第12話 石宮殿の戦い

「うわー、こりゃ壮観だねー」


B4に繋がる扉を開けて目に飛び込んできたものは、ひとことで言えばでっかい石の宮殿だった。今までよりも高い天井は煌々と明るい光を湛えている。壁面も床も凸凹がまったくないフラットな面。そんなフロアの中心に、大理石のような光沢のある素材で出来た宮殿がそびえ立っていた。宮殿は平面と直角のみで構成された無骨ながら壮大な建物で、一階がとても高い。思いっきりジャンプしても多分2階に届かなそうだ。


そして床には花崗岩のような粒状模様が入った石の通路が真っ直ぐにのび、宮殿の中に繋がっている。あと今までのフロアは床が全部硬い金属のようだったけど、ここのフロアは宮殿と通路以外は、芝生が生えているようだった。


宮殿はサンクトペテルブルグのような豪奢な模様や装飾はなく、シンプルな見た目だけど、観光名所になってもおかしくない、そんな建物だった。建物だけは。


ただ地球の宮殿と違って、目の前の宮殿は庭がとても狭いのがアンバランスだった。宮殿とフロア壁との隙間も狭い。都会の密集住宅地に無理やり建てられた結婚式場のような、巨大なビルに取り囲まれながら孤軍奮闘するど根性ビルのような……


あとフロアが変わっても、壁や天井はこれまでと全く同じ、黒くて硬質のままなので、これもまた違和感の原因だと思う。せっかく宮殿を作るなら、空間に余裕を持たせて、建物と周囲の見た目も合わせればいいのに……このフロアの設計者、手を抜いたな。


「このフロアは5つの建物が順番に並んでいて、その先にB5に繋がる扉があります。そこにマゼランポイントも設置されています。建物を越えていく方法ですが、あの大きな通路に沿って中を進んでもいいですし、建物の外と壁の間を抜けても良いです。宮殿の屋根を乗り越えるのも当然ありです。ただどの進路でも敵は襲ってきますし、建物自体にも攻撃されます。どこを進むか選んで下さい」


「一番簡単なルートってどれかな?」


「その人の特性によりますね。私は自分一人だったら屋根を越えていくルートを通りますが、パーティを組んだ場合は通路を進んだ方が良いと思います。そうそう、言い忘れてましたが、このフロアでは、私の行動をサノさんが決めて下さい。別々に行動してマゼランポイントで待ち合わせるか、2人一緒に行動するか、どちらでも構いません。また一緒に行動する場合は、私も戦闘に加わった方がいいか、逆に私は極力逃げ回っていた方がよいのかも決めて下さい」


うーん、鬼人ボディに慣れるためにも、今の時点でなるべくソロ戦闘をこなしたい。でも一緒に行動して、いろいろ教えてほしい面もある。どうしようかなぁ。ただこのフロア、ちょっと嫌な予感がする。別々の行動は避けたほうがいいかな。


「じゃあ、アイトさんと一緒に行動で、戦闘は僕がメイン、危なくなったらサポートをお願い。ルートは通路に沿って、宮殿内を進むことにします」


僕はバックパックから小柄と小太刀を出して腰の後ろにかけ、ブラストナックルを右腿の留め金に、ブロウガンの針を束ねたものを左腿に留める。長巻は右手に持ったまま、これで大丈夫かな。しかし武器の換装にいちいちバックパックを開けて取り変えなければならないのが面倒だね。投擲武器をいっぱい体に着けたせいで、歩くたびにそれらが鳴ってちょっとうるさい。これじゃあ隠密行動は無理だな。ポータルの技術に四次●ポケットとかないのかな、次元転移とか使えるならあっても良さそうなんだけどな。



「建物内で一番使いやすい武器は銃なんだろうけど、銃火器厳禁なんだよね」


「はい、このダンジョンは銃や大砲を使おうとすると、いつからかその武器が爆発するようになったんです。マール様はアンチパウダーと仰ってましたが」


「銃を撃つ時に発生するガスと反応するのかな。厄介だね。」


「このダンジョン内の空気に、そのアンチパウダー成分がいつの間にか含まれてたそうです。そのため地球でいえば古代の戦い方に戻ったと言ってました」


弓と投石で戦ってた時代かな。確かに出発前に用意されていた武器の中にも、銃やロケットランチャーとか一切なかった。ポータルには銃火器を持ち込んでた記録があったから、多分どこかでダンジョンマスターが対策したんだろうな。


あれ?学習能力があるダンジョンマスターなら、自分たちも銃火器を使えばもっと効率よく防衛できると考えるはず。なのに、なぜ銃火器そのものを使用禁止にしたんだ?


