第31話 夢の続き


運動を終えたレオがすっきりした顔でこちらに向き直る。


「カズキ。お前やっぱ柔道やれ」


「は?」


唐突に何を言い出すのか…。


「さっきの動き見てわかったわ。

 お前、この世界で金メダル獲れ。お前なら獲れる」


なっ…。


「何言ってんだお前…。

 だいいち俺、あんな不良高校生に負けたじゃねえか!」


「ありゃあお前が大人の身体の感覚で動いたからだ。

 力加減、体幹、重心全部ズレてんだよ。

 ちゃんと道場でアジャストしときゃよかったのに

 女にうつつを抜かしてサボってっから…」


「それはオメーがけしかけたんだろうが!」


「冗談は抜きにしてだ。

 武道では『心技体』を鍛えよとされるだろ。

 お前、『心』と『技』はかなりいいセンいってんだよ。

 全部が全部中坊の頃に戻ったと思ってたけど、

 脳みそには蓄積された経験が残ってんだもんな。

 さっきもやろうとした事はわかったぜ。

 でも体がついてきてなかった」

「今のお前が弱っちいのは『心、技』と『体』のバランスが悪いからだ。

 でもそれは意識と慣れで改善出来る。

 今の身体を使いこなせるように感覚のズレを修正しろ。

 それだけでお前、この時代で無双できるぞ」


体とのバランス…。


レオの言う通り、組んだ時に感じたのはそのバランスの悪さだ。


そこが修正出来れば、確かに…。


「でも、それでも結局前と同じだろ。

 俺は体格が変わったワケじゃねえんだ。

 鍛え続けても、上に行けばいつか限界が…」


泣き言を吐く俺の言葉を遮るように、レオは力強い眼差しを向けて言った。


「勝て。勝ち続けろ。

 勝ったり負けたりで獲った優勝じゃなくてだ。

 常勝の世界に身を置いて

 勝利からしか学べない事を学んでいけ。

 敗北から得るモノは前の人生で十分学んだだろ。

 前は出来なかった経験をしろ。

 そんで、獲れ」


常勝の世界…。


それはレオが身を置いていた過酷な環境だった。


凡人には立ち入る事すら許されない、極厳きょくげんの世界。


そんな環境だからこそレオは鍛えられていた、というのは確かにあるだろう。


でも、俺がそんな環境に身を置いたところで…。


「だからって金メダルって…、

 そんな簡単に獲れるようなもんじゃねえだろ」


「当たり前だ馬鹿野郎。

 俺がどんだけ苦労して獲ったと思ってんだ」


わかってるよ。だからそう言ってるんだよ。


なんで俺が怒られてんだ。


「自信がねえのはしょうがねえ、実績がねえんだからな。

 だがよ。

 この俺が獲れるって言ってんだ!絶対獲れる!

 死ぬほどツレェ思いしてでも、獲れ!!」


レオが真剣に励ましてくれている。


こいつが熱く語る事に嘘はない。


自分を信じろと言われても難しいが、五輪三連覇のレオが言っているんだ。


その言葉を信じたい。


それに…。


理由はわからないけどもう一度、挑戦するチャンスをもらえたんだ。


一度は諦めた、子供の頃の夢に。


「…よし。

 続けるか、柔道!」


「勝ち続けりゃあよ。

 前より楽しいぜ」


少女の笑顔に、あの頃のレオが重なる。


男でも女でも絵になるなんて、ズルいよな。


やっぱりこいつ、主人公だわ。


脇役の俺に、この世界で進むべき道を示してくれたんだ。


…ところで一つ、疑問が浮かんだのだが。


「レオ、お前はどうするんだ?」


「何が?」


「柔道さ」


「やらねーって言ったろ。

 やり残した事はねえって」


きっぱりと断言する。レオは更に続けた。


「俺ぁ女になっても十分女にモテる。

 来年からは男子禁制のお嬢様高校に入ってハーレムを作る。

 そんで、かつての性欲を取り戻す!!」


なんて浅ましい野望…。その上、その計画はあまりにも無謀だった。


「…どうやって?」


「どうやってってそりゃあお前…」


忘れているようなので思い出させてやる。


「お前、柔道の推薦無いとどの高校にも行けない馬鹿じゃん。

 推薦無しでどうやって行く気だ?」


口は回るが勉強はさっぱり。その上普段の生活態度は最悪。


内申点もまず期待できそうにない。


レオの顔がみるみる青ざめていく。


「……俺、やっぱ柔道やらなきゃダメかな…?」


親友は顔を引き攣らせながらポツリと呟いた。

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彼女が俺と付き合うことは絶対にありえない パイオ2 @PieO2

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