第36話 ミガディの家族

「さて、そろそろ夕食の時間だ。無理矢理にこちらの次元に連れてきてしまったお詫びも兼ねて、一緒に食事はいかがだろうか。惑星ミヌエトでは常備食しか口にしていなかったけど、この本国ではもう少しまともなものがごちそうできると思う」


時計がないので忘れていたけど、この次元に拉致されたのは地球の夕方だった。どれだけ時間が経ったか分からないけど、空腹を感じる。いろいろ考える事が多すぎて、けっこうお腹が空いてしまったようだ。


部屋を出ると、天井の高い廊下が待っていた。廊下を真っすぐ進んでいくと、床が半円の形をしたフロアで行き止まりとなる。フロアの壁は透明で、そのフロアそのものがエレベータになっていた。三人でそこに立つと、何の衝撃も加速度も感じずに、床が下がり始める。その間、僕は透明な壁を通して、このリーフ全体を見回した。どうやら僕たちが居た部屋は、この建物の最上階だったらしく、人工宇宙都市を観察する事ができた。


視線を上に向けると、地球と違って空の代わりに宇宙空間が広がっている。周囲を見れば、東京都心より更に密集した大小様々なビルが立ち並んでいる。どのビルも壁が透明のようで、中にいる人達が見える。ちょっと不思議な光景だ。そして地上に近くなってくると、今度は透明なチューブが縦横無尽に何百本も並んでいる。そのチューブの中にも人がたくさん見える。あれは移動手段なのかな?


「宇宙都市なので、空気が漏れた時の事を考えて、すべて密封されているんだよ。チューブは近距離移動で、大きな距離は転移を使ってるんだ」


ミガディさんの案内に従って、エレベータを降りると今度は一つのチューブを選んで中に入る。ちょっと怖がっている様子のアイトさんと一緒にミガディさんの隣に並ぶと、床が自動に動き出す。おお、近未来だ!しかも動いているのに、風も音もなにも感じない。


チューブも透明なので、あらゆる方向にいろいろ興味深いものが見える。下からこの宇宙都市の建物を見上げる形になるので、まるでビルが宇宙の中に建っているような、そんな不思議な光景だ。僕と同じ様に都市を見上げるアイトさんの口から、ほわーっという声が漏れる。あといつの間にか、アイトさんは僕の服の裾を掴んでいた。ああ、不安だったのかな。



そのままチューブの動きに任せていると、再び大きなビルの中に入っていく。ただ最初に居た建物はいかにもビジネス然とした雰囲気や構造だったけど、新しく入って行ったビルは広々としてゆとりを感じる。もしかして居住用の建物かな?


「勝手で申し訳ないけど、今日は私の家に泊まっていって欲しい。夕食も用意してあるんだ」


ミガディさんに連れられ、入った建物の上層階に着くと、とある扉の前に立つ。まぁこの世界に泊めてくれるような知り合いはいないし、地球に帰る事もできないので、従うしか無いんだけど。あとなぜか、チューブから下りた時からアイトさんは僕の左手を掴みっぱななしだった。


「ただいま、今戻ったよー」


ミガディさんが声を掛けながら扉を開けると、そこにはキレイな女性と小さな可愛い女の子が待っていた。


「妻のスレンと娘のフェニーだ。こちらは地球という星から来たサノくんとアイトさんだ」


「はじめまして、スレンと申します。お二人には主人を助けて頂いて本当にありがとうございました。何も出来ませんが、今夜はせめてものお礼という事で、お二人にお越しいただきました。ぜひご馳走させて下さい」


お辞儀をして迎えてくれた女性、スレンさんはミガディさんよりも濃い銀髪だ。あのサギ女神も銀髪だったので、こちらの世界では銀髪が基本なのだろうか。それとも地上ではなく人工宇宙都市の影響もあるんだろうか。でもあのサギ女神よりも数段優しそうな顔で、でも芯がしっかりしてそうな、なんというか高校の先生を思わせるようなきれいな年上の女性だった。後から聞いたらスレンさんも軍人さんなんだとか。あとスレンさんは身長も高く、僕と同じくらいある。ミガディさんも190センチメートル位あるし、みんな身長が高いのかな。


「パパを助けてくれてありがとうございました」


少し緊張したような喋り方をするミガディさんの娘さんが、ペコリとお辞儀をしてくれる。今までこんな小さな子と接する機会がなかったので、年齢は分からないけど、地球では幼稚園児くらいなんだろうか。髪の毛は当然銀髪でショート、目がくりくりと大きく、広告のモデルでもおかしくないくらいに可愛い顔つきだ。しかし僕のこれまでの人生で、こんなに小さな子供と会話する機会はなくて、ついつい僕も緊張してしまう。