それにサギ女神ではなくダンジョンマスターが、銃火器を敵味方で使わせないようにした、というのも意味があるはず。あ、ちょっと見えてきたぞ……



「鬼人ボディに適した飛び道具は大弓だけど、嵩張るから持ってこなかったんだよなー。そういえばアイトさんも飛び道具使うの?」


「はい、短弓っていうんですかね、小さめの弓を使います。私の場合は動きながら敵を狙いますので」


そう言いながら、アイトさんが左腕につけている弓を見せてくれる。なるほど、忍者だから手裏剣とか使うのかと思ったけど短弓か。


「その弓でもムカデの眼球なら貫けそうに見えるけど」


「確かにきちんと狙えば行けるかもしれません。でもムカデの場合、逃げた方が簡単で安全ですから」


まぁ無理して戦う必要はないよね。第一目標は敵を倒すことではなくダンジョン探索だから、なるべく消耗を避けたいところだし。


「じゃあ突入する前に、いったんエーテルチャージをしましょう」


そうだ、この体は50時間以内に1回、補給が必要になる。B2に入る前に1回目のチャージをしたけど、そうか、もうそこから2日近くも経ったのか。


補給は後頭部にあるコネクタに乾電池みたいな補給源を差し込むだけ。所要時間は10分程度だ。だけどこの後頭部に異物を差し込むという行為、最初も今も慣れなくてめちゃめちゃ嫌なんだよな。絵面も変だし。


実際、隣で後頭部にでっかい乾電池もどきを挿しているアイトさんの姿も違和感が拭えない。そう僕が言うと、彼女は別に気にならないようだった。


「口にコネクタ作れば良かったのに。そしたら缶ジュースを飲んでる感じで違和感なくなったのに」


「なんかおしゃぶりしているようで嫌です」


感じ方は人それぞれだなぁと思いつつ、チャージを完了し、乾電池もどきをパックに戻す。睡眠が必要ないのは良いけど、このボディになってから今まで一度も寝てないと思うと、心理的にちょっと不安になる。眠くなくても、横になって目をつぶる時間があった方が精神的に良さそうなんだよな。



チャージも済ませ、いよいよB4の攻略開始だ。花崗岩色の通路に立ち、宮殿の入口階段を降りると、そこは砂場だった。砂?砂場?


宮殿内部はコンクリート建築のような、外壁と同じ材質で飾り気のない壁で仕切られていて、床に砂がどっさりと敷き詰められている。そして壁や天井の一部に四角い小さな窓がたくさん開いていて、そこから砂が補充されるようにサラサラとこぼれ落ちている。砂は粒が大きめで、床の砂場はある程度押し固まっているのか、足を取られるほどではないが。ただ見渡す限り、この宮殿の一階は、すべて床が砂場になっているようだった。


「思い出しました。サノさん、砂の中に、こちらの足に絡んでくる罠があります。気をつけて下さい」


アイトさんはいつも建物の外を行くので、宮殿内に入るのは久しぶりのようだ。


「足に絡んでくるだけ?直接危険はないの?」


「はい、この建物の罠はそれだけです。でも敵が居ると足を取られて危険です」


そもそも床全体が砂なのでちょっと歩きにくい。アイトさんが屋根の上を進むのも納得だよな。


「サノさん、敵が近づいてます。コウモリです。数は……20匹!」


アイトさんの忠告を受けて長巻を軽く構える。僕もツノに集中して、自分の認識感覚を広げる。このツノ集中はまだ意識しないとうまく発動しないけど、生存率を上げるためにも無意識で常に出来るようにしたい。


ツノに集中すると、通路左奥の曲がった先から、たくさんの物体がこちらに近づいてくるのを感じる。敵の体は今まで遭遇した中では一番小さいようで、羽をバタつかせているのか振動音が聞き取れる。そして軽快に砂の上を走ってくる気配がする…… ん?コウモリが走ってくる?


