第15話 嵐の予兆
マゼランポイントへはポータルにある転送室から向かう事になる。しばらくは軌道エレベーターの絶景やジャングル……ジャングルはいいか……は見れなくなるんだな。
そういえばマゼランポイント到達の報酬として、サギ女神からエーテルボディの改造が提案された。このボディを使っていて不便な所や追加して欲しい物があったら検討するわよ、との事。僕はダメ元で四次●ポケット的なものは無いか質問したけど、現在開発中でまだ出来てないという回答だった。まさか開発中とは、すごい世界だ。完成したら是非ぼくのお腹に付けて下さいとお願いしておいた。
転送先のマゼランポイントでは、4人の先輩探索者が防御を固めていた。前回の探索で、テンプルナイツと相対した時に、一番印象に残ったクマみたいな人もいた。
「おう、新入り!ワンチャージぶりだな。体調はどうだ?暴走なんかしてないだろうな?」
ダンジョン内では昼夜どころか時間の経過が曖昧なので、エーテルチャージの補給間隔で時間の経過を表すのが一般的らしい。ワンチャージなら50時間、ハーフチャージなら25時間という感じ。地球人なら24時間でいいじゃんと思うんだけど、異次元人も多いので、僕もなるべく使い慣れていかないとね。
「クマ先輩、ワンチャージぶりです。体調は絶好調です。ところで敵は来なかったですか?」
「おい、オレの名前はギゼだし、エーテルボディはギガントタイプだ。どこからクマって単語が出てきたんだ?」
「僕の住んでいた地球では、ギガントって動物はクマにそっくりなんですよ」
「ふーん、そうなのか……。ってだからってクマって呼んでいい事にはならんだろうが!」
叱られてしまった。ギゼ先輩って言いにくいし、覚えにくいんだよな。このボディは地球人でも異次元人でも自動で翻訳してくれるので会話には問題ないけど、固有名詞については変換できないみたいだ。
敵はあの後ここには来てないよ、もう油断しないからここは任せて、安心してB5に行きな。という他の人からの激励を受けつつ、アイトさんにクマ先輩の名前が覚えにくいという悩みを相談した。
「みんな名札をつければいいのに」
「サノさん、本当に人の名前覚えるの苦手なんですね……あと勝手にあだ名をつけて呼ばない方が良いと思います」
(この人に希望を感じたのは私の勘違いだったのかなぁ……いや、名前を覚えられないだけで、それ以外は信頼できるはず……)
「アイトさん、さっきのクマ先輩、名前なんだっけ」
「ギゼさんですっ!さっき怒られたばかりじゃないですか!」
なんだか怒りっぽいアイトさんに、マゼランポイントの説明を受ける。出張ポータルとも言えるこの設備では、空になったエーテルチャージやリペアキットの充填や脱出ゲートの補充、そして少し時間が掛かるがポータルから武器の取り寄せも可能なんだだとか。またダンジョンで作動させる脱出ゲートの移動先を、このマゼランポイントに指定する事もできるとの事。そのためよほど酷い損傷でない限りはポータルまで戻らず、このマゼランポイントでリカバリーする人がほとんどなのだとか。
「あんまりポータルに戻りたくないしな。マール様は顔はキレイだけど、成果はどうだとか早くダンジョン攻略しろとかうるさいし、嫌味も多いしなー」とはクマ先輩の言葉である。
あのサギ女神、人望ないし本性バレてるしイヤな上司だし、ホント良いところが顔しかないよな。ただあの顔も、ちょっと化粧が濃い……というか、なんか不自然なんだよな。
クマ先輩は次の交代要員が来るまで、このマゼランポイントの防衛を担当するらしい。安全地帯にあるとはいえ前回のテンプルナイツはどうもそのお約束を破ったように見えたし、重要拠点を空にするのは下策と思っているので、強いクマ先輩がいるのは安心だ。そんなクマ先輩の激励を受けて、僕はアイトさんとB5に向かっていった。
◇
「B5はコロシアムと呼んでおりまして、その名の通り丸くて大きなフィールドと、それを囲む観客席のような斜面があるのが特徴です。そしてそのフィールドには、必ず敵が待ち構えています」
「なんかボス戦、って感じだね」
「まさにその通りです。私がここに来る前は、このB5に現れる敵が強すぎて、先に進む事ができなかったそうです。そのためにB5の手前に中継地点であるマゼランポイントを設営し、戦力を整えてようやく越えることが出来たのだとか」
「じゃあ今なら余裕?」
