第31話 誘拐犯の顛末

地表から軌道エレベータを使ってポータルに到着した僕を待っている人がいた。僕は2メートルを越えるエーテルボディの体なのに、その人とはあまり視線が変わらない。背が高くて細身の引き締まった肉体、切れ長の目には知性と自信が溢れる、白い軍服姿の男性だ。歳は30くらいに見えるけど、雰囲気はとても大人びている。見た目からして明らかに怜悧な軍人さんだろう。



誘拐犯である女以外は、ポータルに居た人間はみんなエーテルボディの人工身体に魂を入れられていた。その女を捕らえてポータルの指揮系統を取り戻したことで、ようやくみんな本来の人間の体に戻る事ができた。魂を戻す順番があるので、僕はまだエーテルボディのままだったけど、一緒に探索してきた仲間は、次々に人間の姿に戻っていった。


エーテルボディの姿しか見ていなかったので、相手が人間の姿に戻るとそれが誰だったのか基本は分からない。けれど目の前の人はなんとなくエーテルボディだった時の雰囲気を感じた。


「ミガディさん……ですか?」


肩に掛かる真っ直ぐな銀髪を揺らしながらその人は頷いた。とても爽やかな笑顔だ。


「久しぶりだね、サノくん。君のお陰で私も人間の姿を取り戻せた。本当にありがとう。君は私が見込んだ通りの救世主だった」


あまりの褒め言葉に謙遜ではなく本気で焦ってしまう。


「そんな、救世主なんて大げさですよ。いろんな人や魂の協力があったおかげです。ミガディさんもその一人です」


ミガディさんは墜落宇宙船の探索において、常に最前線で働いてきた人だ。もともとこの次元の軍人であり、ポータルに派遣されていた中でもっとも位も高いらしい。けれど誘拐犯の女マールに人間の体を取り上げられ、顎先でこき使われていた。


「そういう事にしておこう。もともとあのマールに好き勝手させてしまった責任は私にもある。叶わなかったけど、本来は私や軍がマールを捕らえなければならなかった。でもそれを代わりに実行してくれた君には感謝しきれない。それだけは覚えておいてくれ」


このポータルで誘拐や職権乱用といった悪逆無道を働いた女、名前はマール。でもサギ女神とかクソ女とかみんな渾名あだなで呼んでいた。ミガディさんは開放された今でも本名で呼ぶし、あんな目に遭ったのに相手の悪口を言わない。僕には真似できないし、素直に素晴らしいと思う。



僕は最終的に、ミガディさんがリーダを務める探索チーム『ラウンズ』で一緒に行動していた。その最中にミガディさんに協力してもらい、サギ女神こと誘拐犯マールを捕縛したのだ。


ラウンズのチームメンバーは、ミガディさん以外はすべて他の次元から誘拐されてきた人間で構成されていた。マールが居なくなった今、僕以外のメンバーはみんな人間の体を取り戻しており、中にはすでに元の次元に帰還した人もいる。


ミガディさんはこの次元の軍に所属しており、ようやく本来の身体だけでなく実権も取り戻していた。そして今回の事件についての後処理を本国に連絡しているとの事だった。


ちなみに墜落宇宙船の埋葬や捕らえたマールの処分については、僕に任せてもらう形でミカディさんから承認をもらっている。マールを捕縛する際に、僕は宇宙船側にも多大な協力をもらっていて、その見返りが宇宙船そのものを埋葬する事だったからだ。


墜落した宇宙船の中にいた人間は、墜落時には心肺停止の状態、つまりほぼ亡くなっていた。しかし宇宙船内の制御コアが、その直前に人間から魂を抜き出して、軟禁状態にしていたらしい。さらに制御コアによって、一部の魂は宇宙船内の防衛システムとして用意されていた人工身体に入れられ、誘拐犯マールが送り込んでくる僕ら探索者たちに対抗するように強制使役されていた。そう、宇宙船側もエーテルボディと同じ技術を持っており、最強の怪物メデューサもまたそうしたエーテルボディの一人だった。



なんの事はない。宇宙船側もマールも、お互い剣闘奴隷のようにエーテルボディ同士を争わせていたのだ。悲劇だったのは、宇宙船側のボディは対話する機能が一切無く、また制御コアの命令は絶対的だった事だろう。その結果、本人たちが望んでいないにも関わらず、僕たち探索者と強制的に戦わされていたのだ。


僕の使っていたエーテルボディ『鬼人』は、周囲の魂との精神感応が極めて高いという特殊能力を持っていた。そのため宇宙船側のエーテルボディと声なき会話も可能であり、探索作業のさなかに僕は宇宙船側のボディに入れられていた魂と意志を繋げ、情報交換を行った。そこで宇宙船の真実を知り、死してなお囚われた魂たちに宇宙船ごと自分達を埋葬して欲しいという願いを聞いた。


またエーテルボディ『鬼人』の中には、僕の前に入れられていた魂も残っていた。通常のエーテルボディは、一つの体に一つの魂しか入らないが、鬼人には外部の魂にも作用する特殊能力を設計者が入れたとの事。そのため鬼人の中には、長い年月に渡ってエーテルボディに入れられたことで境界を失ってしまった魂が、保護される形で残っていたのだ。


