第10話 躍動のサノ

再びB1に戻ってきた。急いでさっき倒したネズミの死骸を探す。よかった、まだあった。


「アイトさん、僕がネズミ2匹持っていくから、1匹お願い」


「え?ネズミをどうするんですか?」


「実験」


意味がわからないという顔をするアイトさんだけど、僕が急かすとわかりましたといってネズミ1匹を軽々と持ち上げた。戦闘用ボディでなくても膂力があるんだな。


フロア同士を繋ぐ扉と通路は広くて、ネズミ2匹を両肩に担いだ僕でも、余裕で通り抜けられた。そしてB2に入り、床に死骸を一旦置く。B2フロアは入口とロボットまで20メートルほど空間があって、入口近くにいる限りはロボットは攻撃してこない。ただロボット近くの緑色の床に白線が引いてある。多分、あの白線を越えると攻撃してくるのだろうな。


「さて、安全装置と味方識別はちゃんと装備されてるのかな?」


そう言いながらネズミの死骸を1つだけ持って球体ロボットに近づいていく。床の白線手前まで来ると、ロボットが一斉にこちらを見るような動きをする。うわ、めっちゃ怖い。


さあ実験だ。手に抱えていたネズミの死骸をロボットに向けて思いっきり投げてみる。狙い通りにロボットの表面に結構な勢いで当たったが、その際にアームが咄嗟にネズミに当たらないように避ける動作をしたのを確かに見た。そしてネズミの死骸は丸い表面に沿って、そのままロボットとロボットの間に落ちた。なるほど。


再び入口近くに戻り、もう一匹のネズミの死骸を、今度は頭上に持ち上げた。その姿勢のまま、ゆっくりロボットに向かって歩く。緊張の一瞬だ。


いつでもバックステップ出来るように準備をしつつ、ゆっくり白線を一歩越える……ロボットはこちらを向いているが、予想通り攻撃してこなかった。あー良かった。


そのまま一列目のロボットの隙間を通り抜けようとすると、一列目の球体ロボットが回転し、こちらにハルバード付きのアームを向けてきた。そして天井も円盤ロボットが中華包丁を回転させながら集まってくるが、一定距離まで近づくと停止した。ちゃんとネズミを識別しているようだ。最終確認としてネズミをハルバードに近づけると、それを避けるようにアームが動く。これなら大丈夫だろう。


「アイトさんもネズミを担いで僕についてきて。大丈夫だから」


僕の実験をハラハラしながら見守っていたアイトさんも、なんとなく理解したようで、ネズミを抱えてこちらに歩いてきた。ちくしょう、死んでるネズミのくせに抱っこされて羨ましい。



「まさかこんな方法があるなんて……」


最後までおっかなびっくりだったけど、ロボットの大群を無事突破し、僕とアイトさんは無事にB3につながる扉をくぐる事ができた。ネズミの死体はB2のフロアに置かず、そのまま次のフロアに持っていく。


「ロボットとかの無人兵器って基本的に攻撃が味方に当たらないように設計されてて、味方の識別と、もし味方だったら攻撃しないように安全装置が付いてるんだよね。このネズミもちゃんと識別が付いていたから、ロボットの安全装置が作動して攻撃して来なかったんだよ」


「じゃあもしネズミにその識別が無かったら、B2を突破できなくなりますね」


「まあその時は、あのロボット1体を何とか無力化して床から引っこ抜いて、転がしながら移動すればいいかな」


「えー、それ大変そうです……」


このダンジョンの設計はものすごくしっかりしていて、ネズミにもきちんと味方識別を入れていたし、ロボットにも同士打ちの防止機能を入れていた。素晴らしい。B1も完璧な清掃機能が今も働いてたし、設計者は基本に忠実な人なんだろう。性格悪そうだけど、なんとなく仲良くなれそうだ。



巨大なネズミの死骸を両肩に抱えながらB3に繋がる通路を歩いていく。狭い空間で女の子と2人っきりなのに、最低の絵柄だ。ロマンチックもあったもんじゃない。しかし今のところ、この通路の中とフロア扉近くには敵が出てこないんだよな。なぜだろう。ダンジョンマスターの優しさなんだろうか。


「B3は完全に真っ黒なフロアになります。敵は通称ムカデで、とても大きい上に早く動きます。暗い空間の中、ムカデが四方八方から襲いかかってくるわけです。ただ地球のムカデと違って、噛み付きはせず体当たりが主な攻撃です。フロアの天井が低くムカデの高さと同じ位なので、ムカデの攻撃をしゃがんで躱したり飛び越えたりするのは不可能だと思います。あとやはりムカデも固いので、私の攻撃力だとちょっとつらいです。ですので私の場合は先程と同様、このフロアは駆け抜けています」


「僕、ムカデ苦手です。帰りたい。」


「帰ってもいいですよ。私一人で頑張りますから。ムカデにやられちゃうかもしれませんが、サノさんの事は恨みません。嫌いにはなりますけど。それでよければどうぞ帰って下さい」


「アイトさんも言うようになったねー」


なかなか愉快な冗談……冗談だよね?をいうアイトさん。でも昔、靴の中に隠れてたムカデに噛まれてから苦手なんだよねー。まぁエーテルボディなら毒は効かないだろうから……効くのかな?


