第6話 力と技


「やっぱり、崖から落ちたせいで過去に戻っちゃったのかな?」


誰にも言えなかった疑問を、初めて口に出した。


「人って死ぬと過去に戻るのか?」


ぶっきらぼうに返すレオ。


そりゃあ俺だって、説得力のないファンタジーな事を話している自覚はある。


人は崖から落ちると過去に戻るのか?性別が変わるのか?


そんな経験した事ない。あるわけない。


「過去に戻って来ました」って人とも会った事は無い。


ただ、漫画や映画じゃよく見るシチュエーションだから結びついただけだ。


「ほら、よくあるじゃん。

 人生をやり直す。みたいな映画とか…」


「ふーん、それってノンフィクション?」


「知らねえよ死んだ事ねえんだから…。

 つーか、俺が答えを知ってるワケねえだろ!

 少ない手がかりから何かを探ろうとしてんじゃねえか!!」


俺がそう怒鳴ると、レオはつまらなそうに口をへの字に曲げてそっぽを向いてしまった。


その様子を見て、グッと胸に込み上げてきた気持ちを吐き出す。


「…ごめんな。俺が事故ったばっかりに…」


再会の喜びですっかり忘れていたが、俺のせいでこいつまで死なせちゃったんだったよな。


五輪三連覇、国の宝とも国の恥とも言われたこの天才を。


しかし、レオはそんな俺の謝罪をバッサリと切り捨てた。


「うるせえなあ。

 俺ぁそんな辛気臭せえ話聞きたくねーんだよ。

 なんでかわかんねえならそれ以上の事はもういい!

 問題は超絶美少女として生まれ変わったこの体で

 如何にして俺がハッピーに生きるかって事だ」


……なんてポジティブな野郎だ。


こいつ、全然堪えてねえ。


いや、もしかして俺を気遣ってくれてる?


「この美貌を手に入れたからにはそれを最大限に活かして

 幸せな人生を送らねえとな。

 女に生まれ変わった事で得たモノはでかいからよ!」


「その代わり恵まれた体格と最強のテクニックを失ったじゃねえか」


口に出してから後悔した。


こいつは今の状況を悲観せず無理矢理にでも前を向こうとしているのかもしれない。


それなのに、原因である俺がネガティブな事を口にしていい立場では無い。


だがレオは全く気にせぬ素振りでケラケラ笑った。


「へっ、体が小さくなったからって

 中坊時代のお前ごときに負ける程ヤワじゃねえからな、俺ァよ」


「いや、お前体重何キロだよ。

 無理だろ、流石に。柔道やってる子の筋肉でもないし」


レオの細い身体をまじまじと見て、少し気恥ずかしくなる。


「ほおー?

 痛い目を見ねえとわからねえようだな」


レオの目がギラギラと輝き、口元がにやりと歪んだ。


こいつが暴力に訴えるときの眼差しだ。


やめろと言ってもやるだろう。


だが、流石に負ける気はしない。


俺だってかつては強化選手だった事もある。


中学時代もレオに次いで強かったし柔道の推薦で高校に行っている。


高校三年の夏にはインターハイで個人優勝している。


こいつには及ばないものの、それなりに結果を残してきたのだ。


はっきり言ってこんな華奢な少女に負ける気はしない。


目の前にいるのは俺よりでかくてバキバキに引き締まった「超人レオ」ではない。


小柄でか細い少女である。


女の子をいじめる趣味は無いが、体格的にどう考えてもこちらが有利。


向かってくるというのなら自分の身を守るために戦うしかない。


まぁ、軽く抑え込んでやれば大人しくなる……


……はずだった。


はずだった…のに、あれえ?


なんで…俺は寝技で負けてる?


わずか数秒で腕ひしぎが完全に極まってしまった。


「は?つよ…」


しゃべりかけたところで、レオがグッと腕に体重をかけ始めた。


「いってえ!もういいだろ!!」


必死でタップしているというのに、全然解かない。


「ギブギブ!!」


解かない。


「ギブっつってんだろコラァ!!」


叫んだツバが自分の顔面にかかるほど必死で叫んでも解かない。


本気で怒っているというのに、レオは全く悪びれず笑う。


マジで折る気かと疑うくらい痛めつけた挙句、ようやく技を解いた。


「若けえんだから

 折ってもすぐ治らあ」


陽気に笑う美少女の笑顔に殺意が沸く。


「だからって折んなよ!折る意味ねえだろ!

 くっそー痛てぇ」


折れてないからって、どっか痛めたかもしれねーじゃねえか。


タップしたらすぐ解かないと、マジで危ないって事をこいつも知ってるはずなのに…調子に乗りやがって。


怒鳴り散らす俺を気にも留めずに、レオは自分の上腕を触って何かを確認していた。


「なんかさあ、俺すげえ強くねえ?

 こんな腕細いのにさ」


ブラウスの袖をまくり、二の腕を出す。


白くて美しい女の子の細腕である。


だが、先程の彼女の腕力はとてもこの体格のものとは思えなかった。


「よっしゃ、握力測るか!

 あと、背筋!用具室いくぞ!!」


レオはそう叫ぶと勢いよく保健室を飛び出し体育館の方へ走って行った。

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