「そうですね、第4世代のボディであれば、メデューサ以外には互角以上に戦えますので、苦戦するほどでもなくなりました。先ほどのゼギさん達のようなマゼランポイントの防衛担当も、ときどきB5のコロシアムで敵を間引いているはずです。そうすることで敵の数が少ないままになって、さらに戦闘が楽になりますから。多分今回も、敵の数は多くないと思います」
そっか、それなら安心だ。B5はラクに越えられそう。
扉をくぐって実際に自分の目で見るB5は、B4と同じような石材を使った、たしかにコロシアムのような……しかし地球のそれの何倍も巨大な円形の闘技場だった。ただ床のフィールドは円ではなく陸上トラックの形をしている。あとコロシアムの観客席は斜め45度の階段傾斜だったと思うが、このコロシアムの斜面は凹凸のない60度の急勾配となっていた。この斜面では人は座って観戦できないだろう。
B5の扉はその60度斜面の曲面中央にあって、扉からフィールドに降りる階段以外はすべて斜面で構成されている。そして斜面の上辺は天井に繋がっている。コロシアム状の建物があるのではなく、このフロアそのものがコロシアムの形になっていた。
「フィールドに降りずに斜面を伝って行けば敵と戦わなくてすみそうだけど、そんな甘くないよねきっと」
「いえ、大丈夫ですよ。私のような特殊タイプのボディの人はみんなそこを通ります。サノさんもそのルートにしてみますか?」
「あ、そうなんだ。意外と抜け穴があるんだね。でも斜面は転びそうだからなぁ」
ぶふっと笑いをこらえきれなかった小さな音がする。ちらっと隣のアイトさんを見ると、手を口に当て顔をそらしていた。
「アイトさん、僕がダンジョン入口で転んだこと思い出して笑ったでしょ」
「――なんのことですか?笑ってませんよ私」
「今アイトさん僕のこと笑った。絶対笑った。聞こえたもん」
「笑ってません。気のせいです。それよりどうします。斜面……ぶふっ」
もう斜面という単語だけで僕の転倒劇を連想してしまうのか、またもや顔をそらして背中を震わせるアイトさん。あの時の転倒、そんなに面白かったの?と聞いても笑いを堪えるのに精一杯のようで、答えてくれない。ならば。
「あの斜面、すごく斜めだったよね。ホント斜面って感じで、きれいな斜面だったよね」
「斜面で転んで顔をぶつけたんだよね。ツノ曲がっちゃったかな」
「足の裏がツルって滑っちゃったんだよね。ツルッと。ツルツルっと。斜面に」
「あの斜面、滑るよね。氷で出来てるのかな。あ、それとも足の裏に汗かいてたのかな。このボディって汗かくのかな」
「ほら見てアイトさん。転んだ時に出来たたんこぶが2つ。あ、違った。ツノだったこれ」
「あの斜面、いい仕事してるよね。いい斜面なので大事にしてほしいよね。ホント素晴らしい斜面です」
横を向いて笑うのを我慢するアイトさんに畳み掛ける。や、やめて下さい。ごめんなさい。もう笑いませんから……と最後はしゃがみ込んで両手で口を抑えるアイトさん。もし涙腺があったら涙も出てた事だろう。ちょっと気が晴れた。
「さて、真面目にどうしようかな。でもこの弓を試したいから、今回はボスと戦ってみようかな」
アイトさんをからかってスッキリしたので、なんとなくやる気が出てきた。今回はこの世界のコンパウンドボウを持ってきてたので、その試し撃ちもしたかったし。
ポータルにはいろんな種類の弓があったけど、僕は命中優先で速射が出来るものを選んだ。当たらなければ意味がないし、どうもこのダンジョンの敵は動きが早いヤツが多くて、射程や威力が活かしきれないんだよね。
背中に長巻、腰に小太刀と鎖鎌、両足に針と小柄を目一杯取り付ける。ボス戦なので出し惜しみはしない。リペアキットも上腕の格納部に入れておく。今の僕はナマハゲより怖い鬼だ。準備を終え階段を降りていくと、フィールドには誰も居なかった。
「ボスって最初は姿が見えなくて、近付くと現れるタイプ?」
「いえ、いつもなら最初から待機しています。ボスといっても一体じゃなくて、テンプルナイツやビショップが陣形をくんで防衛を組んでいるのが普通ですけど」
「クマ先輩とかがやっつけちゃったのかな」
「いえ、全滅させてもフロアから誰も居なくなると、いつの間にか補充されます。私の知ってる範囲で今まで誰も居なかった事はなかったと思います。おかしいですね」
なんかこのやり取り、B2でもあった気がする。あの時はB2がこれ以上ないくらいにパワーアップしてたっけ。って事は、ここでも同じことが起きそうな……誰だ、B5はラクに越えられそう、なんて言ってたお調子者は。
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