第34話 ダンジョンの正体

「有害物質に覆われてしまったマザーの原因を探り、元の状態に回復させようと、リーフに逃れた軍・政府・研究機関が総力を尽くして今も活動している。しかし中にはマザーに見切りをつけて、他の惑星に移住するために出ていったグループも居る」


「その一つが、僕らが誘拐された先にあった惑星と、そこに墜落していた宇宙船ですか?」


「その通り。あの惑星、名称を『ミヌエト』と言うんだが、あのミヌエトに墜落した宇宙船は、母星を諦めて外宇宙に新たな居住惑星を見つけようとした移民船の一つだ。そしてあの惑星を見つけて人間が住めるように改造していた。その最中に事故かなにかで、地表に墜落したんだと思う」


「……事故じゃないです」


「そうか、サノ君はあの宇宙船の中の魂と会話できるんだったね」


その言葉を聞いたアイトさんが、驚いた顔で僕を見る。そっか、アイトさんにはこれも説明してなかったっけ。


「はい。ミガディさんの説明を受けて僕も理解できましたが、事故ではなく故意です。あの宇宙船は、突然に制御コアが操船司令を無視して墜落したそうです。さらにその墜落の際に、乗船していた人間の魂を捕らえてしまったと。理由は人が新たな母星を見つけて繁栄する事を防ぐため…… メデューサさんが僕にそう教えてくれました」


当初は宇宙船の制御コアが造った生物兵器と思われていたメデューサさんも、その正体はエーテルボディで中には軍人の魂が囚われていた。宇宙船が墜落した時にその軍人さんは意識を失い、気付いた時にはすでにあのメデューサの体になっていたという。そしてメデューサさんは何一つ言葉を発することができず、ただ制御コアの命令に従って、宇宙船内に侵入してきた外部の人間を殲滅する日々だった……


もししゃべる事ができたら、きっと宇宙船に起きた事を伝えたり、助けを求める事も出来ただろうに。僕がその宇宙船内を探索していた時に使っていたエーテルボディが、手の平を通じて外部の魂と対話できる機能があった。そのためメデューサさんや宇宙船内の魂たちと、声なき会話ができたのだ。


「メデューサさんや他の宇宙船内に居た魂が訴えていました。制御コアを操って惑星に墜落させたのは『ガバナー』だと。ガバナーとは何なんですか?」


「そうか……宇宙船の中にもガバナーの人間が居たのか……」


新たな事実を知ったミガディさんが、つらそうな声を上げる。もともと疲れ切っていた顔が、更に苦渋に満ちたようだ。


「先に言おう。マザー地表で30年前に起きた研究所の同時爆発は人為的に起こされたものと言われている。理由はガバナーが犯行声明を出したからだ。ガバナーとはこの世界における最高峰の研究所だ。この次元における希代の大天才『ニコオーレグ』が設立し、物理、化学、生理学・医学に多大な影響を与えた巨大な研究機関でもある」



ミガディさんが手元の端末を操作すると、映像が惑星マザーから、いかにも頭が切れそうで皮肉屋めいた初老の人物に変わる。頭頂部に髪の毛はなく、側頭部に短い白髪、鋭く細い目に高い鼻、口元の周りのヒゲもまた白い。僕が嫌いなかつての恩師にとても似ている。


「これはニコオーレグが51歳の時に、ガバナー研究所を立ち上げた時の記念映像だ。今から100年ほど前に生まれたニコオーレグは、アンチパウダーやモノポールを発明した天才の中の天才だ。素粒子パウダー技術の歴史を早めた最高頭脳と言われた偉大な研究者だった。ニコオーレグ本人はさすがに今は生きていないだろうが、今でもその名前は教科書に載り、畏敬の対象になっている。


またニコオーレグが設立したガバナー研究機関も、人工身体の基礎とも言えるエーテル体を作り、医学の発展に大きく貢献した。名前から察せられる通り、エーテルボディもこのガバナー研究機関が発明したエーテル体を応用したものだ。


しかしだ、理由はわからない。50年前に設立されてから人類の科学の発展に貢献していたガバナーが、30年前に母星の首都にあったパウダー研究所や生産施設を次々に爆発させた。その影響は大きく、首都どころか地表すべてに様々な害や毒となるパウダーが広がり続け、マザーから脱出できたのはほんの僅かな人間だけだ。そして爆発事故から数日後、本国にガバナー研究機関が犯行声明を伝えてきた。その後、マザーとは完全に連絡が途絶え、今もなおそれは続いている」


