第13話 守備兵のギゼ
「あれは……マリモですね」
この次元では想像すらしていないいろんな経験ができる。まさか巨大マリモの大群と戦うことになるなんて、2年前に北海道に出張していた時には夢にも思わなかった。
「サノさん、マリモの集団です。見た目は可愛いですが、触れた所がヤスリみたいに削られます。気をつけて下さい」
さっき戦ったコウモリと同じくらいの大きさで、灰色の殺意溢れるワイヤーブラシをまとった球がコロコロと床を転がってくる。見た目は可愛い……可愛い?……可愛いか? 僕は怖いんだけど。
通路の床がみるみるうちにマリモとやらで溢れながら、こっちに向かってくる。防災訓練で生徒が一斉に廊下を移動するみたいに、いろんな通路からぞろぞろと、数が増えていく一方だ。
「マリモは皆さん基本的にやり過ごしてますね。スピードはそれほど早くないので一旦逃げるのも手です。あとコウモリと同じように、マリモも進むだけで戻ってきません」
なんだろう、このフロアの敵は。障害走のハードルのように次々と押し寄せてくるんだけど、乗り越えてしまえば何てことはない、そんなやつばっかりだった。もしハードルでコケたらひどい目にあうんだろうけど。
少し悩んだけど、壁の高い所に開いている穴に手を掛けてぶら下がって、床を転がってくるマリモの津波をやり過ごした。なんだか本当に障害物競走をやってる気分になってきたな……
◇
何回か通路を曲がりながら進むと、建物の出口と思わしき最後の部屋にたどり着いた。
「ここが最初の建物の終わりですね。次の建物はあの坂道そのものです」
宮殿の最後の部屋には正面の壁が無く、広い砂場の庭に繋がっていた。広場には何も遮るものがなく、あるのはフロアの壁と天井だけだ。最初の建物を天井や側壁に沿ったルートで抜けても、最終的にこの広場を通る事になる訳か。
そしてアイトさんが次の建物と指さしたものは、フロアの幅すべてを使った巨大な滑り台だった。いや、滑り台じゃないのかもしれないけど、見た目は完全に滑り台で、床だけでなく天井まで斜めになっている、というかフロア自体が斜めに持ち上がっている感じだ。そしてこの滑り台の上もまた、砂が滑り落ちている。次は砂の坂道登りか……ホント、障害物競走みたいだ。
ただ斜面を砂に逆流して登っている何かが見える。滑り台に近付くと、遠くからは分からなかったが、それは頑丈な歯を持った、僕の頭部なみにデカいヒルだった。
「落ちてくる砂の中にヒルが隠れて混じってます。近づいた物に噛み付いて、皮膚を食い破って肉や骨もかじりついてきます」
「血を吸うんじゃなくて、食べるんだ……さすが異世界のヒル。エーテルボディでも危ないのかな?」
「はい、以前付き添っていた新人がここを登っている途中に足首ごと食いちぎられて転げ落ち、そこを他のヒルが集まって……」
「ストップ、いいです。その先はちょっと勘弁」
斜面の流砂はそれほど深くないので、脚力に任せて駆け上がるのは難しくなさそうだけど、ヒルが厄介なんだな……ヒルより早く駆け上がって、強行突破するしかなさそうだよな。と覚悟を決める。
長巻を背中に掛け、両手を砂地に付け、クラウチングスタートの姿勢を取る。この鬼人ボディは人間の体型と比較して腕が長く股関節が人間とは比較にならないほど広く可動するので、手足を地面につけた四脚姿勢でもお尻が浮かず、砂場であってもまったく不安がない。頭の中でカウントダウンを開始。よっしゃ、一番走者サノ。行きます!
四足走行で一気に走り出し、床と斜面の間に群がっているヒルを大きく飛び越え、そのまま斜面を駆け上がる。手足の指を広げ、流砂を貫いてすべり台の面をしっかり捉える。多少滑り落ちるけど気にせずどんどん進む。時々ヒルが着地地点に居てこちらに噛みつこうとするけど、刺毛で難なく潰せる。砂が何度も顔に当たるが、目に入っても特に問題ない。よっしゃ、この調子ならどんどん登れる!
