第35話 メデューサの正体

アイトさんが泣き止んだ頃、ミガディさんが部屋に入ってきた。多分、何かしらの方法でこちらの状況を把握していたんだろう。そして部屋に入ってきたのは一人ではなかった。


「タウズンと申します。はじめまして、地球から来たお二方。私たちの世界に心を痛めて頂き申し訳ありません」


金髪に少し白が混じった、身長は僕と同じくらいで、ミガディさんよりもさらに歳上の男性だった。温和そうだけれども強い意志をもった目つきで、なんとなくだけど優秀な人だろうと感じる。それでいて雰囲気はとても穏やかで全然威圧感がない。また白衣に似た服装で体つきが細いので、ミガディさんのような軍人ではなさそうだ。


「タウズン博士は、この世界の研究機関に所属する方で、空間転移や次元転移のオーソリティと言われる方だ。サノくんの使っていたエーテルボディ『鬼人』の開発者でもあられる」


その紹介に、僕は大きな衝撃を受ける。この次元に誘拐されエーテルボディに入れられてしまった自分を、もっとも助けてくれたのは紛れもなくあの鬼人だった。鬼人の中にいた魂と、鬼人が持つ他の魂と会話ができる能力、それが無ければ僕はサギ女神を退治することも出来ず、今もあの墜落宇宙船の中で働かされていただろう。


そう、僕にとってエーテルボディ『鬼人』は大恩人でもある。その鬼人を造ったのならば、タウズン博士も僕にとって大恩人だ。


「私が造ったのは道具でしかありません。それを活用したサノくんと、他の方々の魂があっての事です。私としては造った道具が役に立ったという事だけわかれば十分です」


人が良さそうな笑顔でタウズン博士が答える。ああ、僕がこの世界に捕まった時に、魂を入れられたのが鬼人ボディで良かった。


「鬼人にはあまりに突拍子もない機能を入れてしまったので、まともに動かせる人間はこの次元には居ませんでした。あと正直、自分でもやりすぎたと反省してしまうくらいに性能や機能をピーキーにしたせいか、通常の感性だと鬼人と魂が同期する事すら難しいという、大変扱いづらいエーテルボディになってしまったようで…… 周りや候補生からは、鬼の『鬼人』ではなく変わり者という意味の『奇人』だと酷評されたものです」


あれ? という事は鬼人と最初から相性抜群だった僕もそういう評価になってしまう?……隣に座るアイトさんも、僕の顔を見ながら「わかる」と言わんばかりの表情を浮かべる。ひどい。


「さて、鬼人やサノくんの評価はともかく、私から少し話をさせて下さい」


そう言いながらタウズン博士は、部屋中央のモニタに僕たちと因縁深いものを映し出した。それはメデューサさんだった。



「まず、エーテルボディには種類があります」


スクリーンに突然映し出されたメデューサさんの姿に、僕やアイトさんだけでなくミガディさんまで軽く驚く中、淡々とタウズン博士は説明を続ける。


「1つは軍が開発した軍用エーテルボディ、もう1つは研究所が開発した融合型エーテルボディ。鬼人をはじめ、みなさんが墜落した宇宙船内で使用していたのは、すべて軍用エーテルボディです。これは一つの独立した人工生命体で、魂を移して動かすタイプですね。ですので正式には魂移転式・独立生命型エーテルボディと言います。まぁみんな軍用と言っていますけどね」


モニタに鬼人のエーテルボディが新たに映し出され、メデューサさんの左隣に並べられる。


「もう1つの依存性・人体融合型エーテルボディは、人間の体の一部をエーテル人工細胞体に置き換える形式のものです。もともと融合型は医療目的に開発されたもので、例えば事故で身体の一部を失った人の新たな部位になったり、人工臓器に使ったり、そんな用途が主になります」


そしてあのポータル管理者であり誘拐犯のマールの映像が、今度はメデューサさんの右に並ぶ。僕がもっていた疑問が一つ解ける。


「ああ、それであのサギ女神は首から下がエーテルボディだったんですね」


「サギ女神とはひどい例えをしますね。まぁ言い得て妙ですが。マールは美貌を保ち、さらに通常の人間より優れた機能を得るため、身体内部の大部分を融合型エーテルボディに置き換えていました。見た目だけは優秀だったという訳です」


軍用エーテルボディは人間の体から魂を一時的に移した仮初の体。そのため戦闘能力や継戦能力は圧倒的に優れる。しかし魂が肉体から離れる時間が長過ぎると魂の境界が歪み、元の人間の体に魂が戻らなくなったり、暴走してしまう恐れがある。


一方で融合型エーテルボディは人間の体に付随するため、人体や魂への負担はほとんどない。反面、戦闘能力などは軍用エーテルボディに遠く及ばない。


サギ女神ことマールと対峙した時は、ポータルに備えられた強力な斥力場を武器に使われたため、軍用エーテルボディの鬼人でも窮地に追い詰められた。しかし本体そのものはそこまで強力ではなかったので、サギ女神の不意をついて倒すことが出来た。


