第5話 失敗の突入

だだっ広いジャングルの中に唐突に広場が現れ、更に広場の中心にあの建物がそびえ立っている。鬱蒼として薄暗かったジャングルから一変し、この周囲だけが木も草も何一つ生えていない。あれだけ無秩序なジャングルが広がる地表で、軌道エレベーターとダンジョンと言われるこの建物だけ、妙に存在が浮いている。


建物周囲の土壌を足で蹴り上げてみると、土自体もジャングルとは違う成分のようだ。なんだろう、建物周辺だけ高熱で一旦焼いたような土のような……


そのまま建物周辺の広場を歩き始めると、アイトさんが慌てたようにこちらに寄ってきた。


「サノさん、ダンジョンの中に入らないんですか?というか建物の説明をしたいんですけど……」


「あ、ちょっと待って。まずこの地形や周囲を確認したい」


そんなわがままを言っちゃう新人の僕だが、彼女はいいですよと言って一緒に着いてきてくれた。よし、ここでならアイトさんと並んでおしゃべりできる。


「このジャングルって、ダンジョンと軌道エレベーター以外にも何かあるの?」


「いえ、多分なにもないです。ポータルから見える範囲において、河以外の地表はすべてジャングルだけです」


そうなのだ、ポータルにあるエレベータ搭乗口から惑星の地表を見たときに最初に思ったのが、河はたくさんあるけど海がないという事だった。泳いで渡るのを諦める位に大きな河が縦横無尽に地表に流れている一方で、その水が集まる海が見当たらなかった。


というかこの惑星、ものすごくのっぺりとしているというか、高い山がほとんどないのだ。不自然に地表全体をヤスリがけしたような、高低差がほとんどない平坦な大地にジャングルと大河があるだけの奇妙な星だった。


ただこのダンジョンというか建物がある場所だけが何もない。なんというか、この建物が地中からタケノコみたいに生えてきたような、そんな地形だった。


「サノさん、ダンジョンよりこの周囲の地形の方が気になるんですか?」


建物よりも周りの地形ばかり観察したり質問してたせいか、アイトさんがそう尋ねてきた。


「いや、アイトさんとこうしてお散歩デートしたかったんだよ」


「ウソばっかり。私より地形の方に夢中でしたよ」


あっさりバレる。まぁバレたついでにもっと質問しよう。


「資料を見たけど、この星って雨降らないんだよね。大気成分も二酸化炭素がほとんどみたいだし」


「そうなんです。だから河の水って、100%湧き水なんです。しかも水は蒸発しないでゆっくり流れていて、ところどころで地下に沈んでいってるんです。地球では考えられないですよね」


「水耕栽培みたいな星なんだね」


「言われてみればそうですね。じゃあダンジョンは球根で、根っこが生えてるかもしれません」


「うわー、ダンジョンに根っこがあったらやだなあ」



そんな和やかな会話を楽しんでいたが、建物を一周したところで一旦デートは終了した。少し心残りはあるけど、では仕事に向かいますか。


「ダンジョンの入り口はあそこです」


アイトさんが指さした場所は、紡錘形の建物のてっぺん、つまり一番先端の尖った端だった。あれ?地表に扉があったりするんじゃないんだ……


「えーと、アイトさん、あの入り口までどうやって行くのかな?階段とかないの?」


「階段はないです。建物の壁をよじ登って行きます。エーテルボディなら簡単ですよ」


「いやまあ、そうなんだけど。もし大掛かりな武装とかあったら、持ち込むのが大変にならない?」


「ああ、そういう意味ですか。えっと、みなさん自分が背負ってあそこまで登れる分量の武器しか持ってこないです」


「戦車とか持ち込まないんだ」


「はい、入口もそんなに大きくないので、そういった大型の兵器はたとえ持ってきても中まで持ち込めないです。あともう一つ理由があって、仮にそういった武器や兵器をダンジョンの中に持ち込んでも、途中で使えなくなっちゃいます」


え?ダンジョンの中に大型兵器を持ち込めない?なぜだろう……まぁとりあえず、中に入ってみますか。



ポータルから背負ってきたバックパックを、建物に登っている最中に落とさないように、ベルトを締め直す。そして建物の入口とやらを見上げる。なんで階段とか足場を作らないのかなぁ。みんなサギ女神に似て面倒くさがり屋なのかな。


「じゃあ私から登りますね。サノさんなら大丈夫だと思いますけど、気をつけて私の後を付いて来て下さい。」


そう言ってアイトさんは建物の一番角度が緩やかな側面を登り始めた。建物はラグビーボールのような円錐形で、しかも斜めに30度くらい傾いているから、緩やかな斜面を選べば簡単に登っていけそうだ。実際に彼女は軽々と危なげなく建物の先端まであっさり登り切ってしまった。


自分もとりあえずアイトさんが登っていった斜面に足を乗せる。建物の外装面は光沢があったので滑るかなと思ったが、風化してるのか足の裏に意外とザラザラした感触が返ってきた。これなら滑らず簡単に登れそうだ。