気がつけば長い長い上り坂を踏破していた。学校や公園の滑り台で遊んでいた子供時代に戻った気がして、終わってみればなかなかの爽快感だった。本来はダメだけど滑り台を駆け上がって遊ぶのも楽しかったな。ホント子供って危険な遊び方を考えるよね。幅広の滑り台でドッジボールやってるヤツラも居たっけ。
そんなノスタルジーを思い出しながらふと坂の下を見ると、軽快なステップでアイトさんがやはり四足走行で斜面を登ってきた。僕と違って流砂に手足を取られることもなく、さらに器用に空中で姿勢を変えて、飛び掛かってくるヒルを躱している。さすが忍者。
残るフロアの建物も、基本的に敵を躱しつつ、時には四足走行で難なく突破した。砂を生み出していた巨大な四角いタンクを乗り越えると、はるか先にフロアの壁と扉らしきものが見える。そしてその扉に接するように円筒状の小さな物体が見えた。あれがマゼランポイントというやつなんだろうか。
そしてその円筒の前で、このダンジョンに入って初めて人型の物体が動いているのを見た。しかしマゼランポイントというか扉の近くで何をやっているんだろう。体を乗り出して目を凝らすと、どうやら敵味方に分かれて戦っているみたいだ。やっぱりこのダンジョンにも、人型の敵がいるんだなと少し安心してしまった。
いやまて、扉の近辺は敵が攻撃をしてこない安全地帯だったはず。となるとあれは、ダンジョン製の敵ではなく、探索者同士の仲間割れ?何だ?何が起きている?
同じように扉付近を凝視していたアイトさんが驚いた声を上げる。
「あれはテンプルナイツの集団?なぜこのフロアで?しかもマゼランポイントを壊そうとしている?すいませんサノさん、先に行きます」
今までにない緊張感をまとったアイトさんが駆け出す。やっぱり異常事態が発生しているようだ。僕も彼女を追いかける。
◇
「ギゼ!もっと前に敵を押し出せ!このままだとマゼランポイントに攻撃が当たる!」
「ちくしょう!なんでB4からコイツラがまとまって出てくるんだよ!」
「口より手を動かせ!ここは絶対死守だ!突破させるな!」
俺の名はギゼ。エーテルボディの兵士になって2年目になる。ちょっとした犯罪で服役していた際に、とある事情でエーテルボディのテスト兵となってこのダンジョン探索に派遣されてきた。ここで成果を出せば、刑期より早く開放されると聞いて、そりゃやる気も出たもんだ。もともと荒っぽい事も好きだしな。
死なないし睡眠や食事も要らないし、人間を遥かに超えた能力を持ったこの体なら、簡単にクリア出来ると当時は考えたもんだ。そんなうまい話、あるわけないのにな。バカだったわ俺。
たしかにこの体、痛みは感じないし不眠不休で動ける。でもそれって地獄なんだよ。
刃物で切られたり牙で食い千切られたりすると、体は痛くなくても恐ろしい目にあった事で精神は傷つくんだ。しかも痛みが無いから余計に体を壊されたって現実だけが積み重なって、得体の知れない淀みが魂の奥底に溜まっちまう。たとえ腕や足が無くなっても簡単に治っちまうもんだから、自分の存在が軽いものに感じちまう。
何より怖いのが、何度やられても一切休むことはできないって事だ。身体は直ってても、心と魂は治ってないのにな。人間の体じゃないから、女、金、美味いもの、たっぷりの睡眠、そういったご褒美を想像する事すら出来なくなっちまった。監獄の方がまだマシってもんだ。
早く開放されたくて探索に精を出しても、敵に紛れもないバケモノがいて、これまた参っちまった。そいつはメデューサっていう蛇のバケモノなんだがな、最初は絞め殺されて、次会った時は毒で体を溶かされちまった。
