第33話 災厄のはじまり

次元転移の球体に飲まれた後、気付くと見知らぬ空間に立っていた。また前回誘拐されたときと同じパターンで、違うのは立っている場所だ。前回はポータルという建物の部屋で、周りが氷の壁に囲まれた場所だったけど、今回は無機質な壁しかない空間だ。相当広い部屋のようだけど、目の前に居るのは見知った人物が一人だけ。予想していた人物、軍服姿のミガディさんが申し訳無さそうな顔をしながらこちらを見ている。


「お久しぶりですミガディさん、でもいきなり次元転移で呼ばないでくださいよ。もし僕がトイレやお風呂の最中だったら最悪ですよ」


「本当にすまない。ただ君と別れた後の状況は、私の想像以上に悪化していた。こちらとしても手詰まり極まった状態なんだ。そこで君にどうしても手伝ってもらいたくて……」


よく見ると、ミガディさんの顔色がかなり悪く、徹夜明けのように疲れ切っている。せっかく墜落宇宙船の探索から開放されたのに、さらに難解なミッションに動員されているのだろうか。信頼できる人がこんなやつれた顔をしている以上は、とりあえず話くらい聞いてみたい。人に聞いてもらうと悩みが解決される事もあるだろうし……


「アイト君はどうしたらいいかな?私としてはアイト君にも話を聞いてもらって判断してもらいたいのだけれど」


ん?あ、そうだ。アイトさんも一緒に居たんだ。って、え?なんでアイトさんが僕に抱きついてるんだ?!



次元転送が完了してから一分ほどたっただろうか、ぼやけていた全身の感覚が戻ってくる。気付けば僕の胴体に、思いっきりアイトさんがしがみついていた。


「あのー」とアイトさんの肩を叩こうとしたとき、僕はようやくアイトさんが震えている事に気付く。……そっか、次元転移はアイトさんにとってトラウマになっているのか。


「すいません、ミガディさん。アイトさんはこの次元にあまり良い思い出がないので、怖がっているんだと思います。少し時間をもらえますか?」


「そうか……そうだね。重ね重ね申し訳ない。私はいったん外に出ている。アイト君はすぐに地球に戻せるように準備しておくよ」


「わかりました。というか最初からアイトさんも転移に巻き込まないでくださいよ……」


どうもこちらの次元の人達はいきなり人を転移させてくるので、これくらい文句を言ってもバチは当たらないだろう。



「アイトさん、大丈夫?もうあのサギ女神のマールは居ないし、すぐに地球に帰れるよ。深呼吸して落ち着いて、そしてゆっくり離れよう」


可愛い女の子に抱きつかれているという役得ではあるものの、アイトさんの力は思ったより強い。というか彼女は膝をついた状態で僕の胴体に横から抱きついている。そして彼女が掴んでいる場所は脇腹で、正直痛い。さらに恐怖があったんだろう、本気で胴体を締め付けてくるし、さらにアイトさんの頭と肩が肋骨を押してくるので呼吸もつらい。さっきのセリフも、やせ我慢しながら声を出している。


とはいえ震えている女の子を無下にはできないので、セクハラにならない程度に背中を軽く叩こうとしたけど、姿勢と位置の関係で手が届かない。仕方ないのでアイトさんの頭をなでると、アイトさんは更に腕の力をぐっと入れてきた。いだだだだ!痛い!本当に痛い!脇腹やめて!これアメフトやラグビーのタックルと同じだ!



どれだけ時間が経っただろう。ようやく、本当にようやく、アイトさんが力を緩めてくれた。死ぬかと思った。無言で耐えた自分を褒めてあげたい。でも締め付けてくる力が弱くなっただけで、アイトさんは僕から離れてくれない。うーん、困った……


「サノさん、なんでまたこの異世界に来ちゃったんですか?まだ終わってなかったんですか?」


どうやら落ち着いたらしいアイトさんが、顔を僕の脇腹に押し付けながらしゃべってくる。おかげで声が聞き取りにくい、けど離れてくれないから仕方ない。アイトさんの頭をとんとんと軽く叩きながら、僕の知っている範囲の事を説明する。腕、離してくれないかなぁと思いつつ。


「あの墜落した宇宙船の探索は終わってる。マールも居ない。ただこの次元には根本的な問題があって、僕も話しか聞いていないけど、人類が大変な状態にあるらしい。僕らが使っていたエーテルボディも、本来はその問題解決のために作られたものだって。多分だけど、あのダンジョン探索でエーテルボディを使いこなせた地球人に協力を求めるべく、ミガディさんが僕らをここに呼んだんだと思う」


