第9話 キューピッド


「お前、彼女作れ」


「はあ?」


思いついたように唐突に、レオが命令口調で提案してきた。


「ほら、俺たちの青春なんて

 柔道とセックスしかなかったじゃん?」


「俺はそれからセックスを引いた奴だ」


わざと複数形にしたな、こいつ。


「そこから更に柔道引いたらなんも残らねーだろお前の青春。

 彼女くれー作っとけ。ガキじゃねえんだからよ」


「うるせえんだよ。

 そんな簡単に出来たら前の人生で作ってらぁ」


「馬鹿野郎、だから俺が協力してやるってんだよ」


「レオが……?」


「前は女子がみんな俺に惚れてたから

 お前らに彼女を作るチャンスなんて無かったけど

 俺が女になった今、お前のライバルは

 どいつもどっこいのポンコツ芋童貞どもだろ。

 まぁ、お前も芋系男子の一員なんだが。

 そこで俺が女子側から働きかけてやるってワケよ。

 こんだけのアドバンテージを得れば

 お前ごときでも他の童貞連中を出し抜けるぜ!」


俺も含めて男子一同散々な言われようだが、確かに一理あるかも…。


以前レオに惚れてた女子たちはいまフリーになっているはず。


だとすると、もしかして俺にもチャンスが…?


なんだか、期待が膨らんでくる。


「ただし…」


レオが不気味な笑顔を近づけてきた。


「俺の元カノに手ぇ出したら

 ぶち殺すからな」


はあっ!?


「元カノってお前、

 たくさんいるじゃねえか!

 どの子だよ!!」


「全部」


レオは中学時代から数多くの浮名を流してきた軽薄野郎。


学校の美女には全員手を付けたなんて噂もある。


こいつと付き合った事がない女子って……。


にやにやと悪戯な笑みを浮かべる美少女と目が合い、ふと気付く。


目の前にいるこの子は、どっちに当てはまるんだ?


少なくともレオの元カノではないよな。


……いや、流石に無い。無いというか、無理だ。


まずこいつがそんな気になるワケない。


それに、中身はあのレオのまま。


横柄で、凶暴な、親友だ。


絶対に変な気を起こすな。そして、変な気を起こしそうな事を悟られるな。


そう自分の肝に強く銘じる。


「あ、そうそう」


「な、なに!?」


動揺していたため過剰に大きい声が出てしまった。


でも、レオに感づかれた様子は無い。


「俺、この世界じゃ凛音リオンっていう名前なんだってさ」


「名前…?ああ、成る程!」


もう一度自分の携帯を確認する。


そういう事か。


アドレス帳には見慣れぬ「リオン」の文字が登録されていた。


性別が変更された事で名前も変わっていたのか。


「みんなの前でレオって呼ぶなよ。

 周りに変に思われるからな」


「じゃあみんなの前で『俺』って

 言わないほうがいいぜ」


「ああ?あんでだよ。

 女が俺って言っちゃダメかよ。

 信州のばーさんとか『俺』って言うだろ」


「全然だめじゃねえけど、目立つだろ。

 お前、信州のばーさんじゃねえんだからよ。

 変な目立ち方したくねえだろ」


「俺が『私』なんて使ってたら変だろ」


そんだけ可愛い顔してたら全然変じゃねえよ。


と、言いそうになったが中身はレオなので絶対に言えない。


普通の女子にはこんな浮ついたセリフ思いもしないのに、なんか自然と出そうになるのは新鮮な感じだ。


「じゃあ『僕』はどうだ?

 『僕』はたまに使ってたよな」


妥協点を探す意味で提案してみる。


「ああ、スタッフとか先輩おちょくるときにな」


ロクでもない使い方だ。


「自分の事『僕』って言う女の子はたまにいるだろ。

 『僕』にしとけ」


一人称が「僕」なのも「ボクっ子」なんて呼ばれてちょっと浮く気がするけど、「俺」よりは珍しくないと思う。


「んじゃー『ボク』で様子みてみっか」


レオも納得したようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る