第4話 セクハラの説明書
サギ女神ことマールさんにお願いして、エーテルボディのチェックルームという部屋で僕の体を塗り替えてくれた。プラモデルのようにスプレー塗装でもするのかと思ったが、空中にボディの三次元データを投影し、まずはそのデータ内でいろいろ色を変えるようだ。
「色以外にも希望があれば、形状や手足の長さも変えられるわよ」
そうサギ女神が聞いてくる。最初の頃と口調がぜんぜん違う。やっぱりこいつはデート商法の美人と同じ人種だ。表と裏がありすぎる。ただエーテルボディになったせいか、こちらの心の声はサギ女神には聞こえていないようだった。ちょっと安心。
とりあえずボディについては色だけ変更してもらい、サギ女神の最終チェックが入る。
「どお?そのボディ。気に入った?」
「うん、気に入った。ただどんな機能があるか、詳細を教えてほしいな。取扱説明書とかないの?」
「一応あるけど……変わってるわねアンタ。今までの人間って、なかなかボディに馴染めずに取り乱すか、先走って現地でサポート員に実戦チュートリアル受けるやつばっかりだったのに」
「ああ、僕はゲームやスマホは電源入れる前に、説明書をまず全部読むタイプだから」
「ええ?サノさんすごいですね。私は最初に電源入れて、動かしながら覚えていくタイプです」
そっか、アイトさんは実戦タイプか。なるほど。
「はいはい、じゃあそのエーテルボディの説明書だけど、さっき使ったそこの三次元データを見て。そのデータ上のモデルを触ると、触った部分の機能が表示されるわ。分からなかったら私が説明するけど、とりあえずそのモデルをいろいろいじって自分で覚えてちょうだい」
そう言ってサギ女神は部屋の隅にある机に戻っていった。ホント面倒くさがりだよなあのサギ女神。詐欺師としては二流か三流だな。
まぁいいや、この三次元データはなかなか面白そうだからまずは試してみるか。まずは……気になっていた耳の上にある2本のツノから。ポチッとな。
『エーテルボディ タイプ/鬼人/4.2世代』
『頭部/鬼の角/機能』
『・・・光度,温度,湿度,速度,圧力センサ内臓。センサ保護殻としてのツノ形状。武器として使用不可』
ほうほう、なるほど。なかなか多機能だ。てっきりツノを伸ばして武器にするのかと思ったが、センサだったのかこれ。あれ? 説明文の武器の文字が点滅してる。押してみるか。
『タイプ/鬼人/武器/内蔵武器』
『刺毛』
『・・・髪の毛および全身のフレームに備えられた毛を針状かつ延長して周囲を攻撃。破損時に自己修復』
へー、手足の甲殻部分に毛が生えてるけど、これ武器だったのか……なかなかおもしろいなこの説明書。ふと隣を見ると、アイトさんもこの説明書に見入っている。そして僕の視線に気づいたようで、少し照れている。可愛い。
「あ、すいません。他人のデータなのに見てしまって……」
「いいよ、別に。このボディは借り物みたいなものだし。それより面白いよね。この体毛って武器になるんだ。アイトさんの毛もそうなのかな?」
「あ、いえ。私の体毛は武器にはならないです。ただ束ねて防御に使ったりします。……なんだか毛の話ってちょっと恥ずかしいですね」
「あれ?セクハラになっちゃうのかな、この話題」
セクハラと言えば、実は気になっていた事があって、ついでだから聞いてみるか。
「ねぇアイトさん。僕が人間として最初にポータルに連れて来られた時、麻酔を打たれてロボットに服を脱がされたんだけど、そのロボットの一人ってアイトさんだった?」
「ぇぇ?…………なんで突然そんな話に…………」
アイトさんはなんとなく誤魔化そうとしているようだけど、どうも見覚えがあるんだよな。そう思ってアイトさんをじーっと見つめる。
「ぅぅ、…………あの、はい。私もその中にいました……」
「やっぱり!最初はロボットだと思ってたけど、考えてみればロボットがボタンやベルト外してチャック下げて靴下やパンツまで破かずに脱がせられるかなって、ずっと疑問だったんだ。あー、ロボットじゃなくてエーテルボディの人だったんだー。そしてアイトさんも居たんだー」
「あの、その時は、命令でしたので、その、あの……すいませんでした……」
「仕事だったんだからしょうがないでしょ。でも恥ずかしかったなー。ところで僕を脱がせた時、アイトさんは何を担当してたの?」
「いえ、あの、その、本当にごめんなさい…… えと、あの時わたしは、ぅぅぅ……ぇと……」
やばい、アイトさん泣きそうになってる。多分涙腺はないんだろうけど。でも若い子にセクハラするおっさんの気持ちがちょっとわかってしまった。楽しいなこれ。じゃない、そろそろ元の話に戻そう。
「アイトさんも自分の三次元データ見たことある?」
「あ、いえ。ないです。でも私もこのエーテルボディの説明書を見たくなりました」
「だよね。じゃあ僕の説明書を読み終わったら、サギ女神……じゃない、マールさんにアイトさんのデータを見せてもらおうよ」
「はい、見たいです。……え?サノさんも私のデータを一緒に見るんですか?」
「え?一緒に見ちゃダメ?面白そう……じゃない、いろいろ勉強になるから、見せてよ」
「ううう……なんだか恥ずかしい……」
あーアイトさんへのセクハラ、やばい位に楽しい。
そんなこんなで少し時間がかかったが、自分のエーテルボディについて一通りの機能は把握できたし、アイトさんの体の秘密もちょっとだけ知ることが出来た。いやー、非常に有意義な時間だった。満足満足。
