第3話 エーテルボディの魂

魂を紡いだものよ……どうか我らを助けてほしい……

魂の牢獄に囚われた我らを……死してもなお休むことができない我らを……

どれだけ悲しんでも涙も流せない我らを……



エーテルチャージ実行中・・・・・・

魂の付着完了。定着度合い70%。神経同期率71%。四肢の神経ライン、すべて異常なし。


エーテルチャージ実行中・・・・・・

エーテルチャージ80%充填中。定着度合い85%。神経同期率88%。五感神経、すべて異常なし。


人工身体であるエーテルボディの頭部にサノの魂が移され、眠っていたボディ本体と魂の融合が始まる。ポータルのAIからその融合度合いが報告されるが、その数値を見た管理者は驚きの声を上げた。


「は?定着85パーに同期率88パー?!魂を入れた時点で?何このバカ高い数字は?間違ってない?もう一回測定してみて!」


了解しました。再度、測定致します・・・・・・・・・・


エーテルチャージ100%充填完了。定着度合い87%。神経同期率89%。神経ダイナミクス正常。体内モダリティ正常。


「更に数字が上がってる……。間違いじゃないのね。多分、過去最高値を更新したわね。これは」


そこそこ適当に選んだ地球の男が、あまりに面倒くさい性格だったため、オペレータのマールは意趣返しのつもりで、最強クラスだが曰く付きで厄介極まりないエーテルボディ「鬼人」を充てがった。……のだが、まさかここまで魂とボディの相性が抜群とは思わず、何度も目を疑う。


「面倒くさい人間だったから、面倒くさい鬼人ボディと相性が良かったのかもね……」


定着度合いや神経同期率とは、魂とボディとの親和性を表し、数値が高いほどエーテルボディの超人的な能力を増幅させる。ボディに魂が長く入れば入るほどその数値は増えるが、当然限界はあるし、相性が悪いとその数値は低いままだ。


鬼人ボディに入れられたサノの出した数値は、相性の良いエーテルボディを2年以上も使っている人間でも出せないほど高い水準だった。しかも魂を入れた直後で、である。これは相当に期待できる。思わぬ収穫に、管理人の頬がニヤける。


これはもしかすると、もしかするかもしれない。出世のチャンスと言われて飛びついたポジションが辺境惑星の監視オペレータで、いつになったら本国に帰れるか先が見えず不貞腐れる毎日だったが、やっと希望の星が現れたようだ。


(よし、なら特別に最初から優秀なサポータを付けてやろうかしらね。本人のやる気を出させるため、地球出身の女を先導役にしてやろうかしら。私って優しい~)



僕が目が覚めるとそこは研究所でも天国でもなかった。そしてデート商法してきた女神の事も夢ではなかったようで、やはり気付けば円柱状の空間に僕は立っていた。


ただ壁面は人間が埋まった氷ではなく、どこかの映像が沢山映し出されていた。違う階層の部屋なのだろうか。あのデート商法の女神……これからはサギ女神と呼ぼう……はここには居ないようだ。


壁の映像には、どこかジャングルのような鬱蒼とした森林風景や、近未来的な建物の内部らしきものが映っていたりと、なかなかに興味深かった。どう見ても地球の景色ではなかったが。


「おはようございます。お体の調子はいかがですか? あ、申し遅れました。私は貴方をダンジョン浅階層までサポート致しますアイトと申します。よろしくお願いします」


左の方から可愛らしい女性の声がする。声のした方に顔を向けようとすると、ギギギギと妙に硬い音がして首がほとんど動かない。なんだ?肩こりか?


「あの、貴方の体はエーテルボディと言いまして、人工的な身体となっています。初めてのお目覚めという事で、魂が体に慣れていないと思います。慌てず、心を落ち着けて、ゆっくりと体に慣れていって下さい」


サギ女神と違って、この子は僕の事を本気で心配してくれているようだ。可愛い声だ。どんな顔かな?見たい、ぜひ顔を見たい。


またもやギギギギと耳障りな音がするが構わず首を左に向けると、そこには目の色と髪の毛が金色の、いや全身も薄い金色の女の子がいた。どう見ても人間の顔や体ではない。なんだろう、祭事で使う狐面に似た顔がそこにあった。可愛らしい狐面だ。


「あの、はじめまして。先ほども挨拶しましたが、アイトと申します。貴方と同じ、地球出身です。よろしくお願いします」


ペコリとお辞儀をする可愛い狐面の女の子。ああ、そういえば人間の体から魂を抜き取って、エーテルボディとやらに入れるんだっけ。この子の体がそのエーテルボディってやつか……顔以外は人間と同じような体型なんだな……ただ見た目がロボットっぽいというかアンドロイドっぽいっていうか…


って、そうか!自分の体もエーテルボディになってるのか?!


