第11話 一段落の二人

そんな会話をしていると、ようやく遅れてムカデがこちらに到達した。結構なスピードだったので、その勢いのままこっちに突進してくるのかと思ったけど、扉手前で急停止してグネグネとこちらの近くを周回し始めた。虫のくせにこの攻撃してこない範囲をどこで識別してるのだろうか。


明かりも出来てムカデも近くまで来たので、じっくり観察できるようになったけど、近くで見るともっと気持ち悪かった。全身全周に付いた脚を螺旋の渦状に動かし、体もぐるぐる回しながら動いてる。目が回らないのかな。


試しにネズミの死骸を一番近くに来たムカデの奥あたりに放り投げると、一つ目を見開いていきなり速度を上げネズミに体を擦り付けるように走り出した。ムカデが通り過ぎた後は、ミンチ状態の何かが床に落ちている。うっわー、あの脚は武器にもなっているのか……絶対に喰らいたくないなー。


「ネズミ戦法、ムカデには通用しないみたいですね」


「ロボットと違って、認識能力がないんだろうね。ムカデ同士は認識してそうだけど、それ以外はすべて攻撃対象って感じだね」


このダンジョンのムカデは、高度な知能を持ってなさそうだった。しょせんは昆虫か……しかし眼の前にいる一つ目ムカデ、僕は気持ち悪いのに、アイトさんは至って平気そうなのが不思議だ。


「このフロアの攻略ですが、どうしますか?私のようにムカデを避けながら次の扉まで逃げるか、それともムカデを倒して進むか、どちらかだと思いますが?」


「アイトさんがバラ撒いてくれた光ってどれ位持つの?」


「一時間はこの明るさを保ちますが、それを過ぎると段々光が弱くなっていきます」


「一時間ね、それだけあれば十分かな。じゃあムカデを倒します。帰りたいけど」


「ふふ、サノさんなら倒すだろうなと思ってました。あと帰らないで下さいね」



ふぅ、とため息をつくと背中のバックを床に下ろす。あのムカデの脚にワイヤーを絡ませれば動きが封じられそうだけど、5匹居るし、動きを封じる前に脚がこっちに届きそうで怖い。それに前のフロアと違ってムカデを倒している先輩方もいる。多分、狙うところは一緒だろう。


僕は組立式の長巻と、短めの針を何本か取り出した。針といっても30センチメートルくらいの大型で鏃が付いた特注物だ。元はブロウガン(吹き矢)用の針だけど、この鬼人ボディの場合、右腕に圧縮空気砲が付いていて、右手首の射出口でこの針を飛ばせるのだ。


この針は矢よりも短いし矢羽根もないので、近距離でないと狙った所にまず命中しない厄介なものだが、近距離であれば威力はボウガン並。ふふふ、少し古いが気分は必殺●事人の簪使いだ。


「じゃあ行ってくるねー」


「はい、気をつけてくださいねー」


まるで仕事に向かう旦那が、新婚の妻と玄関先で交わす挨拶のようだ。向かう先はムカデ退治だけど。


長巻を背中に一旦収めて、安全地帯の扉前から危険エリアに進む。待ち構えるムカデのうち、向かって一番左側のヤツにまず狙いを定める。


「せいっ」 


脚のバネを溜め、真ん中のムカデに向かって走り出すと、それに応じるように5匹が同時に襲いかかってきた。しかしすぐに両手を床につけて、全速で一番左のムカデの更に左側に回り込んだ。アイトさんほどではないが、鬼人の四足での全速力も瞬間であればムカデに負けないくらい早い。さらに緩急をつけて更に一気に向きを変えたことで、ターゲット以外のムカデは僕を攻撃範囲からロストした。天井が低いしヤツラは脚が長いので、近い位置から同速度で並んで動きだすと、隣りにいるムカデがちょうど壁になってしまうのだ。


結果、左以外のムカデは大回りしないと僕を捉える事が出来ず、しかし大回りするには壁が近いためにそれが出来ない。ホントこいつら、連携プレーが出来ないよな。サッカーボールにわらわら集まっちゃう小さな子供みたいだ。


計画通り、これで狙ったムカデと1対1の状況ができた。他の4匹を待つこと無く、左のムカデはこっちに突進してくる。そして地球のムカデと違って、こいつらは牙がなく、攻撃は体をこすり付けて脚で削るのみ。真っ暗な空間で多数のムカデがいろんな方角から高速で攻撃してくる状況なら恐ろしいけど、明るい場所で1対1で正面から戦うなら、いくら早くても大した脅威はない。しかもフロアは低いから、ムカデの動きは左右だけに制限される。長所でもあるが欠点でもあるんだよね。


単調な動きしか出来なくなったムカデに対して、僕は落ち着いて右腕を伸ばし、ブロウガンをムカデの単眼に打ち込んだ。この距離なら絶対に外さない。バチンっとゴムがちぎれたような激しい音が響いてデカい眼球が吹き飛び、ムカデの回転が止まった。このブロウガン、なかなかの威力で素晴らしい。


そのまま急いでムカデの死体にピッタリと身を寄せると、ようやく二匹目のムカデがぐるっと回り込んできた。僕の姿を捉えたようだが、死んだムカデの体が邪魔なようで、ちょっと距離を取った所で速度を落としてウネウネと躊躇している。僕は落ち着いて2本目の針をブロウガンにセットし、やはり眼球を狙い撃った。さっきより少し距離があったので眼球のど真ん中ではなく縁に当たってしまったが、ダメージは大きかったようで動きがかなり鈍くなった。すぐさま前に駆け出し、長巻を突き出して目玉中央を奥まで貫くと、2匹目のムカデもブルブルと震えて、蠢動していた脚が停止した。断末魔の悲鳴とかないのかなと思ったけど、コイツラ牙どころか口自体がないようだ。ふむふむ。