「さて、問題です。メデューサのエーテルボディは軍用と融合型のどちらでしょうか?みなさん、それぞれお答え下さい」


またもやタウズン博士に意表を突かれる。宇宙船の守護者メデューサさんもまた宇宙船側のエーテルボディだった。あの惑星に居た60名余の軍用エーテルボディが、誰一人敵わなかった最強の存在、メデューサさん。という事は、


「あれほどの戦闘力だ。メデューサは軍用エーテルボディなのだろう」ミガディさんがそう答える。


「私も軍用だと思います」アイトさんも頷きながら答える。


「メデューサさんは、軍用でも融合型でもない?」それが僕の素直な答えだった。


タウズン博士は口角を少し上げながら、画面を指差す。


「サノくんの答えが正しいと言えるかな。正解は、寄生型エーテルボディです」


軍用でも融合型でもない、寄生型エーテルボディ。タウズン博士の説明はこうだった。



エーテルボディはガバナー研究機関が40年ほど前に開発したエーテル体が基本となっている。エーテル体とは非常に高効率なエネルギー変換が可能な核因子を有する生命系の素粒子だ。そこからさらに複雑な機能を持った上に人間の体と親和性が高い『エーテル人工細胞』がいくつかの研究所が協力しあって開発された。それが約20年前であり、その後はエーテル人工細胞を用いた臓器や筋肉が生み出され、融合型エーテルボディに発展していく。さらに全身がすべてエーテル人工細胞による一番最初の軍用エーテルボディが10年ほど前に誕生する。


「軍用エーテルボディが開発されたのは、様々な有害パウダーに包まれてしまった母星マザーを探索するためです。魂が無事であれば、エーテルボディがどれだけ損傷しても問題ない、戦闘能力にも優れた不眠不休の身体。まさに過酷なマザー地表で活動するための最適なボディです」


10年ほど前に軍用エーテルボディがマザー地表の探索に投入され、そこでようやく調査が進み始めた。それに加え、エーテルボディを空間転移させられるマゼランポイントが地表に建築された。なおマゼランポイントはなんと、タウズン博士が完成させたのだという。すごい。


そして軍用エーテルボディが数多く製造され改良を繰り替えされ、マゼランポイントも増設されていき、調査範囲も拡大を続けた。ところが首都中心部に到達しようとした時期から、地上に不可解な正体不明の怪物が現れ、探索隊と敵対するようになった。


「今の母星マザーには撮影道具など持ち込むことが出来ないため一切の映像記録を取ることが出来ません。また地表から衛星軌道にある本国に戻るにはゲート転移しか方法がなく、怪物の身体を持ち帰る事もできません。ゲートで転送できるのは安全のために認証されているエーテルボディのみですから。そのため長い間、怪物の正体を掴むことができませんでした。この問題を突破できたのは、サノくんのアイデアのおかげなのです」


ミガディさんとアイトさんが僕を見る。ああ、多分あれだ。


「鬼人ボディの手を取り込んだメデューサさんは、脱出ゲートを使ってポータルに転移できました。それを応用したんですね」


「その通りです。転移ゲートに認証させた鬼人の手と同じ機能を怪物に取り込ませる事で、マザー地表から本国に転移させることに成功しました。当然、怪物を無力化した後に転移させていますが。そして怪物の細胞を調べた所、ポータルに記録されたメデューサの細胞と一致したのです。その細胞は、基本はエーテル体ですが、本国に一切データがない、軍用とも融合型ともまったく異なるエーテル人工細胞と判明しました」


僕は当たってほしくない推察が当たってしまい、大きくため息をつく。


「さてここで、エーテルボディの欠点と、その解決策を上げたいと思います」


画面に映し出されている鬼人とサギ女神にスポットライトが当たり、メデューサさんの映像が暗くなる。


「軍用エーテルボディは、魂との適合度が低いと、その高い性能を発揮できません。融合型エーテルボディは最初から適合度は高いですが、性能は軍用より低くなります。それぞれ短所があります。軍用エーテルボディとの適合度を上げるには、ボディの中に魂が長く居続けるのが有効です。しかしそれが長すぎると、魂の境界が薄れて元の体に戻れなくなる恐れがあります。なら、魂を戻さなければ、この問題は解決します。まぁ普通はしませんが」


更に嫌な予感がひしひしと高まる。そんな僕を気にすることなく、説明は続く。


「また軍用エーテルボディは人間以外の生き物の優れた要素を取り込んで機能を高めていますが、中に入る魂は人間ですので、ボディの基本は人間ベースになります。もしあまりにボディの性質が人間の体と違いすぎると、入った魂が拒否反応を起こすからです。なら、拒否されないように『魂をボディに入れる』のではなく、『ボディが魂を飲み込んで』しまえば、この問題も解決します」