「僕の名前はサノです。ミガディさんと一緒に仕事をしました。よろしくおねがいします」


「サノさん、挨拶が硬すぎます。もっと柔らかく話しかけましょう」


アイトさんに左手を引っ張られる。だってこんな小さな子供としゃべった事がないんだよ。しゃべりが硬くなるのは仕方ないんだ。


そんな事を思っていると、「こんばんはフェニーちゃん、私はアイト、よろしくね。お姉ちゃんと一緒に遊ぼー」という感じで、あっという間に娘さんと仲良くなってしまった。すごいな。



僕はミガディさんに宇宙都市マヌエアリーフについていろいろ教えてもらっている間、アイトさんとフェニーちゃんは二人で仲良く遊んでいた。しばらくすると、スレンさんが夕食の準備ができましたよーと誘いに来た。リビングの方からとてもいい匂いがする。


夕食はとても美味しかった。最近は研究室で宅配弁当か食堂の安くて味がイマイチな定食しか食べていなかったので、もう感動するくらいに美味しかった。というか、こうして気兼ねなく会話する食事自体を、長いことしていなかった。僕にとって食事とは、いつの間にか必要な栄養素を体内に取り込むための作業になってしまっていた。ちょっと反省しないと。


「ごちそうさまでした。とても美味しかったです。ついつい食べ過ぎちゃいました」手を合わせながらご馳走様を伝える。


「私も食べ過ぎちゃいました。すごく美味しかったです」アイトさんもお辞儀をする。


この次元に来て、初めて手料理というものを食べたけど、日本人の味覚にもおいしいと思えた。当然見たこともない形の素材ばかりだけど、あっさり味で歯ごたえがあって、久しぶりに食べることに満足感を覚えた。そして一緒に食べる人達がいい人ばかりだと、食事がこんなに楽しいものだと改めて思った。


最初は会話が硬かったフェニーちゃんとも、この夕飯を通して仲良く慣れたと思う。特にアイトさんは、いつの間にかフェニーちゃんとスレンさんと一緒に、女性トークを始めている。この次元に再び連れてこられてから、アイトさんにとって厳しい話が続いていた。でもここに来て、ようやくアイトさんが心から笑顔になったようだ。そんなアイトさんを見ていると自然と笑みがこぼれてしまう。


楽しい夕食のひと時が過ぎ、お風呂に相当する人間用の自動洗濯機に入る。ポータルでも同じだけど、宇宙空間では水は循環資源でありとても貴重なため、お湯につかるのは不可能らしい。ちょっと残念だ。そして洗体後、近未来的なデザインの寝巻き?を貸してもらう。みんなの洗体が終わって一段落ついた時に、ミガディさんから素敵なお誘いを受けた。


「サノくん、ちょっとだけ、お酒に付き合ってくれないかな?」


「いいですよ。こちらの世界のお酒に興味ありました。ぜひご相伴させて下さい」


琥珀色の液体が、とても薄いガラスの容器に注がれる。ここは人工都市なので、地球のように木の樽を使っての酒造など出来ないだろう。となるとこの都市のお酒ってどんな味がするんだろうかと、とても気になっていたのだ。


粘度がある液体を口に含むと、何かの果実の甘い味が口いっぱいに広がる。おお、これは予想外の味だ。そして次に炭酸のような泡がパチパチと舌の上をはじける。ちょっとびっくりしながら液体を飲み干すと、喉の奥から強い酒を飲んだ時と同じような焼けるような感触を感じる。でも胃の中が熱くなることはない。そんなに沢山の種類のお酒は飲んだ事はないけど、地球では味わったことがない味とのど越しだ。個人的にすごく好みで美味しいと思う。


しかし食事をおざなりにしてきたせいか、食べ物に関して「美味しい」という感想しか出ないのは良くないなぁ。味について語彙が全然ないんだな自分。



アイトさんはスレンさんと一緒にフェニーちゃんの相手をしていた。でも僕とミガディさんがお酒を飲み始めると、フェニーちゃんが「あー!パパお酒飲んでるー!」とこちらに駆け足でよってきた。ミガディさんは笑いながら愛娘を膝の上に乗せると、スレンさんがフェニーちゃん用の飲み物を渡す。ニコニコの笑顔のフェニーちゃんが奏でるコクコクという音が、また格別なツマミに感じる。


自然に僕の隣にはアイトさんが座って、目を細めてほほえみながらミガディさんとフェニーちゃんの様子を見ている。あの墜落した宇宙船の中、サギ女神のせいで家族に会えないと零していたミガディさん。僕がした事は、再びミガディさん一家が揃う手助けになったのかな。


