第28話 それは俺じゃないっす


「誰っすか?」


「答えろよ、綿貫なんだな?」


「はあ…」


突然現れたガラの悪い男に戸惑いつつも、聞かれた事に答える。


眼差しからも口調からも、あからさまに敵意をむき出しにしているのがわかる。


「コイツで間違いねえな?」


男が尋ねると、隣に立っている女の子が頷いた。


うちとは別の中学の制服をきている、見覚えのない女子。


女の子はこの男に怯えているように見えた。


「俺になんか用っスか?」


用件を尋ねる。


「用っスかじゃねえんだよ!!」


男の怒声が通学路に響く。


うるさい。怒鳴られるのには慣れてる方だが、こんなギャラリーの多い中で騒がれると流石に不愉快だった。


「テメェが人の女に手ェ出したんだろうが!!」


「……はあッ!?」


目の前の高校生も隣の女の子も、初対面である。


どういう事だ?


「手ぇ出してないっすけど」


「しらばっくれんじゃねえよ!!」


「コイツに口説かれたんだろ、カオリ!?」


男に怒鳴られ、女の子がコクコクと頷く。


童貞根性に染まった俺が他校の女子を口説くワケがない。


レオじゃあるまいし。


……いや。


…レオの方を見る。


黙ったまま腕を組んでこちらを見ているが、口元が歪んでいる。


目元がにやにやと動いているため、笑いを堪えているのがわかった。


…まさか。


「レオ、お前こいつの事覚えてるか?」


「覚えてるよ」


きっぱりと肯定するレオ。


「石神工業二年、隅田って奴。

 懐かしいなー、モメたわそういや」


ちょっと待て。


つまり、こういう事か?


「十二年前にお前が女の子にちょっかい出したのを、

 この世界では俺がやった事になってんのか?」


「知らんけど、そういう事じゃね?」


なんでッ!?


「おもしれーよな。

 お前、童貞なのにこの世界的には

 やった事になってんのかなぁ。

 そこの設定詳しく知りたいわ」


「面白くねえよ!!

 なんだその美味しいとこだけ

 綺麗に持ってかれた状況は!!」


やってないのにやった事にされていたのではたまったものではない。


「ゴチャゴチャ言ってんじゃねえぞ!!」


隅田が再び怒声を上げる。


喧嘩する気満々と言った様子だ。


「おい、一応名誉のために言っとくけど

 その女から言い寄ってきたんだからな。

 彼氏がいるとか聞いてねーから。

 俺、彼氏持ちとかめんどくせートコいかねーし」


後ろでレオが弁明する声が聞こえる。だが。


「いま、この状況においてどうでもいいだろ!」


自分より身長の高い男を見上げる。


その差は10センチ程度だろう。


「そいつ、柔道経験者だから

 気兼ねなくやっちゃっていいぞ」


レオの能天気なアドバイスが飛んでくる。


やっちゃっていいって言われても、こんな路上で投げなんて…地面はアスファルトだし。


かといって顔面殴って拳を痛めてもつまらねえし、怪我させても面倒だ。


絞め落とそうにも道着じゃないし、露骨に技を狙うとかえって決まりにくいんだよなぁ。


どうしようか悩んでいると、隅田はレオの方をじろじろと舐め回すように眺めていやらしい笑みを浮かべた。


「…お前、いい女連れてんな」


「はあ?」


「じゃあいいわ、そいつ俺に貸せよ。

 それでチャラにしてやるわ」


隅田は女の姿になったレオに興味深々のようだが、そいつはお前の女を寝取った男だぞ。


「やめとけよ、死ぬぞ」


レオに手を出したら殺されるという意味で忠告してあげたつもりだったのだが。


「ンだとコラ!!」


勘違いした隅田は右手で俺の胸ぐらを掴んできた。


「カズキ。やっちまえ」


レオにゴーサインを出されるまでもない。


俺はそいつの開いた学ランの襟と袖を取った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る