第30話 超人


二人の身長差は30㎝近い。


普通に組みに行っても体が伸びあがってしまい力が入らない。


だがあいつはそんな不利はものともしない。


組んだ瞬間引き込み、相手の姿勢を崩す。


腕力もさることながら、レオは特に“崩し”の技術が優れていた。


崩してさえしまえば、もう体格差は関係ない。


レオは軽々と隅田を背負うと、道路沿いの空地に生い茂った雑草の上にゆっくりと落とした。


一回転させられた隅田はしっかりと受け身を取ったものの、何が起きたか理解出来ないといった様子だ。


周囲から歓声が上がり、ようやく隅田も自分が投げられた事に気付く。


「ちょ、ちょっと待て!」


即座に立ち上がり、仕切り直そうとする。


「お前、柔道やってるなんて知らなかったからよお!

 ちょいと油断したじゃねーか!」


そんなわけない。経験者なら理解しているはずである。


レオとの圧倒的な実力差を。


イキり高校生の脳が認める事を拒んでいるようだが。


公衆の面前で、自分よりもずっと小柄な女子に投げられた気恥ずかしさから言い訳しているだけだ。


「おい!畳じゃねえんだぞ、殺すなよ!」


一応忠告しておく。喧嘩慣れしているレオの事だ、重々理解しているとは思うが。


今度は隅田からレオに組みに行く。


上体のバランスが悪い。


あっという間に崩され、宙に舞う。


そこから先はもう、見てられなかった。


はじめは体落とし。次は小内刈り。


投げて立たせて、また投げる。あーあ、腰車。


柔よく剛を制すなんて言葉を頻繁に耳にする。


そりゃあ「柔」だけで勝てれば理想的だが、実際柔道家には「剛」も求められる。


代表レベルになると柔も剛も超一流である。


その超人たちを相手に一度も負けずに勝ち続けてきた男がレオなのだ。


そしてプロフィールの得意技欄に「全部」と書くほどの多彩なテクニック。


不良高校生ごときが相手になるはずがない。


起きては投げられ、起きては投げられ。


とっくに制服は砂だらけである。


もう全身に力も入らないんじゃないか。


糸の切れた操り人形を無理矢理立たせてるようなもんだ。


隅田は受け身を取り損なわないように必死だった。


あいつと組手すると、どれだけ体力に自信があっても最後はああなる。


俺もあんな感じでやられたなあと懐かしくすら感じる。


それにしても恐ろしい技術だ。


デカい頃のレオも迫力があったが、サイズが小さくなったことで如何にレオの技が洗練されていたかが改めてわかる。


すっかり立ち上がれなくなった様子の男の腹に、最後に柔道家らしからぬ蹴りを叩きこんで失神させた。


人だかりは大きくなり、隅田の連れて来た女はとっくにいなくなっていた。


衆人の反応も興味深いもので、「あんな小さい女の子が大男を投げてる!」なんてリアクションは見られない。


「おい敷島がまた誰か投げてるぞ」くらいの見世物感覚である。


校内ではレオの強さは知れ渡っているのだろう。


多分だけど、この世界でもしょっちゅう暴れてたんだろうな。


レオはスッキリした表情で眩いばかりの笑顔を見せた。


「いやー楽しかった。

 やっぱ柔道おもしれーな!

 キツい練習さえなけりゃあだけど」


「なにが柔道だ、道端の喧嘩だろ」


いや、喧嘩にすらなってないかもしれない。


好き放題一方的に投げまくっただけだ。


だがレオは満足しているようで、何よりだ。


……何よりか?


根本的解決になっていないような…。


そうだ、俺が隅田の女を寝取った事になってるんじゃねえか!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る