俺のこのボディはパワーは最強でな、今まで敵でも味方でも俺よりパワーのあるやつは居なかった。自信はあった。なのにだ、あの蛇のバケモノには敵わなかった。次に8人チームで戦った時は、俺はヤツの右手を相手するのが役目だった。そうだよ、腕一本を何とかするので精一杯だった。それでもようやく封じ込めたと思ったら、毒を食らって体の半分が溶けちまった。当然、チームは全滅したよ。
誰でも良いから、あのメデューサを退治してくれないかね。それが出来ないと、ダンジョンマスターに会うなんて絶対無理だ。B9にいるヤツラがチームで一回倒したとか自慢してたが、たまたま1回ラッキーパンチで勝っただけじゃねぇか。しかもその後、復活したヤツにすぐさま復讐されるし。それ以降、勝ったって話は聞いてねぇぞ。
ほとほとメデューサには参っちまったんで、今はヤツが出てこないエリアの守備隊に参加している。多少、手応えのある敵は出てくるが、それでもあの蛇のバケモノに比べたら大したことはない。そう思ってたんだがな……
「なんでB5からじゃなくB4からテンプルナイツの軍団が襲ってくるんだよ!しかも安全地帯にまで侵入してきてないか?」
「理由なんてどうだって良い。それよりマゼランポイントだけは絶対に死守しろ!これを壊されたら4年前に逆戻りだ!」
いつもだったら倍の人数相手でも対処できるのに、3倍の数で機先を制された状況では挽回は難しい。しかも大事なブツを守りつつだ、撤退も出来やしねぇ。この最悪の状況をひっくり返すってどうすりゃいいんだ。一番頼りにしてたカツモトもどこか行ったまま戻ってこねぇし、何も良い手が思い浮かばねぇ……
「ギゼさん!援助します!」
天から助けの声が聞こえた。あれは……金狐のアイトか!助かるぜ。
「おう!アイト。頼む。手伝ってくれ!俺に覆いかぶさっている鎧の注意を逸してくれ!少しだけでいい」
わかりました!の声が聞こえた途端に、目の前にいたテンプルナイツの顔に矢が刺さる。俺を押し潰そうとしていた鎧野郎の圧力が弱まった、よっしゃ、いまだ!
俺は強引に手を地面につけ、肩を張り上げる。これでやっと全力を出せるぜ。このボディはギガントっていう4つ足の凶暴な獣がモデルだ、本気を出せばテンプルナイツなんざ敵じゃねぇ!
「おら!くたばりやがれ!」
俺の必殺体当たりで、正面に居たテンプルナイツの体がひしゃげて吹き飛ぶ。ざまあ見やがれ!
「ギゼさん、危ない!」
ふっ飛ばした鎧の後ろから、さらに2体の鎧が槍を前にして突進してくる。しまった。まだ後ろに待機してやがった。焦りすぎたか……突き出された2本の穂先を手で掴んで抑え込めたが、2対1では流石に分が悪い。しかもせっかく全力を出せる姿勢まで崩されてしまった。くっそ、ツイてねぇ……
「必殺!不意打ちアタック!」
フザけたセリフが聞こえたと同時に、左手で抑え込んでいた鎧野郎の槍を持った腕が吹っ飛んだ。何だ?白い光が上に向かって走ったような……?あれは刃先か?
「必殺!燕落とし!」
また同じヤツの声が響くと、刃先が真下を向いてもう一匹の鎧野郎の腕を切り落としやがった。ありがてぇ!
両脇の槍を離し、前傾姿勢になる。
「くらいやがれ、鎧野郎!」
両腕をしならせ、腕を無くした2匹の顔面に、左右同時に拳を叩き込む。俺の拳は特大のツメの生えた特別製だ。案の定、拳が当たった顔面はフェイスガードごと吹き飛んだ。へっ、ザマァ見やがれ!
「ギゼさん、向かって右側のテンプルナイツが守備網を突破しそうです。助けて上げて下さい!」
「わかった!右だな!反対側は大丈夫か?」
「はい、今ギゼさんを助けた人に向かってもらいます!」
そうか、なら安心だ。ここは俺の縄張りだ、容赦しねぇ!
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