彼女が俺と付き合うことは絶対にありえない

パイオ2

第1話 この先を振り返る


威勢よく教室のドアが開いて一人の少女が現れた。


クラス中の視線が彼女に向いている。


俺が中学生に対して言うのもなんだが、めちゃくちゃ可愛い。


テレビや雑誌でもお目にかかれないレベルの美少女だ。


長く輝く白金のロングヘアーを颯爽となびかせて教室に入ってきた。


だが、俺はこの子を知らない。


こんな可愛い子がクラスメイトにいて、思い出せないわけがない。


つまりこの子は、経験してきた過去あの頃には存在しなかったはずだ。


初めて会うはずのその子がつかつかと俺の席へと近づいて来る。


その目ははっきりと俺を見つめ。


眉間にしわを寄せ、顎を引いて上目遣いで……。


…もしかして睨んでる?


この世界の事を知らない俺にとっては初対面で、この子と自分がどんな関係なのかもわかっていない。


だが彼女はそんなことお構いなしに、俺の目の前に立ち。


「なんでオメーは男のままなんだよッ!!」


そう叫びながら俺の額に強烈な頭突きをお見舞いしてきた。


突然の事態に身構える事も出来ず、目の前が真っ暗になった。


昨日死んだばかりだというのにまた死んでしまう。


ああ…何でこんなことになっちまったんだっけ…。




記憶の上では昨日なのだが、時間軸で言うと十二年後。


ややこしいが、つまり過去に戻る前。


二十七歳の俺、綿貫わたぬき 和樹カズキは山道を下って帰る車を運転中だった。


「週刊誌見たよ」


雑談の流れでふと思い出した事を助手席にいる親友に声をかける。


「お前、また女の子と撮られてたじゃねえか」


「んー、どの子?」


親友はシートにふんぞり返ったまま、スマホから目を離さず聞き返す。


「なんか、元アイドルの娘。顔も名前も初めて見たけどさ」


「ああ、いや付き合ってねえよ。やっただけ」


さらりとゲス発言。


さも当然のようにこんな言葉を吐く。


幼馴染の敷島しきしま 獅子レオ、二十七歳。


定期的に世間を騒がす有名人。


彼女いない歴=年齢の俺からしたらぶっ飛ばしたくなる不健全な関係だが、こいつにとっては日常茶飯事なのだ。


「お前も撮られるってわかってんだからもうちょっと気を付けろよ。

 ネットじゃわざと撮られて売名してるって噂だぞ」


「わざとなワケねーだろ。

 こっそり撮ってくんだよあいつら」


全くなんてことないように、へらへら話すレオ。


「そんな勝手に撮られてよく手が出ないな、

 お前みたいな凶暴な男が」


「まあな、あの記者友達だし」


確かに、記事にはレオ本人のインタビューも載っていた。


友達のスキャンダルをすっぱ抜くのかよ。


俺にはよくわからん世界だ。


「まぁ、いいじゃねえか。

 相手の女も俺がどういう人間かわかってて

 ついてきたんだからよ」


そう言ってレオはまた笑った。


こいつの言う通り、今日もアパレル企業とコラボして作った「K U S O O T O K O」ティーシャツで自らの人間性をアピールしている。


悪ノリでこんなティーシャツが作られるほどこいつの遊び人ぶりは知れ渡っていた。


スキャンダルの度に世間からは叩かれているし、品格がどうとか周囲からも小言を言われている。


それでも女にはモテるし、周りから人はいなくならない。


何故ならこいつは世界一だから。


オリンピック柔道金メダリスト。


しかも三連覇を果たしたばかり。


100キロ超級で優勝したこの男より強い者は、現役には恐らくいない。


叩く人間も多いが、面白がっている人間が多いのも事実。


「K U S O O T O K O」ティーシャツも馬鹿な若者から好評だとか。


ガキの頃からの付き合いだが、昔からこの男は自己中心的思考の塊だった。


喧嘩ッ早くて女好き。


自分より上の立場の人間にもすぐに咬み付く。


それでいて豪快で、自信に満ち溢れていて、…かっこいい。


こいつは俺が欲しいものを全て持っている。


才能、ルックス、強靭なメンタル。


金、女、カリスマ。


そして届かなかった代表の座。


全ての柔道家の憧れである、金色のメダル。


俺もずっと柔道をやっていた。


自分で言うのもなんだが、それなりに実績も残している。


81キロ級B強化選手にも選ばれ、オリンピック代表候補だった事もある。


それでも代表の座を勝ち取るような人間とはハッキリとした差があった。


階級こそ違うが、俺は代表に届かずこいつは金メダリストになった。


それも三連覇。羨ましくないと言ったら嘘になる。


でも、こいつになりたいなんて思ったことは無い。


小さい頃から側にいて、こいつの苦労だってわかってる。


その才能を輝かせるための努力を誰よりも間近で見てきた。


俺にこいつ程の才能があっても、ここまでの大輪を咲かせる事は出来ない。


それに完璧超人ってワケじゃない、欠けてるものもたくさんあるし。


思慮深さとか、倫理観とか。


だが、時折思う事がある。


もしも、そうだったら。


それはこいつが天才だからとか、金メダリストだからって事じゃない。


俺にとって唯一無二の、ただ一人の理解者だからこそ。


つまりまぁ、こんな女の子が周りにいればなぁ…とか。


こいつが女だったらなぁ…みたいな。


いや、本気じゃない。


時折くだらない妄想が一瞬頭をよぎるという、ただそれだけなんだけどね。

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