐに次の列のロボットに真正面からぶつかる事になってしまう。天井のレールも真っ直ぐな所はないので、変則的に動く円盤ロボットを避けるのは至難の業だろうな。
「今更こんな事を言うのは恥ずかしいんですが、正直このフロアを突破できる自信はありません。」
「そっか。そんなに今までと違うんだ」
「はい、こんなに大量のロボットが居るなんて……これじゃあ今後、誰もここを突破できないんじゃ……」
エーテルボディなので顔色は変化しないけど、なんとなくアイトさんの顔が青くなっている気がする。あれ?以前言ってたのってこのフロアの事かな?
「例えば頑丈な装甲車を持ってくれば、突破できるかなぁ。以前アイトさんがダンジョンの中だと装甲車が使えないって言ってたけど、このロボットが理由なの?」
「いえ、装甲車が使えなくなる理由はもっと先のフロアにあります。でもそうですね、装甲車を持ってくれば、ここを突破できるかも……」
「ただロボットの数が多いし隙間が狭いから、簡単には行かないかもね」
彼女も同じ事を思ったようで、ガッカリしているのが分かる。しかしこのダンジョンすごいな。どんどん進化してるって事なのか……。そのうちネズミもパワーアップして金色のスーパーネズミとかになりそうだ…… あ、そっか。その手があった。ちょっと確認してみよう。
「じゃあアイトさん、一度戻ろっか」
「はい、そうですね。こんな状況ですから、一度ポータルに戻ってマール様に相談した方が良いと思います」
「ん?違うよ。B1に戻ろう」
え?と声がするが、こっちはなるべく急ぎたい。説明はあとでね。
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