第12話 彼女のやり方


何事も無く授業を受け、給食を食らい、放課後。


十二年前の日常にあっという間に適応する。


ただ座って先生の話を聞いているだけでいい授業は仕事よりずっと楽だ。


内容も中学生の勉強なので簡単…と言いたいところだが、当時から真面目に授業を受けて来なかった劣等生の俺にはイマイチ理解出来ていないところがある。


学力は相変わらずどうしようもないな。


「さあ、帰えるぜ!!」


下校前のホームルームを終えると、威勢のいい少女の声が背後で響いた。


ついドキッとしてしまってから、声の主がレオであることを確認する。


まだこの姿と声に慣れない。


「待てよレ…リオン。

 お前部活はどうなってんだ?」


「さあ?お前もサボっちまえそんなもん。

 俺たちはそれどころじゃあねえだろ!」


そりゃあわかるけどなんも言わずにサボったらあとで怒られるんじゃ。


特に男子柔道部の顧問は滅茶苦茶怖かった。


朝練もサボってるし、このままバックレたら後で痛い目に遭いそうだ。


「ちょっと、敷島さん!!」


またしても背後で女子の声。振り返るとクラスメイトが三人ほどこちらを睨んでいる。


その中心には、やはりかつてレオと親しかった人物がいた。


整った身なり、整った顔立ちに気の強そうな目つき。大人びた雰囲気の中に年相応の幼さを残した少女。


「あ、成瀬まどかだ。若いなー」


「な、なに…?若いって。

 同い年でしょ」


レオにフルネームで呼ばれ、戸惑いのしぐさを見せる成瀬。


流石にこの子の事は覚えているのか。


「あのね、敷島さん今週当番なんだから掃除して行って!

 昨日もサボって帰ったでしょ」


「昨日の記憶なんてねーもん」


レオが口をとがらせる。


俺たちにとっての“昨日の記憶”は十二年後だしな。


まぁ、レオは中学時代しょっちゅう掃除をバックレていたし成瀬の言う通りなんだろう。


反抗的な態度のレオに無理やりモップを押し付ける成瀬。


レオにここまで強気に絡んでいける女子は珍しい。


彼女のオヤジさんは普通のサラリーマンらしく、俺たちと同じ公立中学に通っているが母方の実家が凄まじい資産家だという噂だ。


そんな母親に育てられたせいか、どうも育ちがいいというか…お嬢様気質なところがある。


見た目は綺麗なのだが、性格のキツさから男子人気はそこそこといったところで俺も正直苦手な方だった。


もちろんレオの元カノなのだが。


束縛が強くすぐ別れたらしいが、破局後も連絡は取り続けていたそうだ。


「昨日の事はわかんねーけどさあ。

 今日はのっぴきならない事情があるんだよ。

 見逃してくんない?」


へらへらと言い訳しながら成瀬の肩を抱くレオ。


「な、なんで急にそんな馴れ馴れしいの!?」


顔を真っ赤にしながらレオの手を振り払う成瀬。


「ハッキリ言っておきますけどね、

 私はあなたみたいな不真面目な子が一番嫌いなの!!」


「嘘つけ。お前俺の事大好きだったじゃん」


「はあっ!?」


ざわつく周囲。成瀬は顔を真っ赤にして側にいる友人の顔を見回す。


「だ、誰に聞いたの!?

 っていうか、わわ、私は別に…」


「いいや、知ってるもん俺。

 隠さなくていーよ」


こういうセリフを言い放っても成立するのがイケメンの特権なんだろうな。今は女だけど。


ていうかこの成瀬のリアクションは…。


もしかして女になったレオ、もといリオンの事も好きなのか?


性別が変わったから恋愛対象じゃなくなるとか、そんな単純な話じゃないのか…。


体育倉庫で語っていたレオの理屈が早速破綻しそうだが、他の子は大丈夫だろうか。


「じゃーまどかちゃんが言うから

 今日は真面目に掃除して帰りますかね」


「当たり前でしょ、当番なんだから!」


レオが女子とじゃれ始めている。


このうちに俺はやるべきことを済ませておこう。


「俺、オギセンに部活休むって伝えてくるわ」


オギセン。柔道部顧問の荻野おぎの先生のあだ名である。


部活なんて休んだ事無いから何を言われるか正直怖い。


こっちも大人になって、もっといかついスタッフや乱暴な先輩と散々付き合ってるんだけど…どうしても過去の恐怖ってもんが身体に染みついてるんだよなぁ。

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