ミガディさんもアイトさんも、意味がわかったようだ。────侵食型とはよく言ったものだ。


「軍用ボディよりさらに強力で異質な身体能力を持たせた上で、融合型よりはるかに強引な人間の魂との一体化、それが侵食型エーテルボディの特長です。だからメデューサやナーガは第五世代のエーテルボディより強力なのです。さらに利点として、ポータルにあったような魂の入れ替え設備など一切不要です。ただ生きている人間を侵食型エーテルボディに取り込ませるだけで、それは完成します」


「タウズン博士、侵食型エーテルボディの話は今はじめて聞いたし、軍部にはまだその情報は公開されていないはず。今の話は研究部署側では、皆が把握している内容なのだろうか?」


冷静さを保っているものの、気持ち青ざめたように見えるミガディさんが、タウズン博士の説明を遮るように発言する。そうか、ミガディさんにとっても初耳の内容なのか。


「いえ、寄生型エーテルボディは、これから私が研究部に報告する内容になります。今、この場で初めて口に出しました」


「なぜそんな重要な、いや機密に近い内容を私たちに公表するのですか!?」


「僕の意見を聞きたかったから、ですか?」


熱くなってしまったミガディさんとは対象的に、僕の心はどんどん冷たくなっていた。タウズン博士の説明を聞いて、僕が墜落宇宙船の中で感じていた多くの疑問が解けていったからだ。しかしそれは愉快な事ではなかった。どちらかといえば、聞きたくなかった答えだった。


「そうです。私は鬼人ボディとなって多くの囚われた魂と対話したサノくんの意見を聞きたかった。ここだけの話ですが、私も知りたくなかった事実です。マザー地表で、仲間である探索部隊を襲う怪物の正体が『侵食型エーテルボディに食われたかつての生存者だった』と判明した時、私は大いに悩みました。何とおぞましい事なのか、そしてこれを報告して良いものなのかと。元々エーテル人工細胞は、困った人を助けるために開発してきたもの。それをこんな風に使われるなんて……」


地球でも人を助けるために開発されたはずのダイナマイトは、平和より戦争に多く使われてきた。これはどの次元であっても、人間の業なのだろう。


「事実を知ってしまったからには、それから逃げる訳にはいかない。嘘をついてはならない。事実に対して自分の感情を切り離し誠実に向き合う、それが研究者です。サノくん、君も研究者と見ました。なら、事実を知るべきだと私は考えました。その上で、これからの事を考えなければならない。起きてしまった事は仕方ありません。我々は時間を戻す事は出来ない。なら、これから何をすべきか、そのためにサノくんの意見を聞きたいのです。ただその意見は今でなくて良い、いつかで良い」


研究者は嘘をついてはならない、研究者は事実に向き合い真実を見つけなければならない。僕が恩師や先輩たちから教わったことだ。自分の感想や感情を、結果に入れてはならない。タウズン博士は正真正銘の研究者だった。


「質問があります。侵食側エーテルボディを発明したのは、ガバナーなのでしょうか?それとも宇宙船の制御コアなのでしょうか?僕はガバナーだと考えます。いや、そもそもあの墜落宇宙船の中に居たモンスター自体、ガバナーが試験のために生み出していたのでは?」


タウズン博士なら、僕が感じていた疑問に答えてくれる、そう確信があった。


「私個人の答えになりますが、サノくんの推察どおりでしょう。宇宙船の制御コアは優れた人工知能とはいえ、侵食型エーテルボディを開発できるような革新的な知能はさすがに有していません。そもそも20年以上も前の宇宙船に、新たなエーテルボディを開発するための設備があるはずもありません。浸食型エーテルボディはガバナーによって開発されたもの。そして惑星ミヌエトに墜落した宇宙船を使って試験されていたと考えてよいでしょう。


そしてあの愚かな管理者マールが罪を追求されずにいたのも、すべては仕組まれていたものだと私は考えます。惑星ミヌエトを試験場にして、マールが送ってくる軍用エーテルボディを相手に、ガバナーは侵食型エーテルボディをテストしていた。おそらくですが、マールも自覚しないままガバナーに利用されていた人間でしょうね」


あの宇宙船でも、マザーでも、ガバナーによって多くの人間の命が奪われ、さらに魂が弄ばれている。できることなら蛮行を止めたい。サギ女神ことマールは、欲深で思考が単純で判断力が残念だったので、僕でも手玉に取ることができた。しかしガバナーは僕一人ではとても勝てそうにない。というか僕が役に立てるんだろうか?


「私の話はここまでです。サノくんやアイト女史には酷な話をしてしまい申し訳ありませんでした。ただサノくん、君のお陰でマザー地表で何が起こったのか、それを知る事ができました。そして君とこうして話していると、次に繋がるアイデアが浮かんできます。私には立ち止まっている時間はありません。希望を言えば、もう少しだけこの次元に留まって頂きたい。それが私の切なる思いです」


最後にお辞儀をしながら、タウズン博士は言葉を閉めた。僕は何も言えなかった。

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