「あ、アイトさん?だっけ。こちらこそよろしく。ところで鏡ある?自分の姿を見てみたい」


首を動かすのは窮屈なのに、しゃべるのはなぜかスムーズだ。ただ口を動かしている感じがしない。親知らずを麻酔して抜いた時のような、自分の口が口でないような感覚だ。


「鏡ですか?あの、鏡はないんですが、チェックカメラがありますので、そこに立って頂ければ自分の姿を確認できると思います。歩けますか?歩けるようなら案内します」


ありがとう、じゃあ君について行くよ……あれ?足もうまく動かない。またギギギギと音がする。なんだか泥の中に埋まっているように体が重い。埋まった事ないけど。


「あ、あの、歩くのに慣れてないようですので、よろしければ手をお繋ぎします」


狐娘のアイトさんが優しく手を引っ張ってくれる。すごく嬉しい。おい見習えサギ女神。お前にはスキンシップが足りない。


うわ、僕の手、表面が妙に筋肉質で色が赤い……よく見ると足も赤いし、筋肉と骨の間に何か硬いものが入っている感じがする。僕はどんな姿になってるんだろう?赤いし硬そうだから蟹かな?


一方でアイトさんの手は見た目は表面が艶のないプラスチックみたいで硬そうだけど、実際に触れてみるとかなり柔らかい。彼女の鎧を着ているように見える胴体も、よく見ると手と同じ素材で出来ている。そういうデザインなのかな。


自分の体は動かすのにまだ多少ぎこちないけど、手や足の感触はしっかり伝わってくる。アイトさんの手が柔らかくて触り心地もいいのでもみもみする。うん、気持ちいい。……何かアイトさんが変な目でこっちを見てるけど、まぁいいや。


「はい、ここに立って下さい。モニタを持ってきます。えーと、あの、お名前教えてもらってもいいですか?」


「僕はサノと言います。サノツカサです。23歳で研究員やってます。よろしくお願いします」


「サノさん、ですね。こちらこそよろしくお願いします。あ、あと自分の姿を見て驚かないでくださいね」


そしてアイトさんがモニタを操作すると、そこには身長2メートル、肩幅70センチメートルくらいの、少し細身だけど筋肉のがっしりした赤いロボットが映っていた。ロボットというか、アンドロイドというか、すごく人工的な人形というか……特撮ヒーロー番組に出てくる悪役のような姿だ。あと顔は鬼の面に似ていた。側頭部にかなり短いけど角も生えてる。全体の第一印象は赤鬼なんだけど、ちょっと武者人形にも似てるかな。


「へー、これが今の僕の体か…… ふーん……」


エーテルボディの外観だが、昆虫のような甲殻に人間や動物の筋肉が組み合わさったような見た目をしている。自分の体もそうだし、アイトさんの体も同じような感じだ。甲殻のような部分は独特の光沢があって硬いけど、叩くと音がしないので弾性も高いらしい。この甲殻が服のように体表面の大事な所を覆っているので、鎧のような役割を持っているんだと思う。


更に良く見ると、腕が普通の人間よりも長めで指も太くて長い。動物園で見たチンパンジーの腕を、さらに機能的にした感じだ。こりゃパワーありそうだ。あと手首の根元に小さな穴が開いている。なんだろうコレ。


「あの、サノさん?随分落ち着いてますね。気分は大丈夫ですか?」


「あ、うん。大丈夫。ぜんぜん平気。ふーん、エーテルボディってこんな感じなんだね。ちょっと格好いいや。」


「格好いい……?気に入ったんですか?その体」


「うん、あのサギ女神の事だから、もっと酷い見た目だと思ってた。けどこれならいいや」


「サギ女神?……え?まさかマール様ですか?あの、銀髪で赤い目をしたキレイな女性で、ここの支配人の?」


「うん、それ。ポータル管理者だっけ。マールって名前なんだ。でもやってる事ってデート商法だよね」


「デ、デート商法って、そんな恐れ多い……。あ、でも確かに騙して…… いえ、何も言ってません私」


ふるふると首をふるアイトさんが可愛い。見習えサギ女神。


会話をしていると、だんだん自分の感覚と体が噛み合い始めたようで、あのギギギギ音が気にならなくなってきた。それどころか自分の神経とエーテルボディの筋肉が、まるで糸を紡ぐように噛み合っていく。違和感どころか万能感すら出てきた。


人間の時の身長が175センチメートルだったから、目線が高くなってちょっと新鮮。あと眼窩が人間よりかなり大きいようで、視野が異常に広い。慣れてくると真横と真上まで視野に入る。足元もよく見える。これはすごい。あのサギ女神が言うように、ぱっと見は人間ぽいけど、人間より遙かに戦闘に向いた肉体のようだ。