アイトさんの手にも、薄い金色の液体に満たされたグラスがいつの間にか握られている。こちらの世界は、お酒は16歳から飲めるらしい。ただお酒に含まれるのは、アルコールと似て非なる成分で、悪酔いも深酔いもしない、体内に負担がなくリラックスできる薬用成分に近いものらしい。なので飲んで酔うわけではないけど、少し本音が出せる程度に気持ちよくなるのがこちらのお酒なんだとか。


アイトさんも人生初のお酒という事で最初は緊張していたようだけど、フルーティな味と爽やかなのどごしを随分気に入ったようで、おかわりをしていた。



「アイトお姉ちゃんは、金の狐の体になって、フェニーちゃんのパパやサノおじちゃんと一緒に冒険してたんだよー」


「えー!すごいすごい!キツネさんだー!」


「フェニーちゃんのパパは、格好いい騎士だったんだよー」


「えー!パパ、格好いいんだー!?パパ似合いそうー! ねぇ、サノおじちゃは?サノおじちゃはどんな格好だったの?」


「サノおじちゃは赤鬼でーす」


「やだー!鬼やだー!」


お酒で気持ちよくなっているのか、アイトさんとフェニーちゃんのやり取りがとても面白い。ミガディさんのそばで聞いているスレンさんも、楽しそうに二人の会話を聞いている。そうか、鬼はイヤか……


「でもサノおじちゃが悪い魔女をやっつけたんでしょ?じゃあ赤鬼さんって良い鬼なの?」


「ううん、サノおじちゃは悪い鬼だよー。だってキツネの私をぐるぐる巻きにしちゃったんだもの」


「えー!キツネさん死んじゃうー!」


「それに赤鬼さんは、大きなヘビさんも連れてきちゃって、大変だったんだからー」


「ええー!ヘビさんも来ちゃったのー!?パパ大丈夫だったの?」


真実とはいえ、5歳の女の子を混乱させるのは良いんだろうか……そんな心配をよそ目に、フェニーちゃんのテンションはどんどん上がっていく。どうやって魔女をやっつけたの? 鬼が増えてやっつけたんだよー という説明はひどいけど、「鬼すごい!悪い鬼さんも頑張ったんだ!」と喜ぶフェニーちゃんを見てると不思議と嬉しい。そう、二匹の鬼は頑張ったんだよー。



しばらくそんなやりとりをしているうちに、フェニーちゃんが突然こっくりし出した。小さい子ってブレーカが落ちたみたいに動作が切り替わるんだな。ミガディさんの膝に乗っているフェニーちゃんが完全に眠ってしまうと、スレンさんが優しく自分の胸元に引き寄せる。そしてそのままフェニーちゃんを胸元に抱きかかえたまま、アイトさんと僕に質問をしてきた。


「アイトさん、さっきの話で気になったのだけど、悪い魔女をやっつける時になぜ鬼さんは狐さんをぐるぐる巻きにしたの?」


「ああ、僕も気になった。なぜサノくんはアイトくんにそんな事を?」


……確かに状況がわからず話を聞いていると、僕の錯乱行動のように感じるだろう。というか僕が本当にひどい事をしたように思われてしまう気がする。弁明するためにも、じゃあきちんと状況から説明しようかな……


「サノさんは、大切な私を守るため、私を魔女との戦いに巻き込まないように、私の手足を縛ったんですよ」


口に含んでいたお酒を噴きそうになる。ちょっとアイトさん!酔ってるでしょ?! あと説明がおかしい。ほら、聞いているミガディさん夫婦も理解できてないようだぞ。でも補足したくても、ちょっとお酒で気分がふわふわしているせいか、うまい説明が思いつかない。どうしたら良いんだ……


「なぜ大切なのに手足をしばるのかしら?」


ほら、スレンさんが混乱してる。そもそもその”大切”という前提が間違ってるわけで……正しい条件からしか正しい答えは導き出せないわけで……


「そうか。もしアイトくんがサノくんの恋人だとバレてしまえば、マールはアイトくんを人質に取るだろう。だからサノくんはわざとアイトくんを攻撃して、マールの目を逸したんだ」


ちょっとミガディさん!何で大切がランクアップして恋人になるの!さてはミガディさんも酔ってるな!


どうやって話を正しい方向に戻そうかと、少し酔った頭で必死で考える。なのに「ああ、そういう事ね」と頷くスレンさん。そういう事じゃない! うんうんと頷くミガディさん。頷かない! 両手で顔を隠しながら真っ赤になっているアイトさん。んーーーー?なんかさらに変に誤解されてる?というかアイトさんも恋人の部分を訂正してよ! そう思ってアイトさんを見ると、顔を背けられてしまった。


結局、誤解されたまま、その後どうやってサギ女神を倒したのか、しどろもどろで話す羽目になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る