第18話 思春期らしからぬ葛藤
「しかし美少女も楽じゃねーわ」
二限目が終わった後の休み時間。
廊下で窓の外を眺めながら話していると、唐突にレオがボヤき始めた。
「何が?」
レオが見せて来た携帯のメッセージアイコンには『32件』のバッジがついていた。
「朝からこんだけ届いてんだよ。
しかもよくわかんねー連中ばっか」
「なに、企業からじゃなくて?」
「名前も覚えてねー野郎ども。昨日からすげー来るんだよ。
告白とかデートの誘いとか。女子からも来るんだけどよ。
友達が紹介してほしいって言ってるとか、つまんねー内容ばっかだよ。
俺ァ男にちやほやされたって面白くもなんともねーのによ」
そりゃあ…災難だな。興味ない奴から言い寄られるのも面倒だろうに。
男の頃はどうしてたっけ…と思ったけど、あの頃はこいつが自分から女子に行ってたのか。
「いっその事もう
二人が付き合ってる事にしちゃえば?」
「はあっ!?」
突如女子に声を掛けられ、体が硬直する。
声の主は御崎だった。
「綿貫君が彼氏だって事にしておけば、
言い寄って来る男子も減るんじゃない?
強いし」
無邪気な表情でにっこりと微笑む御崎。
さりげなく嬉しい事を言ってくれたせいで言葉を返す前に表情がにやけそうになる。
「あ、御崎じゃん!」
御崎を見たレオはきらきらと目を輝かせ、露骨にテンションを上げた。
「やべえ、俺めっちゃトイレ!
じゃあまた後で!!」
レオは愛らしい声ではしたない事を叫び、弾丸のような速さで混雑する廊下をすり抜けていった。その速えぇのなんの。
あっという間にあいつの思惑通り、御崎と二人きりになってしまった。
「…りっちゃんどうしたの?」
「いや…わからん。
あいつが考えてる事はいつも」
御崎をデートに誘え。
そんな使命を与えられているとは答えられず、お茶を濁す。
「綿貫君でもりっちゃんの事でわからないときあるんだ」
「何もかもわかんないよ。
いいんだ、あいつの考えてることが
わからないうちはこっちがまともな証拠だから」
「何それ、酷いこと言ってる」
「御崎も前に近い事言ってたろ」
「うそ~、そうだっけ?」
御崎がくすくすと笑う。
というかこの理屈で言うと今の俺はまともじゃないんだけどね。
「……」
「……」
やばい、間が持たない。
いつも女子と話すときは隣にレオがいた。二人きりで話すなんて滅多になくて…。
情けねえ。大人が子供と話すのになんの話題も振れないなんて。
いや、これはきっとレオが変なプレッシャーをかけたせいだ。
「あ、あのさ御崎」
うわずった声を必死で抑えようとして中途半端な低音が出てしまった。
「な、なに?」
「週末何してる?」
我ながらストレートに聞けたんじゃないか、これは。
「ええ?なんだろ…。
午前中はお母さんと買い物行ったり掃除したり…
午後は色々かな、友達と出掛けたり…」
戸惑いながらも答えてくれる御崎。
でもそれはいつもの週末の過ごし方、だよな。“今週末”と聞くべきだった。
「親の手伝いしてるんだ、えらいね」
「そうかな?みんなやってるけど…。
綿貫君は部活だよね?」
「……うん」
今は休んでるんだけど。そんな事は言えずに口ごもる。
「大変だね。頑張ってね、柔道部のエース!」
「ありがとう」
…はからずも励ましてもらった。
それから二言三言交わし、御崎は教室に戻って行った。
結局肝心な事は聞けずじまい。
俺のアプローチが悪かった?それとも意図的に回避された?
駄目だった。けどしょうがない。俺に出来る事はやった。
童貞にしちゃあ頑張った方だ、うん。
「どうだったあ?」
音もなく背後から黒幕が現れると、俺の肩をグイッと強く引いた。
「いけそうだろ?御崎」
「そんなのわかんねえよ」
「ああ、童貞だもんな」
うるせえ。その顔で汚ねぇ言葉吐くんじゃねえ。
「でもやっぱりなあ」
ずっと気にしていた事を口にする。
「中学生に告白って、なんかまずい気がするんだよな。
一応、俺、中身は大人なワケだし」
それを自分が一歩踏み出せない言い訳に使っているのもわかっているが、自分の力じゃどうしても振り切れない。
そんな俺を、レオは不満げに唇をひん曲げて睨みつけた。
しまった。
鉄拳制裁を覚悟したが、意外にもレオは俺を肯定する。
「確かにそうだ。お前が正しい。
二十七歳が中学生に手ェ出したら大問題だ。
やっぱりお前、その身体が成人するまで童貞でいろ」
ええっ!?
いつものお前なら無理矢理背中を押す言葉をかけてくるんじゃ…。
というか正直情けない話、前向きなアドバイスを期待していたところもある。
相変わらず徹底的にウジウジした考えが嫌いなんだな。
レオは愛想を尽かしたと言わんばかりに露骨にシラケた顔をしてさっさと行ってしまった。
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