アイトさんの腕力って想像以上に強いなぁ、腰元へのタックルって痛いんだなぁ、とか考えながら、以前ミガディさんに聞いた話を思い出していた。


「サノさんはどうするつもりなんですか?またエーテルボディの中に入って、この異世界で戦うんですか?」


「問題はそこなんだよねー。前回のサギ女神のときは体を人質に取られたせいで選択肢はなかったけど、今回は任意だからなぁ……ところでアイトさん、落ち着いたならそろそろ離れようか?」


「いやです」


「なんで!?」


つい声を荒らげてしまった。


「冗談です。ごめんなさい、あの緑の光に包まれた時、あまりに怖くてサノさんに飛びついちゃいました」


そう言いながらようやくアイトさんは腕の締め付けを解いて僕から離れてくれた。少しいたずらっぽい表情をしているので、心理的に落ち着いたんだろう。でもちょっと彼女の目が赤い、いや目だけじゃなく顔も赤い。アイトさんも息苦しかったのかな。


「僕だけここに連れてくればいいのにねぇ」


そう言った途端、アイトさんが僕を睨む。あれ?失言?


「せっかくサノさんに会えたのに、すぐ居なくなるなんていやです。最初は驚いて怖くなりましたけど、今はもう平気です。いえ、かえってサノさんと一緒で良かったかも知れません」


どうもアイトさんの言葉の意味がわからない。まぁ後からゆっくり考えればいいか。それよりまず考えるべきは、ミガディさんへの回答だよなぁ。



しばらくすると、ミガディさんが再び部屋に入ってきた。そしてアイトさんが落ち着いたのを確認すると、場所を移そうといって会議室のようなところに連れて行かれた。部屋中央には厚みがない大きなスクリーンが浮かんでいる。


「話が少し長くなるだろうから、まず座ろうか。そして座りながら、この映像を観て欲しい」


映像が見やすい場所に椅子が並んでいる。アイトさんのタックルでダメージを受けた体が座りたがっているので、遠慮なくその椅子に座り、ミガディさんに先を促すようにお願いする。アイトさんも僕に倣って隣の椅子に座った。


準備ができた僕たちの前に、この次元の宇宙と思われるものがスクリーンに映し出される。表面全体が分厚い灰色の雲に覆われた惑星と、それを睥睨するように衛星軌道らしき場所に浮かぶ楕円形状の大きな人工物。まるで宇宙に浮かぶ島のようだ。


「この映像には我が母星『マザー』と、そのマザーの衛星軌道に浮かぶ人工宇宙都市『マヌエアリーフ』の2つが映っている。マヌエアリーフを私たちは本国と呼んでいる。ちなみに今の我々が居るのもこのマヌエアリーフだ。なお母星マザーの直径の大きさは、君たちが住んでいる地球の三分の一程度だ」


そうすると映像の惑星『マザー』の大きさは、直径4千キロメートルくらいかな。僕が小声で補足すると、アイトさんがこちらを見てつぶやく。


「なんで人の顔と名前はすぐ忘れるのに、地球の直径は覚えてるんですか?」


思わず顔をそらす。


「説明を続けていいかな?今私達がいる場所は本国にある軍本部のミッションルーム。この『マヌエアリーフ』の中央からやや手前にある。マヌエアリーフの容積は、あの墜落した宇宙船の約500倍ほど、君たちが使う単位だと東京ドーム24万個になるのかな」


ミガディさんは映像を動かし、宇宙に浮かぶ島『マヌエアリーフ』の軍本部の場所を指しながら言葉を続ける。なぜこちらの次元の人は東京ドームを度量衡の単位に使うんだろう。地球人にわかりやすいと思っているのだろうか。


「そして改めて自己紹介をすると、私の名前はミガディ=ベルフ。軍では大佐という重責を預かっている」


フルネーム覚えられるかなぁと余計な心配しながら、僕はマザーに訪れている絶望をミガディさんから改めて教えてもらう事になった。


「さて、この世界で起きている人為的な大問題を話す前に、簡単にこの世界の社会構成について説明させてほしい。こちらの世界では地球のように国家といった区分けはなく、人類全体が本国と周辺の小惑星に住んでいる。我々の社会における職業や組織は、大きく分けて3つ、軍、政府、そして研究だ。私たち世界の人間は、成人するとこの3つのどれかに所属することになる。どの所属にするか選ぶのは本人だし、希望があれば所属も変えられる」



宇宙都市マヌエアリーフはその名前の通り、一枚の葉っぱのような形状の板に、いろいろな形状の建物が所狭しと立ち並ぶ構造だ。そして建物の高さが、上流層・中流層・下流層の人達が働く場所そのものとなっている。僕が居る場所は軍本部建物の高い場所、つまりこれから説明される内容は、軍の上位に位置づけられるのだろう。