実際に通路の角からこちらに向かってきたのは、見た目は体長1メートルくらいのコウモリの集団だったが、爬虫類のような足が生えていて砂の上を走っている。思い出した、エリマキトカゲだ。動画で見たエリマキトカゲの走り方にそっくりだ。じゃあバタバタ動かしているあの羽は……武器か。


コウモリは砂の上をなかなかの速さで走ってきた。しかも軍隊のようにきっちりと隊列を組んで。コウモリが? 隊列は5行4列で砂の上なのに少しの乱れもなく、さらに建物の幅に合わせて隊列を組んでいるようで壁との隙間もない。あまりに見事な団体行動にちょっと感心してしまう。


そして僕に狙いを定めると、みんな一斉に羽をこちら側に伸ばして笹穂槍のような形にして突っ込んでくる。なんかこのダンジョンの敵、突っ込んでくるのばっかりだな。


長巻を左手に持ち替え、5匹が横に並んで突進してくるコウモリを待ち構える。長巻の方がコウモリの羽より長いから、こちらの攻撃の方が最初に当たる。けど振り終えた後の二振りめより、2列目のコウモリ羽の方が届くのが早い。砂で動きを鈍らせつつ、数を頼りにするのがこのコウモリどもの戦い方か、なるほど。


まず狙い通り、射程に入った一番前のコウモリの列に長巻を真横に薙ぎ、5匹まとめて上下に真っ二つにする。眼の前にはもう2列めのコウモリだ。一列目の死骸が体にぶつかるが、それに惑わされず、右手のブロウガンを至近に迫った2列め真ん中のコウモリにぶっ放す。胴に針をまともに喰らったコウモリは錐揉みしながら吹き飛んだ。2列目の他のコウモリは自分の左右を通り過ぎる。よし、狙い通り自分の正面だけ空間ができた。


長巻を構え直して肘を曲げ、中央3列目の真正面のコウモリに向かって腰だめで突進する。いわゆるドスを構えたヤクザの体当たり攻撃だ。狙ったコウモリを長巻が貫き、そのままその刺さったコウモリを盾にしながら、前へ押し出し4列目のコウモリも刃を通す。コウモリの串刺し一丁上がりだ。規則正しすぎる隊列なので、思いの外うまくいった。左右をすれ違ったコウモリの羽が多少掠ったが気にしない。


4列目のコウモリを躱したのを横目で確認すると、腕を一気に伸ばして刺さったコウモリを振り飛ばす。そして体を180度回転させ、すれ違ったコウモリに対して改めて構えようとした瞬間、砂の中から飛び出した紐状のものに軸足を取られた。転倒は免れたけど、完全に姿勢を崩してしまった。


これがアイトさんが言っていた罠か!やはり知っているだけではダメだ、実際に体験しないと対応が遅れる。くそ、コウモリと同時攻撃してくるとは……こりゃコウモリの攻撃貰っちゃうか?と身構えたが、コウモリがいない。あれ?


一旦通り過ぎて離れていったコウモリ隊列は、引き返す様子は一切なく、走るスピードを変えずにそのまま通り過ぎていった。……あれ?戻ってこないの?……もしかしてアイツら、一方通行なのか?Uターン出来ないのか?だったら無理に倒さずとも、適当にやり過ごすだけで良かったのか……。


「はい、コウモリは突進した後は戻ってこないので、逃げてやり過ごすのも有効です。中には砂の中に埋まって躱す人もいます。コウモリに踏まれますけど。宮殿の屋根ルートでコウモリに遭遇しても、隠れる場所が多いので怖くないです。逆に外壁と建物の間で遭遇すると、隠れるところが少ない上に狭くて行列も長くなるので大変ですが」



そう言う彼女さんは天井と壁の間に手足を掛けて、実際に安全にコウモリの行列をやり過ごしていた。あー、それが正解だったかな。


「コウモリは宮殿のあちこちを周回してますので、倒しておくのも無駄ではないと思います」


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