画面には、再びマヌエアリーフが映し出される。ミガディさんは目を閉じて、大きく息を吐き出した。


「なぜガバナー研究所がそんな事をしたのか、実行者は研究所の上層部なのか全体なのか、そういった事も一切わかっていない。しかしガバナーは地表に毒を振りまき続けている。いや毒だけじゃない、さらにモノポール、アンチパウダー、ニュートラリーノの嵐も地上に蔓延している。お陰で人間どころか、センサやマシンといったあらゆる先端技術がマザー重力圏内で使用できなくなってしまった。今現在もマザー地表と通信すら不可能な状態にある」



説明を聞けば本国からマザー地表に無人探索機を送り込んでも、金属が使えなくなるモノポールの嵐や光学機器を役立たずにしてしまうニュートラリーノによって、調査どころかすぐに音信不通や行方不明になってしまうのだとか。危険を承知で有人探索を行っても、地表に蔓延する毒素に、防護服すら汚染してしまう未知のパウダーにより、成果が芳しくないという。



「ミヌエトに墜落した宇宙船の中よりも過酷な状況じゃないですか!」


説明を黙って聞いていたアイトさんが叫ぶ。ミガディさんも苦しそうな顔で頷く。


「だからエーテルボディが開発されたのだ。アイトくんが言うように、軍はあの宇宙船をモデルベースにエーテルボディを試験していた。私があの惑星に派遣されていたのもそれが理由だ。そして10年前に第一世代のエーテルボディが完成し、マザー地表での探索が可能となった」


そう言いながらミガディさんは次の映像を見せる。それは第1世代から第4世代に渡る、エーテルボディの進化形態だった。


「しかしだ。エーテルボディであっても、マザー地表の探索は苦難続きだった。なにせ地表でまともに動けるのはエーテルボディだけで、車や航空機といった移動手段は動かせるどころか持ち込むことすらできない。それどころか撮影機器や測定機器も一切役に立たず、首都圏に近いほどその影響は強くなる。それでもエーテルボディの改良と量産を進め、そして地表に直接転移できるマゼランポイントをいくつも設置する事で、この数年でようやく満足できるような地表探索が出来るようになった。もちろん調査は今も進行中だし、パウダー発生源に到達するのはもう時間の問題だと思われていた。しかしだ。首都中心部にはあのメデューサが居て、我々に襲いかかってきたのだ」


メデューサ、惑星ミヌエトに墜落した宇宙船の中にいた最強の怪物。その時のエーテルボディの人がチームを組んでも倒せなかった。ただ宇宙船にいたメデューサさんは、中にいた人間の魂と僕は会話することができたため、最終的に協力することができた。そして最後は宇宙船の中に埋葬される事を選んだ。



「私が先ごろ、実際にマザー地表に捜索に行って交戦し確認したが、正確にはメデューサではなかった。しかしメデューサと同類であり、戦闘能力も私が見る限りほぼ同等だった。軍ではその怪物をナーガと命名した。問題は首都近郊に、そのナーガが複数体いることだった」


アイトさんが息を呑む。ああ、ミガディさんがやつれている訳だ。宇宙船にいたメデューサさんは一人だけだった。そのメデューサさんと同等の強大な敵が何体もいるとなれば、エーテルボディであっても力不足だろう。


「サノくんもアイトくんも宇宙船にいたメデューサの強さは分かっているだろう。しかしその時と違ってメデューサと互角に戦えるはずの第五世代のエーテルボディがある。私はそのボディを使い、マザー地表にてメデューサ、いや、ナーガと相対した。しかし、結果としては敗退した。確かに最新のエーテルボディは潜在能力ならナーガと互角かもしれない。逆に言えば、ボディとの適合度が低ければその力を十分に発揮できない。事実、私を含め今マザー地表にいる第五世代のエーテルボディの使用者は、まだ体に熟練しきれてないため、ナーガに後れを取ることになってしまった。第四世代のボディよりはマシだが、第五世代であっても、ナーガと1対1で戦うには正直厳しい状況だ。マザー地表で創作活動を行うためには、ナーガ1体に対して第五ボディが2体、できれば3体欲しいところだ。現に今は第五ボディでチームを組んで、ナーガ除去に取り組んでいる。そしてその間に第四世代が探索を広げている最中だ」