「で、本題だが……母星マザーは30年ほど前、私がちょうど産まれた頃に、地表の首都で生じた災厄が原因で人間が住めなくなってしまった。ただマヌエアリーフ、通称『リーフ』はすでにマザーの衛星軌道に建造され宇宙進出の拠点となり始めていたのが幸いし、マザー地表に住んでいた人類の一部はリーフや周辺の小惑星に避難することができた。しかし大半の人類は脱出できなかった。地表に取り残された人たちがどうなったのか、今も調査中だ」


僕は以前、ミガディさんから母星マザーに人が住めなくなった事を聞いていた。しかし今初めて聞いたアイトさんは、その壮絶なこの次元の災厄に驚いた顔をしている。


そこで一度説明を切り、ミガディさんが映像を操作する。すると画面からリーフの姿が消え、マザーだけが拡大される。


「災厄が起きる前のマザーを映そう」


灰色の雨雲が消えると、そこには地球と大地の形がまったく異なる、地球に色合いが似た美しい惑星があった。大地は緑や茶色もあるが、多くが白い。白は人工構造物なのだろうか? また海の青は地球より薄く、水色に近い。多分、マザーを照らす恒星の波長や、大気成分などが影響しているのだろう。しかし生命体の住む惑星は、宇宙から見ると本当に美しいのだなと実感した。


「マザーに起きた災厄故というのは、機能性パウダーを開発していた研究所の事故だった。当時の調査記録によると、首都にあった45箇所の様々な研究所が同時に爆発し、有毒な粒子が大気中に放出されてしまった」


アイトさんも僕も、少しの間マザーの美しい映像に見入っていた。しかしミガディさんの説明と一緒に、突然に地表のとある場所で赤い火花が弾け始めた。そして火が消えると、そこを中心にどんどん灰色の霧が溢れていく。その霧は止まることなく、灰色はゆっくりと周囲を灰色に染めて行く。巨大なはずの天体表面が無秩序に霧で包まれていくのは、あまりに異質で異様で、そして映像から音が聞こえない分、余計に恐怖を感じた。



「30年前のマザーは中央集権というか一極集中というか、重要な施設やエネルギー供給などが首都にすべて集まっており、その周辺に農地や住宅地が広がっている。爆発事故は首都にある研究所でのみ起こった。すぐに当時の軍が出動したが、爆発が止まるどころか、さらに有害な毒素が吐き出される一方となった。現場の軍人たちは大きな被害を受け、無人機もまともに稼働できなくなったという。


状況を重く見た政府と研究の上層部は、爆発した研究所周辺を空間シールドで覆ったが、そのシールドさえ無効化され、首都は完全に機能不全となってしまった。首都から一斉避難となったがそれでも事態は収まらず、事故発生から一週間後には首都全体が、そして最終的にはマザーのほとんどがその粒子に包まれてしまった」


ミガディさんの言葉通りに、画面のマザーもまた美しい景色がどんどん灰色の霧に包まれていく。まるで噴火した火山のように、首都から灰色が吐き出され続ける。惑星を包み隠している物体は雨雲かと思っていたけど、まさかこれすべて有毒粒子なのか!?


確かに雲と違って上空だけではなく惑星の地表まで、重力圏内すべてをその粒子が完全に包み隠してしまっているようだ。


「当時、総人口の88%の人類はマザーに住んでいた。この爆発事故の際に、マザーから脱出できた人類はほんの僅かだった。事故前からリーフや小惑星に住んでいた人口と、事故後に母星から脱出できた人口をあわせても、当時の総人口の15%程度に過ぎない。そして母星から恩恵を失ってしまった我々も、未だマザーを復興することが出来ずその恩恵を受けられないために、リーフや周辺の小惑星に住む人口は、この30年の間に徐々に減少してしまっている」


45箇所の同時爆発、そして当時の総人口の85%が脱出できなかったという、事故の内容に驚きながら画面に映るマザーを凝視する。これほどまで大量の粒子が30年に渡って消えること無く撒き散らされ続けるなんて、ただごとではない!



「ちなみにこの次元の世界は『パウダー』と言われる素粒子技術が進んでいる。物体だけでなく情報から何からすべて素粒子化し素粒子運動につなげる。地球とこの次元を行き来する転移もその素粒子運動を応用したものだ。私は軍人だから申し訳ないけど学術的な説明はできない」


科学技術が進んだこの世界がいう素粒子パウダーとは、地球で言えば量子力学と波動の学問をさらに進歩させたものだろうか。しかし惑星を覆い尽くすほどのパウダーを生成する技術は、やはり地球人である僕にはちょっと想像つかない。

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