しかしこの建物の側壁、今見えている部分だけでも直径100メートルはありそうなのに、縦にも横にも全然継ぎ目がない。まるで一枚の板から絞り加工で作ったみたいだ。どうも建物自体、何か重要な意味がありそうだ……



登れば登るほど斜面は緩やかになるので、最初だけ気をつければ登頂の後半はラクなものだった。あっけなく頂上までたどり着くと、アイトさんが笑顔……エーテルボディの顔は表情筋がないのでちょっとわかりにくいが、笑顔のはず……で出迎えてくれた。優しい。サギ女神とはえらい違いだ。


「お疲れ様です、サノさん。そしていよいよここからダンジョン内に突入します。準備はいいですか?」


そう言ってアイトさんは建物天頂のくぼみを指さした。地表に居たときには見えなかったけど、この建物は先端部だけがわずかに下に凹んでいて、さらにそのど真ん中に小さな丸い穴が開いていた。穴の大きさは直径が3メートルほどで結構狭い。少しかがんで穴から中を覗いてみるが、真っ暗で全然見えない。そもそも建物の壁自体が黒系の色なので、この穴も相当近づかないと見えない。つくづく変な建物である。


「それでは私から中に入りますね。穴から床まで10メートルくらい距離があります。あと最初の床は平らではなく斜めになっていますので、着地にはくれぐれも気をつけて下さい。まず私が飛び込んで、そこで明かりを付けます。その明かりで状況を確認しながらサノさんは着地をお願いします」


そう言って穴に飛び込むアイトさん。しなやかでバネが効いてそうな動きだ。そして2秒もたたずに着地した音が聞こえて……あれ?着地音がしないぞ。ほんとに深さ10メートルか?


慌てて穴を覗き込むと、さっきと違って明るくなっており、すでに床面に立っているアイトさんが見えた。あ、そうか。アイトさんは偵察用のボディって言ってたから、音を立てずに着地したのか。忍者みたいで格好いいな。よし、僕も音を立てずに着地できるか試してみよう……


そう思って穴に飛び込んだが、思ってた以上に床が傾いていたせいか、着地した時に踏ん張りをミスしてガギンと大きな音を立ててしまった。さらに余計な事を考えすぎたため、斜めの床にうまく両足を着けられずに前につんのめってしまい、床に顔面をしこたまぶつけてしまった。



……ぷっ、す、すいません。……


僕の無様な着地を、背中を向けて見て見ぬふりをしてくれる優しいアイトさん。でも流石に笑いを堪えるのは無理だったようで、背中と肩がプルプルと揺れていた。


あー恥ずかしい。と思いつつ、顔面を強打したにも関わらず、全然いたくないこのエーテルボディってすごいなぁと、現実逃避する僕。アイトさんが落ち着くまでの数秒間は、とても長く感じた。



「すいません笑ってしまって。でも、サノさんも失敗する事あるんですね……」


「はい、失敗だらけの人生です」


「そんな下卑た言い方やめて下さい。ちょっと着地で転んだだけじゃないですか」


「はい、人生も転んでばっかりです」


「だからもー、やめましょう。その話。はい。終わり。じゃあ、ダンジョン内部に入りましたので、説明に入ります」


ぱんっと手を叩くアイトさん。軌道エレベーターを降りてからここまで、全然良いことなしの自分。ついつい落ち込んでしまう。でも気を取り直して、ダンジョンに意識を向けよう。



ダンジョンに入ってすぐのこの部屋、円形の床にドーム状をしている。まぁ建物が円錐形だから、中も同じ形状だわな。ただ床の傾きを見るに、やはりこの建物自体が重力方向に対して曲がって建っているようだ。



人間の体だったら傾いた床を歩くのも大変そうだけど、このエーテルボディだと苦もなく歩き回れる。体幹やバランスも大したものだ。さっき転んだけど。


「部屋の中央辺りにある扉から下の階層に進みます。あと便宜上ですが、この入口フロアをゼロ階、そしてひとつ下の階層から、B1階層という名前で呼んでいます」


「なるほど、地下階層で場所を表すんだね。ところで今まで到達した階層は何階くらいかわかる?」


「えーとですね、最高記録がB9です。当然ですが、深ければ深いほど、敵が強くなります。あと一部の階層は、罠がたくさんあったりします」


「サギ女神がダンジョンの達成率が約50%って言ってたから、目安として最下層は地下20階くらいかな。なかなか深そうだ」


「今このダンジョンに挑戦している中で、一番実力があるチームがちょうどそのB9にいるはずです。そこを突破できれば、新記録になりますね」


「そのB9にいるチームって、何人いるのか知ってる?」


「えーとですね、そのチームは全部で10名なんですが、交代制を取っていて前線は7人で攻略しています。残った人は休息を取ったり、物資を前線に持ち込みつつ交代したりと、臨機応変に前線メンバーを入れ替えてます。効率が良いので、今はほとんどがそのチームのやり方を参考にしています。」


そういいながら下の階層に繋がる床の扉を通って階段を降りていく。フロアを分けている隔壁は相当に厚く数メートルはあった。そして隔壁はところどころで層状になっている。この隔壁構造、地球より数段進んでいるんだろうけど、どこかで見たことがあるな……

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