再びムカデの死体にピッタリ寄り添って、針をセットする。残った3匹も、2匹目と同様に死んだムカデの体を隠れ蓑に使ってとどめを刺す。こうなるとほとんど作業だ。



戦闘が終わって落ち着くと、またゾワゾワと気持ち悪さが込み上げてきた。毛虫もムカデも余計に苦手になりそうだ……アイトさんが作ってくれた明かりが消えない内に、B4への扉に向かう。アイトさん自身はもう発光を止めているけど、あれキレイだったから時々見せてもらいたいな。


「お疲れ様です。やっぱりサノさん、すごいです。ムカデ相手に楽勝なんて……」


「いや、今回はアイトさんのお陰。僕一人だったら暗闇の中でウネウネ動き回るムカデを倒せなかったと思う。アイトさんが明かりを作って、さらにムカデを都合のいい位置におびき寄せてくれたんで倒せただけ」


「いえ、それでもすごいと思います。初見でムカデを倒した人は私が知る限りでも3人くらいしか居ません。私がダンジョンに入った頃は、新人探索者のほとんどがこのムカデにやられてポータルに戻ってました」


「そういう前の人が情報を残してくれたから、僕もムカデを倒せた。だからアイトさんや先輩たちのお陰だよ。そんなに褒めないでよ」


これは紛れもない本心だ。僕一人だったらまず対処できなかっただろう。そもそも一人でこのフロアに来ていたら、生理的嫌悪感で戦うどころか撤退してたと思う。アイトさんがいたから、格好つけて戦っただけのような気もする。しかしダンジョンを脱出するたび、何度もここを通らなければならないのか……憂鬱だなぁ。


「いえ、大丈夫です。次のフロアにマゼランポイントが設置されていますので、そこまで到達すれば、次からそのマゼランポイントからダンジョンに入ってこれます」


「マゼランポイント?」


「はい、出張ポータルというべき中継地点です。B5に繋がる扉の前にあります。マゼランポイントにエーテルボディの信号を登録すると、宇宙にあるポータルからマゼランポイントに直接転移できるようになるんです。サノさんをそのマゼランポイントまで案内するのが案内人である私の役目なんですよ。ですのでB4クリアがとりあえずの目標になります。まさか2回目の探索でB4まで来れるとは思いませんでしたが……。ただ気をつけて下さい、B4はここまでと違って、フロアは広く複雑な上、フロア自体も攻撃してきます」


そう言われて僕はポータルに蓄えられていたダンジョンの資料を思い出す。ただその資料、絵や写真がなく文章ばかりで構成されてるので、実際に自分で経験しないとイマイチ使えない。文章だけで先入観を持ってしまうのはあまり良くないし。結局自分がフロアをクリアした後に「ああ、あの資料はこれを説明してたんだな」と気付く方が多い。


そういう意味だと、ゲームの攻略本ってホント良く出来てると思う。マップや敵情報がわかりやすいし、世界観の解説とかも読むだけでワクワクするし。なかにはゲームを持ってなくても攻略本を買って楽しんでいる人もいると聞く。サギ女神もそういう「初心者向け!ダンジョン攻略本!」とか作ればいいのに。


あの詐欺師、本当に面倒くさがりだよな。キレイな顔と薄い話術しか持ってない。札束のお風呂に入るとか、ウェストが一ヶ月で半分になったとか、もっと人を騙す努力をすれば、僕も多少は信じる気になるのにね。


「サノさん、考え事ですか?」


「あ、ごめん、ポータル情報を思い出してた。たしかB4は、敵も何種類か居るんだよね?」


「はい、数も種類もたくさんいます。ただちょっと不思議なんですが、襲いかかってくるのは一種類だけなんです。他の種類は混じっていません。一種類を倒すと、次の種類が出てくる、そんな感じです」


なるほど、確か情報だとB4の敵は生物系中心のはず。ということは……


「多分、ムカデと同じで複数条件が組み込まれていないんだろうね」


「え?複数条件?サノさん、B4のナゾをもう解いちゃったんですか?やっぱり名探偵●ナンなんですか?」


「ちがうよワト●ン夫人。僕の事はホー●ズと呼びたまえよ。人が考案した物は、人が解明できるのさ、だっけ」


「ワ●ソンは男の助手で、ヒロインはハド●ン夫人ですよ。というかサノさんは、このダンジョンやモンスターは人が作った物、と考えているんですか?」


「ワ●ソンとハ●ソンって、ほとんど同じだよね」


「違いますって。サノさんって人の名前を覚えるのが苦手ですよね。マール様の名前も忘れてたし。それより誤魔化そうとしてますよね。ネズミが同じ個体だって事も含めて、いつ説明してくれるんですか?」


「マールって誰だっけ……?ああ、サギ女神か。あー、説明、説明ね……。いつしようかな。そのマゼランポイントに到着したらでいい?」


「はい、それでいいです。約束ですよ。絶対に説明してくださいね。私モヤモヤしてるんですから」


そんな会話をしながら、B4の扉を開ける。アイトさんも通路と扉を開けた所だけは敵が襲ってこない安全地帯だと知っていた。ただ、それが思い込みだった場合、非常に怖い。僕がダンジョンの運営側だったら、その部分をジョーカーに使うよな…

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