◇
ポータルで一通りの教習やシミュレーションを受けた十数時間後、僕とアイトさんは地表を歩いていた。僕にとって、エーテルボディで初めて建物の外での活動になる。これがなかなかすごい経験だった。
まずポータルという建物は、どうやらこの星の衛星軌道にあったらしい。でも普通に重力は感じてたんだよな。建物自体に引力調整機能があったのかな、やはりこの世界、地球をはるかに上回る技術力を持っている。
そしてポータルから地表への移動は、なんと軌道エレベーター。すごいよ!軌道エレベーターだよ!人類の夢だよ!……ちょっと言いすぎか。理系男子の夢だよ!しかもちゃんとエレベータはどこもかしこも完全透明構造で、ホント設計者わかってるって感じ。
ポータル底部にあるエレベータ搭乗口は展望台のようになっており、そこから見下ろした惑星の幻想的な姿は感動モノだった。足元に広がる地球とは明らかに違う星の表面に、頭上の星々も当然見たことがない色彩や配置ばかり。少し煤けた太陽もさる事ながら、衛星が3つもあるのに驚いた。衛星軌道という場所から自分の目で星を観る事が、こんなに興奮するものだとは思わなかった。まぁ、エーテルボディの目なんだけど。
いよいよ軌道エレベーターに乗り込んで、そこから地表に降りていく。この時に見た情景の移り変わりは、まばたきを忘れるほどの絶景だった。もうエレベータの壁に張り付いて、いろんな方向の景色を目に焼き付けた。乗車時間は十数分程度だったかもしれないけど、興奮と感涙で永遠に乗っていられる気分だった。今はもう涙は出ない体なんだけど。
だから地上に到着した時、エレベータから降りずにもう一往復していいかアイトさんに聞いたけど、残念ながらダメだった。10回以上頼み込んだけどダメだった。ちくしょう、またセクハラしてやる。
ただエレベータが地上に近づいたときに、黒光りする変な建物が目に入った。それは特徴的な形状で、ラグビーボールの上半分をわざと斜めに置いたようにそびえ立っている。高さは目見当だが15メートルほどだろうか、地球時代に住んでいた三階建てアパートと同じくらいに見えた。そして周囲に何もない、その奇妙な建物を見たときから、鬼人ボディが僅かに震えだした。
「あの目立つ建物が目的地です。建物の地表に入口がありますので、その中に入って探索を行います」
たしかサギ女神の説明だと、ダンジョンの体積は東京ドーム482個分……おい、全然想像できないなこの単位。えーと確か東京ドームが一辺107メートルの立方体だったはず……
「ダンジョンはあの建物の内部って事?」
「そうです。ダンジョンは壁で外部と完全に仕切られてます。」
「じゃああの建物、地下に埋まっている部分が相当に大きいんだね」
乗ってからここまで、まったく揺れなかったエレベーターが地表に到着し、静かにドアが開く。この星の大地で初めて感じた風は、熱気と草木が腐ったような臭いが混じっていた。どうやらこのボディ、意外と嗅覚がしっかりしている。そしてもう、震えは止まっていた。
「じゃあサノさん、ダンジョンに向かいますね。そんな遠くないですけど、迷子にならないよう気をつけて下さい」
軌道エレベーターから降り立った大地は、地球でいうとジャングルのようだった。軌道エレベーターの周りだけきれいに伐採され整地されているが、周囲の木々の背が高いので、地表に降りてしまうと先ほどの建物が見えなくなっていた。
というかとにかく見通しが悪い。葉緑素が違うのか、どす黒い葉っぱを生やした木々に、背丈の高い灰色の草があたり一面に広がっている。落ちた葉っぱや木の枝が積み重なって地面がわかりにくいので、どこを歩けば良いのか全然わからない。落とし穴があったら絶対に引っかかる自信がある。というか落とし穴を掘りたくなる。
見上げても頂点が見えないくらい高くて太い木がやたらあちこちに生い茂って、まっすぐ歩くことすらままならない。科学技術が進歩しているなら、エレベータからダンジョンまでの道を作ればいいのに。というか建物のそばにエレベータを置けばいいのに。なんだかせっかくの高揚感が冷え切ってしまった。
そもそもこの惑星、太陽にあたる恒星が遠いのか小さいのか、昼間でも薄暗いのに、ジャングルの木々や葉がその日光を遮るので奥が見通せないほどに暗い。このエーテルボディだと暗い中でも視野が確保されているから良いけど、もし人間の体だったら絶対に歩きたくない場所だ。
しかしそんな中でもアイトさんの歩調は軽い。すいすいダンジョンの方に向かって歩いていく。こっちはアイトさんの踏んだ場所を追っていくだけで手一杯になった。
軌道エレベーターに乗っているときには、アイトさんと並んでおしゃべりしながらダンジョンに向かおうかなー、なんて思ってたけど雰囲気からして無理そうだ。立ち込める腐葉土のような臭いも気分が下がるだけだし。あー、何かやる気がなくなってきちゃったな……お家に帰りたい……
◇
「着きましたよ、ここがダンジョンです」
途中で帰っちゃおうかなと3回くらい思ったあたりで、アイトさんが到着を告げてくれた。エレベータを降りてからどれくらい歩いただろうか。とうとう、ダンジョンに着いてしまった。
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