僕はそうした残滓とも言える魂からも、マールの悪逆な行為を止めて欲しいという願いをいくつも聞いた。そこでいろいろと策を立てて、マールを捕縛し、宇宙船を制御コアもろとも埋葬する事に成功した。願いがかなったのか、鬼人の中に保護されていた魂たちは、みんないつの間にか居なくなっていた。また協力してもらった宇宙船側のエーテルボディの中の魂も、一緒に埋葬される事を選んだ。みんな成仏できたのだろうか。


そうした経緯で宇宙船を埋葬した事を、ミガディさんには見て見ぬふりをしてもらった。ヘリオスチームとかいうマールの直属配下だった人達からは、宇宙船の制御コア破壊について反対されたが、最終的には無視した。


そういえばヘリオスチームはマールに脅されていたのではなかったらしい。ヘリオスチームの主要メンバーはすべてこの次元の人間で構成されていたが、実際にポータルには彼らの人体は保管されていなかった。どうも本国から直接エーテルボディをまとって、この惑星に派遣されてきたのだとか。そのためなのか、ヘリオスチームの主要メンバーは、勝手にこのポータルから居なくなっていた。



マールと制御コアという、お互いの陣営のトップを葬った事で、ようやく誘拐事件と墜落した宇宙船の後処理が終わり、僕も人間の体に戻ってあとは地球に戻るだけ。そんな時だ、ミガディさんから気になる相談を受けたのは。


「サノくんを含め、地球から拉致してきた人達にも多大な迷惑をかけてしまった。本来ならこちらの次元に来てもらう前に、あらゆる情報を提示して、契約成立してから次元転移というルールが有るのに、それさえマールは無視していたんだ」


「え?地球からこちらの次元に来るのにそんなルールがあるんですか?……そういえば僕、魂を抜き取られた時にあのサギ女神から契約うんぬんの話を受けましたよ。ものすごく胡散臭い説明でしたが」


僕が誘拐犯マールの事をサギ女神と呼ぶようになったのは、その契約のやりとりが、絵画や宝石やマンションを押し売りしてきたデート商法の女性にそっくりだったからだ。なので契約もインチキか何かだと思ってたんだけど。


「実は地球とこの次元とは、以前からほんの僅かだけど交流があるんだよ。地球人は特に軍用エーテルボディとの相性が高い。そしてこの次元で長時間過ごしても、次元復帰の作用で地球に戻った時の経過時間は短くて済む。だからこちらから報酬を出す形で提案をして、納得してもらえたらこちらの次元に一時的に来てもらうんだ」


「なんだか傭兵みたいですね。あのサギ女神、そのルールを全然守っていませんでしたが……って、報酬あるんですか?」


「ああ、ただ次元が違うのでこちらの物体を地球に持ち込むことができない。だから情報や本人の肉体強化といった報酬が多い。こちらの次元は地球より医療面でもいろいろ進んでいて、難病治療や身体強化、その他に若返りに近い再生治療なども行える。健康は最高の財産、というわけだ」


「それは確かに魅力的な報酬ですね……」


職業病とも言える慢性の肩こりや不摂生が治るかも……そう思うとその報酬はかなり魅力的だ。


「マールに拉致されていた人たちは、ほとんどが人間の体に戻る際に治療と身体強化を報酬に選んだよ。罪滅ぼしというわけではないけど、それでも報酬を受け取ってもらえただけでもホッとする。あとエーテルボディのままなのはサノくんだけだな。最大の功労者なのに、最後までつきあわせてしまって申し訳ない」


「いえ、大変でしたけど、面白かったですよ。僕、運動神経が悪くてスポーツ苦手なんですけど、このエーテルボディの力で人間を越える冒険ができましたし。それにいろんな武器を使ってモンスターを倒すなんて、元いた地球では考えられない体験です」


「そうか……そう言ってもらえるとこちらも救われる…… なら無茶を承知でお願いなんだけど。サノくん、地球に帰らずにこの次元にもう少し居てくれないか?力を貸してほしいんだ」


唐突なお誘い。真面目一筋なミガディさんが真剣な目で僕を見つめてくる。え?どういう事?諸悪の原因はもう居ないのに、まだ何か問題があるんだろうか?それにこの次元は、地球より遥かに科学文明が進んでいる。そんな地球人の僕が役立つ事なんてある?



その後、ミガディさんから、この次元の人間が直面している、最悪な事故について教えてもらった。ああ、そりゃエーテルボディが発達するし、マールみたいな人間がのさばってしまうのも分かる気がする…… しかしやはり僕にできる事ってないような……


とりあえず一度、僕は地球に戻る事を選んだ。ミガディさんも本国に長年戻っておらず、状況が変わっている事も十分ありえる。ちなみに報酬は、こちらの科学文明に関する情報と、腰痛と肩こりの治療と、ちょっとだけ肉体強化をお願いしてしまった。あとこっそり、墜落宇宙船の中で入手していたモノポール粒子をポケットの中に忍ばせておいた。そういえば僕のサポート役だったアイトさんは、報酬に何をもらったんだろう。

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