下半身の可動域も妙に広い……両足を開いて腰を深く落とす相撲の腰割りも容易だし、そのまま上半身を倒して胸が床につく直前まで屈んだ姿勢でも安定する。この姿勢だと視野が一気に低くなってサソリになった気分だ。こりゃ待ち伏せやダッキングに便利だ。


そのままちょっと軽くジャンプしてみるか……うお、すごい跳躍。え?ラクに1メートルくらい跳んだぞ。しかも着地も静かだし、すぐに次の動作に移れる。これは足のダンパ性能が相当いいな。


「あのー、サノさん。いきなりすごい動きですね……というか、エーテルボディをすでに使いこなしてますね……最初は歩くのも大変そうだったのに……もうそんなに動かせるなんて……」


アイトさんがこちらを感心したように見る。狐面なので最初はわかりにくかったが、慣れてくるとだんだん彼女の表情が見えてくる。


「このボディ、いいね。すごく良い。柔軟だしパワーとスピードのバランスが良さそうだし、関節の可動域も大きい。こりゃクマにも勝てそうだ」


「はい。地球の地上生物より強いと思います。四本脚走行をすれば、ネコ科の動物なみに早く走れますし」


「へー、やっぱり。アイトさんも強いんだ?」


「いえ。私は残念ながら戦闘向けのボディと相性があまり良くなくて、索敵や偵察向けの体になっています」


「なるほど、多目的じゃなく、役割特化のエーテルボディが何種類もあるんだ。となるとパーティ行動の方が探索に有利なのか……」


「そうですね。ソロで探索する方も居ますが、基本的に数人でパーティを組む方たちが多いです。というかサノさん、分析も早いですね」


ふむ、肉体のポテンシャルはだんだん掴めてきた。アイトさんは索敵や偵察って言ったな。この体の周囲感知能力はどれくらいだろう。試してみるか。


周囲の音、空気の流れ、どこまで感じ取れるか…… あー、ちょうど部屋の半分くらいまで感覚できるな。となると感知能力は半径10メートルちょっと位かな。なるほど。


「サノさん、自分の姿に驚くどころか、もう相当馴染んじゃってますね。初めてみましたそんな人」


「アイトさんはここに来て何年くらいなの?年齢聞いちゃってもいい?」


「多分ですが、もう3年位は経ってます。年齢もここに来た当時で18歳でした。大学に入ったばかりでしたから」


「お、サギ女神より若いね。ところでその3年間で、アイトさんの後に入ってきた人って何人位いた?」


「またサギ女神って……、あ、えっとサノさんがちょうど40人目だと思います。その中の二割くらいが女性です」


「そっか……あの、答えにくかったら答えなくていいんだけど、人間に戻った人、いる?」


「あ……」


アイトさん、固まっちゃった。あれかな、死ぬまで出られないってやつかな。


「すいません、黙っちゃって……。あの、実は私も知らないんです。ただマール様が言うように、死んだ人は居ません。それは確かです。でもリタイアして人間の体に戻って、そして元の世界に戻った人は、多分居ないと思います……」


そっか、そりゃそうだよね。こんな高級そうなボディを用意して他次元から人を誘拐してくる詐欺師が、そう簡単に人材を開放するわけないよね。こりゃ、腹をくくるしかないやね。


「アイトさん、いろいろありがとう。すっごく参考になった。」


「いえ、こちらこそ、あまり役に立てず」


「最後になんだけど、ボディの色って変えられるかな?迷彩カラーにしたいんだけど」


「え?色を変えるんですか?」


「うん。少しでも周りの環境に溶け込む色にしたい。生き延びるために。そのダンジョンの環境に合わせた迷彩色に塗り直したい」


「あ、そういう理由で……。なら黒と青が良いと思います。ダンジョンの壁や床がそういう色なので……」


「いいね、それ。サギ女神に頼むのかな?それともアイトさんが塗ってくれるのかな?」


「いえ、流石にそれはサギ女神……じゃない、マール様にお願いする事になります。連絡しますので、少しお待ち下さい」


「了解しました。よろしくお願いします、アイト教官」


「もう、なんですかそれ。サノさんの方が年齢が上ですし、呼び捨てでも構いません」


「えー、じゃあアイちゃんで」


「なんかイヤです。やめて下さい」


「じゃあイトちゃん」


「もっとイヤです!」


結局、アイトさんは僕が環境になれるまではアイトさん呼びで、慣れたら呼び捨てする事になった。


そしてサギ女神にお願いして、この体は青と黒の迷彩カラーに塗り直された。なかなか格好いい。あとサギ女神が少し親切だったような気がした。胡散臭かったけど。

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