第14話 失ったもの


女子が自分の部屋にいるなんて初めての経験だった。


…いや、とはいってもこいつはレオだ。


こいつを女子と認識すること自体が間違いである。


この意識の違い、いつになれば修正出来るのか。


「そ、そういやえらい手際だったな。

 あっという間に成瀬と親しくなって…」


「ったりめーだろ、過去に一度落とした子だぜ。

 その上こっちにゃ十二年分の上積みがありますから。

 女性との接し方なんて心得てますよ」


自慢げに語るレオ。


「まぁ、俺のこたぁいいの。

 これからはオメーが女子との接し方アレを覚えるんだよ」


あんなのイケメンだから許されただけで俺がやったら気持ち悪がられるに決まってる。


こいつの女子との接し方は参考にしちゃいけないのだ。


「つーかどうすんだ?

 成瀬と付き合うのか?」


「いやー向こうがそんなつもりないんじゃね?

 今日は普通に話してただけだし」


「女同士ってとこはどうなんだ?

 抵抗あったりすんの?」


「無いね。全ッ然無い。

 別に女同士とも思ってない、俺中身男だし。

 ただなぁ…」


バツが悪そうに口ごもった後にレオがぽつりと呟く。


「なんかさ、性欲無いんだよね」


はあ?


なんだその思春期の男子特有のアピールは。


「自分が美少女になってると知った時

 ソッコー素っ裸になって鏡の前に立ったけど

 何も思うところは無かったし…

 女の子も可愛いとは思うんだけど、

 スキンシップしてても

 沸き立つモノが無いんだよなぁ」


そりゃ自分の裸で欲情するようでも困ると思うけど…。


「相手が子供だからとかじゃなくて?」


「カンケーねーだろ、俺も子供なんだから」


カンケーねえこともねーだろ。中身は大人じゃねえか。


「この俺とした事がよ。

 女の子に欲情しないなんて

 情けねえから誰にも言うなよ」


誰に言うと思ってんだ。


そういえば、こいつ飲み会で女の子をお持ち帰りしなかっただけでも週刊誌の記事にされてたな。


世間の認識からいっても、こいつが女の子に欲情しないのは異常事態だった。


世の中的には平和だと思うが…本人は真剣に悩んでいるのだろう。


常日頃「男子たるもの常に性欲に従順であれ」と誇らしげに語っていたあのレオの事だ。


書道の授業で「性欲」と書いて教師に破かれていたあのレオの事だ。


「それってさ。

 性別の好みが変わっちゃったとかじゃ…」


ドッという鈍い音。そして衝撃。


「気持ち悪りぃ事言うんじゃねえ!

 俺が男なんかに欲情するわけねーだろ!!」


失言だった。


烈火の如く怒り出したレオのボディーブローを腹筋に受け、顔からベッドに沈んだ。


「別に欲情するとまでは言ってねえだろ…」


「男は薄汚ねぇモン。女性は清潔なもの。

 その認識は今も変わってねえよ」


こいつ、そんな認識で世界を見てたのか。


男子寮の頃は薄汚ねぇ男たちとノリノリで暴れまわってたくせに。


では、こういう事じゃないか。


「きっと神様が周りの女性を守るために

 お前から性欲を取っちゃったんだな」


あんな性欲の化け物が平然と女湯や女子トイレに入れる世界では、女性が安心して生活出来ない。


「神様なんていないね。

 俺はこの件で確信した」


ええ…、そうかなぁ。


俺としてはむしろ神様が出てきてこうなった理由を説明でもしてもらわないと納得できない気分なのだが。


「だって俺が神様だったら、

 俺の超最強遺伝子をより多く残すために

 性転換させるはずなんてねえもん」


そりゃあ“お前が神なら”そう思うんだろうけどよ。


「別に女になったって子孫残せるだろ」


何の気なしに口から放つと同時に、「しまった」と思った。


親友(元男)に言うにしても、変な意味に取られかねない言い方。


そのうえ女子に対してはあまりにも下品な物言い。


殴られる…!


咄嗟に頭を守ったが、幸いレオの鉄拳は飛んでこなかった。


代わりに、氷のように冷たい三白眼でしゃくりあげるように俺を睨みつけていた。


「テメーこの俺に欲情してんじゃねえだろうな?」


「なっ、何言ってんだこの馬鹿!!

 お前こそ気持ち悪りぃ事言ってんじゃねえッ!!」


面と向かって女子からそんな発言を浴びせられて心臓が飛び出る程うろたえる。


しかも中身は男なのだ。


唇をひん曲げて露骨に不快感を口にするレオに胸ぐらを掴まれ詰め寄られる。


「変な気起こしたらぶち殺すぞ。

 言っとくけど俺ァ男なんかと絡むのは

 大っ嫌れえだからな。

 ただでさえ毎日むさ苦しい男と密着してたんだ」


「わかってる!わかってるよ!!」


女の子の顔が目の前に来て、耳が熱くなるのを感じた。


中学生相手に…。俺、二十七にもなって童貞すぎる…。


まぁ、でもどうやらレオの恋愛対象が変化したわけではなさそうでよかった。


こいつがイケメンとイチャついてるところなんて死んでも見たくない。


…もちろん、男の頃を知っている親友として、な。

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