メデューサさんと互角に戦えると言われた第五世代のエーテルボディだったけど、あくまで理想論であり、実際にはまだ1対1は難しい。そんなメデューサと同等の怪物ナーガが何体も地上にいて襲いかかってくる。不眠不休の超人的なスペックを持つエーテルボディであっても難儀な事だろう。そう思うと、ついつい顔が渋くなる。同じような顔つきになったアイトさんが、恐る恐るといった体ていで、ミガディさんに尋ねる


「調査の結果、地表に残された人たちがどうなったか分かったんですか?無事な人が見つかったんですか?」



少しの間、沈黙が流れる。ミガディさんの顔が、さっきより険しくなったように感じる。


「まず、エーテルボディの人数に限りがある以上、ガバナー研究施設や爆発した研究所がある首都に絞って調査を行っている。これまでの調査結果だが、首都の中心部以外で多くの遺体が見つかっている。それらは腐食もなく、ミイラのような状態だった」


そうか、遺体を分解する虫や微生物まで、毒素で全滅したのか…… ん?“中心部以外”?



「首都中心部では、そうした遺体は見つからなかった」


「え?じゃあどこかで生きて……」


「中心部とその近郊では、ナーガを含めその他にも怪物が探索部隊に襲いかかり、幾度も戦闘になっている。調査の結果、怪物の正体はガバナーが開発したエーテルボディに魂を入れられてしまった人たちの可能性が高いと判明した」



アイトさんが手で口を抑える。そして僕は察してしまう。あの墜落した宇宙船と同じなんだと。あの宇宙船には僕たち探索隊を襲うモンスターがいた。一つは生物系だったが、もう一つは人の魂が入ったエーテルボディを纏まとう敵。メデューサを筆頭に、ロイヤルガード、テンプルナイツ、ビショップ、それらはみな宇宙船の乗組員の魂が入った、宇宙船が製造したエーテルボディになってしまった元人間たちだった。僕はエーテルボディの特殊能力で、直接魂と会話することでそれを知った。



ちょっと待った。メデューサさんは、宇宙船が墜落したのはガバナーによる人為的なものだといった。まさか……


「アイトくんには少し酷な話だったようだ。ちょっと休憩しよう。温かい飲み物を用意してくる」


そういって部屋をまた出ていったミガディさんの言葉を聞いて、アイトさんが真っ青な顔をしていることに僕はようやく気付く。アイトさんにとって、宇宙船での探索はつらい経験だったはずだ。ようやくそれが決着したのに、それより更に過酷な状況を聞いて、そのつらい経験が蘇ってしまったのかもしれない。アイトさんだけでも地球に戻した方がいい。


「ごめん、アイトさん。こんなキツイ話に巻き込んでしまって。アイトさんは地球に戻った方が……」


それを聞いた途端、キッとした顔で僕は睨まれる。今までアイトさんに向けられたことがない、悲しみと怒りに満ちた顔で。なぜか僕は初めてアイトさんの顔をキレイだと思ってしまった。


「勘違いしないで下さい!私はミガディさんや、地上を探索していた人の事を考えて、それであまりに悲しくなって……だって、ヒドイじゃないですか!命をかけて地上に生きている人を探しに行ったら、亡くなっているどころか、怪物にさせられて、しかも襲いかかって来るなんて!地上に残された人達もつらすぎます。魂を取られて、怪物にさせられて──── ヒドイ! あまりにひどすぎます!」



そう叫ぶアイトさんの目から涙がこぼれ落ちる。ああ、僕もヒドイと思う。あのサギ女神も最悪な女だったけど、更にひどい。ひどすぎる。誘拐されて強制的にエーテルボディに入れられた僕やアイトさんも、一つ間違えば同じような境遇になったかも知れない。やるせない気持ちになって思わず上を向くと、アイトさんはまた僕に抱きついて来た。そして顔を僕の胸に埋めて嗚咽をこぼす。僕は黙ってアイトさんの背中をなで続けた。

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