「ムカデを倒す人っているの?」


「ムカデと相性が良いボディの人だと倒して進みますね。昔は火力のある銃火器でも倒せたらしいです」


「あと真っ暗って事だけど、明かりは使わないの?」


「私は基本的に夜目が効きますので、大丈夫です。あと明かりも作りますので、サノさんはそれでムカデを避けるか戦うか、判断して下さい」


どうもイマイチ内容が理解できなかったが、とりあえずB3フロアに入る。うわ、ホント真っ暗だ。豆電球程度の明かりすら無い。エーテルボディは光源がなくてもある程度の視覚があるみたいだけど、それでもこの暗さは厳しい。そしてフロアに入る直前から、真っ暗な空間のあちこちからガサガサガサという虫特有の嫌な音が鳴り響いている。もうその音だけで鳥肌が立ちそう。


「ムカデは全部で5匹いますね。サノさん、みえますか?」


「うーん、輪郭はなんとなく分かるけど、遠いのかな。距離がつかめない」


「わかりました。では私が明かりを作りながら進みます。B4に続く扉の前まで進んだら、また戻ってきますので、ここで待ってて下さい」


「了解。ところでムカデはいつもと一緒?違う所はなさそう?」


「はい、今のところは特に変化はありません。もちろんさっきの事がありますので、いつも以上に注意していきます。ではちょっと行ってきます」


そう言うと彼女は両手を床につき、陸上のクラウチングスタートのような体勢になった。目を細め、小さな唸り声を上げると彼女の体毛がブワッと広がり、風もないのにユラユラと揺れ始める。いつの間にか尻尾も生えていた。


「発光!」と言った瞬間、アイトさんの金色の体毛が輝き始める。おー、すごくきれい。金色の狐……宮川舎漫筆の金狐みたいだ。これが彼女の本気モードなんだろうな。


「行きます」その一言が発せられた刹那にアイトさんがフロアを駆け抜けていく。金狐が走った後を、タンポポの綿毛みたいなフワフワとした光が広がっていく。ああ、発光する体毛を周囲に飛ばして明るくしてるんだ、ポータルの説明書に書いてあったなー、キレイだなー、などと思った矢先に、その光でムカデの姿が明確になって気持ちが萎えてしまった。


ここのムカデは、地球のムカデをそのまま何百倍にも大きくしたような感じだが、頭部は単眼で触覚や牙がなかった。噛まれる心配はなさそうで良かった、けど、脚が……脚が、一つの節に2本どころか、節のまわり全てに何本も生えていた。見た目は毛虫に近い。毛の代わりに脚が生えた毛虫というか……うわー、ダメだ。生理的にダメ過ぎる……。


細くて長くてシャカシャカと嫌な音を立てる脚を動かして、フロアのあちこちにいたムカデがものすごい速さでアイトさんめがけて駆けつけて行く。脚を床と天井の両方に触れながら移動しているので、変則的な動きもしてきそうだ。全長は20メートルくらいかなぁ。ちょっと短い。ほんと、毛虫とムカデの気持ち悪いところを合体させたような生物だ……ダメだ、何度見ても気持ち悪い。ここの設計者とは仲良くなれそうにない。


そんな毛虫とムカデを足して2で割り忘れた気持ち悪い虫が、金色に光るアイトさんに向かって、体と脚をうねらせながらどんどん群がっていく。ただムカデの動きは確かに早いが、アイトさんはそれよりはるかに早くしかも俊敏だった。横ステップを挟みながら、みるみる間にすべてのムカデを躱して目的の場所に着いたようだった。あと扉の前はすべて安全地帯というか攻撃対象外になっているようで、ムカデの動きがピタッと止まっていた。


しばらく金色の光は動かなかったが、少ししてから今度はこちらに向かって走り出した。向こうに集まっていたムカデもすぐにまた追跡を再開するけど、やっぱりアイトさんのスピードは桁が違いすぎて、全然相手になってない。金色をまとった、まさに稲妻のような軌道を描きながら、ムカデを置き去りにして僕の近くに戻ってきた。


「おまたせしました、こんな感じです。」


全然息切れしていないアイトさん。余裕綽々のご様子。


「アイト教官!すごいです!感動しました。きれいで格好いいです!」


パチパチと拍手をしながら素直に感想を述べる僕。アイトさんの表情は変わらないけど、嬉しそうな雰囲気が伝わってきた。


「あとムカデが想像以上に気持ち悪いので帰りたいです」本音を言う僕。


「ここまで来て帰るのはダメです」ダメだった。

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