第29話 ズレ


身長も体重も相手の方が上。


こちらは中学三年生で、相手は柔道経験のある高校二年生。


だがそれがどうした。


この先の人生、こいつより体格差のある相手と戦ってきた。


もっとずっとレベルの高い連中と練習してきた。


国際大会や代表選考で競い合った選手たちは化け物ばかりだった。


それに比べればこんな不良高校生、怖くもなんともない。


向こうから売ってきた喧嘩だ。


多少怪我させたって構わねえ。軽くぶん投げてやればいい。


そう思っていたのだが。


組んだ瞬間気が付いた。


……あれ?


何かが違う。脳によぎる違和感が全身に伝わる。


ブランク?


いや、馬鹿な。


こちとら十年以上人生賭けて練習してきたんだ。


崩しも投げもこの体に染みついている。


組んで崩して……投げる!!


グッ、グッと力を込めるも…。


あれ?


相手が崩れない。


腰が回らない。


身体の反応が鈍い。


俺…もしかして…。


弱くなってるッ!?


何度か技を試すがどれも上手く決まらない。


隅田は数回、投げに耐えると襟を掴んだまま俺の顔面をぶん殴った。


組手が外れ、尻もちをつく。


くそったれ。殴られるのは久しぶりだ。


……いや、そうでもないか。ここ数日も散々レオにぶん殴られてるわ。


「おい、誰が死ぬって?」


隅田が俺を睨みつける。


クソッ。


痛いのは慣れてる。こんな奴怖いとも思わねえ。


ただ、目の前のこの男よりも恐ろしい事がある。


それは、俺が今まで費やしてきた柔道への年月が。経験が。


積み上げてきたモノが綺麗さっぱり消えてしまったのではないかという事。


「はい、そこまで」


突如、レオが俺たちの間に入って来た。


「どけ、これからだぞ」


凄んで見せる隅田に、レオはにやりと笑ってみせる。


「オメーの勝ちでいいよ」


なっ!?


「おいレオ!俺はまだ…」


「お前弱くなったなー。

 十二年前だってこんな三下に負けるタマじゃねーだろ」


くそっ…。俺だってそう思ってたんだよ。


でもなんか…レベル1に戻ってんのかってくらい体が言う事聞かなくて…。


「まーそんなワケで試合終了!ここまで!」


「健気じゃん、彼氏を許してやってくれって?

 そういうの好きだぜ俺。

 この後の展開も含めてな」


隅田が勝ち誇ったように上からこっちを見下してくる。


くそ、俺はまだまだやる気あんのに。


「彼氏じゃねーよタコ。

 それより隅田よー、俺とやろうぜ」


「おいおい、いいのかよそんなこと言って。

 彼氏の前だぜ」


「そーじゃねーっつの。

 気色わりー勘違いすんじゃねえ」


あーあ、もう駄目だ。スイッチ入っちまってる。


レオは不敵な笑みを浮かべて隅田を見上げた。


「俺がオメーをシメる」


言うや否やレオはすぐさま隅田に掴みかかった。


「懐かしいなぁ隅田。

 十二年ぶりにボコられてくれ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る